#10
>>Towa
私はアリサに背を押され、再びラク・ダヴァローンへ足を踏み入れた。正直、まだ怖くてたまらない。それでも……私はアイリスに会いたい。アイリスの声が聞きたい。抱きついて、お姉ちゃんって言いたい。
モニタに表示された時間が1分を切った。もうすぐだ。アリサと機族の2人には扉の外で待ってもらっている。アイリスを起こすのは……私の義務。そして権利だから。
深呼吸を繰り返す。ここはこんなに空気が薄かっただろうか?いくら息を吸い込んでも息苦しさが消えない。数字がどんどん減っていく。
そして――ついに0に、なった。
小さな音が鳴り、壁のモニタが静かに消灯した。見上げた水槽からは充填されていた液体が排出されていくのと並行して、アイリスの体を支えるように寝台のようなものがせり上がってきた。
そして……全ての液体が排出され、ゆっくりと水槽のガラスが床に沈んで行った。私とアイリスの間を妨げるものは、もう何も無い。
クレリスで最後に見たアイリスの顔は青ざめて作り物のようだった。でも今のアイリスは……血色の良い、私の見知ったアイリスだ。
懐かしいその姿を見ていると、感情が抑えられない。私はアイリスのもとへ歩み寄り声を掛ける。
「アイリス……?起きて、アイリス」
返事が無い。アイリスは反応しない。再生が失敗したんだろうか?そんな事を思った瞬間。アイリスがゆっくりと目を開いた。
吸い込まれるような赤い瞳。いつも私を見つめてくれていた、大好きなお姉ちゃんの瞳。
なのに……定まらない視線は私を見てくれない。そしてアイリスは黙ったまま、何も言わない。起きているのに。どうして?ダメだったの?心が絶望で壊れそうになった。
涙が止まらない。私は、またアイリスを失ったのだろうか――。
>>Iris
意識が覚醒した。
前回冷凍睡眠から覚醒した際はもう少し覚醒に時間が掛かった気がするけど……今回は妙にクリアな目覚めだ。だけど、体の感覚がおかしい……いや、待って。これは……重力?
私が乗っているバジャー1には疑似重力発生フィールドは搭載されていなかったはずなのに、私は重力を感じている。これは異常事態だ。
……目を閉じたまま全身の神経を集中して周囲の様子を伺うと、思っていたよりもクリアに周囲の様子が把握できた。
機械が作動する微かな音。少し乱れた息づかい。近くに誰かいる?状況がわかるまでは私が目覚めたことは隠した方が良いだろう。
足音が近づいてくる、軽い足音……女?いや、子供だろうか?そう思った時だ。
「アイリス……?起きて、アイリス」
トワ?これは確かにトワの声だ。でも、どうしてこんな泣きそうな声をしてるんだろう。
もしかして……何か緊急事態に巻き込まれている?大事な妹を助けないと。私はゆっくりと目を開け、周囲の様子をうかがう。
意識が飛んでいるように装えば、トワを動揺させている相手を油断させることが出来るかもしれない。あえて焦点を合わせずに広く周囲の様子を視界に入れる。
目の前に居るのは確かにトワだ。コスモスーツを着て、漆黒の瞳でこちらを見つめている。
トワの後ろには……あれは機族?なぜ、機族が2体もここに!?
そもそも「ここ」はどこだ?柔らかい光に照らされた広い室内はどうみてもバジャー1の船倉ではない。何が起こっている?
差し迫る危険はなさそうだが、状況が判らない。でも、一つ判ることがあった。
――トワが、泣いている。絶望に染まった瞳の色で。どんな状況であっても、それは私が最優先で解決すべき事態だ。
だから、私は手を伸ばし、声を掛けた。
「……トワ、どうしたの?」
「アイ……リス……?」
そう呼びかける彼女の瞳は漆黒から虹色へ、そして輝きを帯びた黄金へと静かに移り変わっていく。その様はまるで夜明けの光が闇を払う光景を思わせるものだった。
「アイリスッ!!」
感情を爆発させたトワが飛び込んできた。そのとき、私は初めて気付いた。戸口の影から、見覚えのあるアッシュブロンドの髪を持つ少女が涙を流しながらこちらを見ていたことに。
私に抱きついて号泣するトワをどうにか宥めつつ、目でアリサに助けを求める。
どうしてアリサがここにいるんだろうか?理解できないことが多すぎる。もしかして、私の解凍処理に問題があって医療機関にでも運び込まれたんだろうか?
いや、それだとアリサがここにいる理由に説明が付かない。トワに事情を聞きたいけど、ただ泣きじゃくるばかりだ。
「トワ、お願いだから落ち着いて?私、状況が全く判らないんだけど。ここ、バジャー1じゃないよね?」
「……うん」
「あそこにいるの、アリサだよね?」
「……うん」
「ついでに何故か、機族もいるよね?」
「……うん」
うん、ばかりで話にならない。でも、私が声を掛ける旅にトワは少しずつ泣き止んできているようだ。トワの様子は気になるが、周囲の状況にも注意を払う。
そして……私は、なんとなく状況が、自分の身に起きたことが理解できたような気がした。トワの反応と、見知らぬ場所。それが意味するのはおそらく……。
気は進まないがトワに確認をしようと思ったけど、先に声を掛けられた。
「……アイリス、話さないといけないことが、ある」
「なに?」
「あのね、私……人間じゃ、なかった」
「それは……急な告白だね?」
「私ね、造られた存在だった。セレスティエルっていうらしい」
「そう、なんだ」
「だからね、私……アイリスの妹じゃいられない」
金色に輝いていたはずの瞳に黒い影が宿る。まったく……この子は何を言ってるんだか。
「どうして?」
「だって、私は……」
「私達は血が繋がってないけど姉妹。旅立ちの時にそう言ったのはトワだよね?なら出自とか、もともと関係ないじゃない」
「でも」
「トワ?怒るよ?」
「……ごめん」
瞳の影が退いてゆく。私達には最初から血の繋がりなんてなかったけど、それでも私達は姉妹だった。
なら、トワの出自が私達姉妹の『絆』になんの影響があるというんだろう。
それにしても、「造られた」と来たか……風変わりな妹だとは思っていたけど、まさかそこまでとは。私は自分の妹のユニークさにむしろ愉快な気持ちになった。
「まだ、話したいことがある」
「なんでも聞くよ?」
「あのね……アイリスは、死んだ」
「そっか」
「驚かないの?」
「なんとなく、そうじゃないかと思ったよ。状況的にみて……解凍に失敗したんでしょ?もしかしたら、クレナシス症候群に感染してたんじゃない?今思えば冷凍睡眠前の私、発症してたっぽい気がするし」
「なんでそんなに、冷静なの?」
「だって、ちゃんと蘇生してくれたじゃない。なら何も問題無いよ」
「アイリス……すごい」
何故か褒められた。いや、死んだ私をどうにかして蘇らせたトワの方が絶対すごいでしょ?
機族がいるし、彼らの技術なのかもしれないけど。どうやって蘇生したのか聞きたいけど、トワはまだ何か話したそうにしている。なら、まずはトワの話を聞こう。
私の死が、あれだけトワを絶望させたんだろうから……今はトワのケアが最優先だ。
「他にも何か聞いておくこと、ある?」
「うん」
「お姉ちゃんに何でも話してみなさいな」
「じゃあ、言うね?驚かないでね?」
いや、自分が死んでたって言われる以上に驚くことなんて無いでしょ、常識的に考えて。
でも、トワが何を言い出すのか予想も付かない。もしかして、私が死んでいる間に結婚したとか言い出さないよね?何故かここにアリサがいるし……寂しさに負けて、口説き落とされたりとかしてないよね?覚悟はしておいた方がいいんだろうか。
「アイリスは、私が造った」
「……はい?」
「アイリスも、セレスティエルになった」
さすがにそれは想像外だった。それならトワとアリサが結婚したと言われた方が驚きは少ない程度に、驚いた。
トワが私を造った?どういうことだろう。そういえばセレスティエルって言う単語はさっきもトワが口にしていた気がする。
トワはセレスティエル。そして私もセレスティエル。つまり、私はトワと同じ存在になった?それって――
「なんだ……それ、最高じゃない」
「えっ?」
「だって、トワと同じになれたんでしょ?じゃあ、血縁的にも姉妹になれたってことじゃない?」
「アイリス……!」
トワがまた抱きついてきた。きっとこの事実はトワにとっては負い目になる事だったんだろう。
私が死んだ事。たぶん、尋常じゃない方法で蘇生させたこと。悲しみと絶望がこの子の瞳を漆黒に染めていた。
だけど私という存在がその闇を払えるなら。私が人間以外の何かになったとしても、問題なんてなかった。
……ところで、今気付いたんだけど。私、裸だ。幸い周りには女性……と女性型っぽい機族しかいないけど、それでも気恥ずかしい。
「アイリスさん、お帰りなさい」
「アリサ、久しぶり。といっても半月ぶりぐらい?」
「いいえ、私の時間だと……100年ぶりですよ」
「……冗談とかじゃなく?」
「はい」
「私……どれだけ長く死んでたのよ……」
「私の時間で75年ぐらいですね」
「うわ……それ、完全に過去の人扱いされるやつだ……」
トワの言葉よりアリサの告げる事実の方がショックだった。
だって、その時間は……そっくりそのまま、私の死がトワを悲しませていた時間なんだから。姉失格だな、私は。二人で旅をしようって約束しておきながら勝手に死んで。きっとトワの心を惑わせたに違いない。
私はトワをきつく抱きしめた。それで長い時間を埋められるとは思わないし、こんな事でトワの悲しみを紛らわせることが出来るとも思わないけど……それでも。愛しい妹を抱きしめたかったんだ。
久方ぶりの
>>Iris
パートです
ここからはトワ、アイリス、アリサの3人視点を切り替えながらお届けしてゆきます!




