#8
>>Alyssa
私の事を好きと言ってくださったトワ様の言うことを聞かないだけでなく、あまつさえ傷つけるような発言すらした、許されざる存在モルガン。
なのにトワ様は寛容にもそれを許すとおっしゃいました。天使ですか。女神ですか。いえ、元から天使で女神でした。
そんなどうでも良い――いえ、とても重要な事を考えつつ、頭の片隅では先ほどのエレメントとやらの事がどうしても気になって仕方ありませんでした。トワ様に告げていない、私が見た二つ目のビジョン。
――トワ様の瞳に映る、アイリスさんの姿
「人」と「絆」のエレメントが示すもの。私にはそれに該当する存在はアイリスさんしか思いつきませんでした。
つまりあのC3にはアイリスさんの魂が封じられていて……そして今、彼女はセレスティエルとして生まれ変わろうとしている。突拍子もない考えだということは理解しています。
ですが、予知が正しければ……たぶん、それが正解なのだとも思いました。
でも、本当に人がC3を経由して再生される?
理解も、信じる事もできません。そして何より心配なのは……セレスティエルになったアイリスさんは本当に「アイリスさん」なのでしょうか?アイリスさんの姿をした、別の何かなのでは?
もし、そんな事になったら……きっとトワ様の心は壊れてしまいます。止めるべきか、そのまま進めるべきか。どちらが正解なのか、私には判断ができませんでした。私の予知は完璧ではありません。そもそも今回だって「約束の地」を外してしまっています。
だから、余計に自分の予知が――判断が、信じられない。あの時……予知のせいでお父様を失ったときのように。もし、私の予知がまた大事な人を失う切っ掛けになったら?それは私にとって自分の死よりも恐ろしい結果です。
ですから、せめて結果をこの目で見るまでは……トワ様にこのことを気取られないようにしなければ。そう思いました。
フロルデさんのインストールが終了するまでまだ時間が掛かるとの事でしたので、施設の点検を行うというモルガンと別れて私達はアルカンシェルへ戻って休むことにしました。
ダンディライアンで食糧の補給が出来なかった事が悔やまれますが、今は食事のことよりトワ様のメンタルケアが優先です。まったく、モルガンときたらデリカシーの欠片も無いのですから!
……いえ、本当は私もそれが彼女の意思ではない事は判っています。
ですがラク・ダヴァローンという施設に対して感じる憤りよりも、その代弁者となったモルガンに怒りの感情が向いてしまうのです。頭で判っていても、感情が受け付けない……理不尽だと言うことは自分でも判ってはいるのですが。
そしてアイリスさんが復活する可能性と、それがアイリスさんではないという可能性。頭では判るのですが、感情的にどう受け止めれば良いのか……。悩みは尽きません。ですが、今はトワ様を癒やすためにも。
「さぁトワ様、時間があるようですので『ご休憩』を!」
「アリサ、意味わかってる?」
「ええ、もちろんですとも!さあさあ、ご遠慮なさらずに!私ならいつでも、いつまでも準備OKですから!」
「えっとね」
「はいっ!」
「アリサに、お礼したいなって」
「はいっ!」
「『ご休憩』?」
「うっ……」
……それだと私、まるでトワ様の弱みにつけ込んで関係を強要する悪党じゃないですか。一瞬舞い上がりかけた私ですが、トワ様の言葉に一気に頭が冷えました。これはダメです、私は純愛路線なのですから。
「……その……申し訳ありません、少し調子に乗りました。トワ様、ともかく少しお休みください。私、ラウンジの方で待機しておりますから」
「いいの?」
「はい、お礼など必要ありませんし、むしろお礼を言いたいのは私ですから」
「よくわからないけど……ありがとう」
そう言うとトワ様は寝室へ向かわれました。追いたい気持ちを無理矢理抑え込み、私はラウンジのソファーに身を沈めます。
ままなりませんね、人生も恋愛も。
こういう日はお酒が恋しくなります。……そういえば持ってきてるんですけどね、高級シャンパン。トワ様との旅路を祝福するために。でもさすがにグリットをつまみにするのはシャンパンに失礼ですから、しばらくはお預けです。
――どうやらしばらくソファでうとうとしていたようです。左肩に感じる暖かい感触と若干の重みで私は目が覚めました。
……って!これは!?奇跡!?神の恩寵!?
なんと、寝室へ行かれたはずのト、トワ様が……私にもたれ掛かって眠っておられます!
この状況は永久保存版です!アルカンシェルに写真を撮らせないと!いえ、でも今は動いたり声を出したりする訳にはいきません。こんな奇跡の瞬間を終わらせてしまうなんて有り得ません!!
喜び以上の緊張で全身が硬直し、冷や汗のようなものが流れるのが判ります。
どうしましょう……どうすれば……。そっと左側に視線を送ると、無防備に眠っておられるトワ様。やはりお疲れだったのでしょう。ここは……私は寝具に徹して、トワ様にお休み頂くしかありません。これも「身を挺してお守りする」ことに含まれると信じて。
私にとっての至福の時間は小一時間ほど続きました。トワ様は割と華奢な体つきなのですが……ずっともたれ掛かられるというのは、意外と体の負担になるものなのですね。
アリサ・シノノメ、齢143歳にして初めて知りました。いえ、この腕のしびれは幸せの証なので、何なら毎日でも歓迎なのですけども。
先ほどトワ様は目覚められて、今は食事――もやは朝食なのか昼食なのか、何食なのかも判りませんが――を取りに行かれています。
少し照れた様子で「おはよう、アリサ」と言って頂いた時の私の絶頂感はもう――一瞬、意識が飛びそうでした。
そして愛する方と目覚めの朝食。とても素敵で、憧れのシチュエーションです。目の前に積まれるのがグリットと水だけという貧相極まりないものでなければ……。
ろくに味のしないブロックを口に含み、水で溶かすという食事とも呼べない食事を取りながら時間を確認するとそろそろフロルデさんが再生される時間になりそうでした。食事が済み次第、私達も現場へ向かうことにします。
機族が眠るポッドが立ち並ぶホールは相変わらず不気味でした。人型をしているのに生物ではないモノというのは生理的な恐怖感を生むのかもしれません。せめて、動いて話してくれれば少しは気が紛れるのですが……。
フロルデさんのポッドは……ありました。場所はうろ覚えでしたが、静まりかえったホールの中で唯一動作している装置なので、音で場所が判ります。そして何よりもわかりやすい目印、ポッドの前にモルガンが待機していました。
「インストールが終了しました。再生プロセスが完了するところを見届けて頂けますか?」
「うん。そのために来た」
「ありがとうございます。では……フロルデ、起きなさい」
モルガンの言葉が起動キーにでもなっていたのか、ポッドを覆っていたフロントパネルが前方にゆっくりと開放されていきます。そしてフロントパネルの動作が止まると同時に……。
「あっちゃー、またやっちゃったー。ごめんねー、モルガン」
えらく軽い感じの声がしました。フロルデ……さんは、どうやら少女型ボディに見合う、少女……というかギャルっぽい感じのパーソナリティをもつ方のようです。
「あれー、このヒト達は? ここ、アヴァローンでしょー?なんでヒトがいるのー?」
「フロルデ、この方々があなたのC3を運んでくださったのです。おかげで消耗が殆ど無い状態で再生できたのですよ?」
「うそ?……わっ、ホントだー!ワタシのボディ、ストックなかったから、やばいなーって思いながら機能停止したのにー!感激ー!」
軽いというか、緩いというか。これ、本当に機族なんでしょうか?私の知っている重厚な物言いだった外交官型と同種の存在にはとても見えません。でも、きっとそれがパーソナリティというものなのでしょうね。
「2人とも、ありがとねー。お礼にイイコトしちゃうー?」
「イイコトって何?」
「そりゃーもう、あんなことやそんなことや……」
「待ちなさいっ!トワ様とあんなことやそんなことをするのは私の特権です!」
「あれー、そっち系なんだー?」
「なんですか、そっち系って!私は純愛系です!」
「はははー、ワタシが言ってるのは船の改造系だよー」
「トワ様を改造させたりしませんっ!」
……私、機族ギャルを相手に何を言ってるんでしょうか。正直自分でも良くわからなくなってきました。ともあれ、これでモルガンに依頼された任務は完了です。
「やっぱり新しいボディはいいねー。前のボディ、ちょっと肩関節にガタきてて困ってたんだー」
「それはあなたが仕事にかまけてちゃんと定期メンテナンスしないからでしょう。本当に仕事ばかりで――」
なにやらモルガンが上司風を吹かせてフロルデを叱っています。生意気な。ともあれ、一度アルカンシェルへ戻ってこの後の動きを決めた方が良いでしょう。
賑やかなフロルデにあれこれ話しかけられながら、私達は船へと戻りました。
フロルデは船の中を案内しろとうるさいのでアルカンシェルの中を案内していたのですが、ふと気付くとトワ様の姿が見当たりません。
確かホールを出るときは最後尾におられたのですが……その後、声を聞いた記憶がありません。まさか道に迷われたのでしょうか?
いえ、ここまでは一本道のはず。具合が悪くなってどこかで倒れているのでは……心配になった私が通路へ引き返そうとしたとき、トワ様がアルカンシェルに戻ってこられました。
「トワ様!心配しました……大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫。なんか、疲れた。ちょっと休んでいい?」
「はい、それはもちろん……」
伏し目がちにそう言われるトワ様は心なしか顔色が悪いような気もします。先ほどまで眠っていたはずなのですが……やはり具合が悪いのでしょうか?寝室へ向かわれるトワ様を見送る私は、大事な事を見落としていました。
うつむき加減だったトワ様の瞳の色が漆黒に――深い絶望の色に染まっていたことを。




