#2
接舷するためにさらに接近すると、当然のことながらダンディライアンの全体像は見えなくなりました。遠目で見た時とはまた異なる威容に、ここは近隣の惑星における観光名所になるのではないかとか、そういう場違いな感想すら浮かんできます。
入港にあたり管制官からコスモスーツの着用を推奨されました。なんでもドッキングポート内は開放型かつ無重力なので、何か間違いがあると宇宙空間へ流されてしまう可能性があるそうです。
いえ、普通そんな状況だと「推奨」ではなくて「必須」ですよね?内心でそんなつっこみを入れながら、私は運び込んだ荷物のなかからコスモスーツを取り出します。
そう、コスモスーツです!アルカンシェルがアレなのですっかり忘れていましたが、私……今回の旅の為に特注のコスモスーツを用意していたんです。
機能的には普通のものと同じなのですがデザインを特注した優雅で可愛らしい、ベルトやフリルで飾り立てたドレスのようなシルエットにしたものを。
見てください、このドレープが素敵な裾!実用性?そんなものは知りません……いえ、これは実用的なデザインです!トワ様に私の魅力を気付いて頂くという、極めて重要なミッションのための実用的なデザインなのです。
特注コスモスーツを広げて鼻息も荒くそう考えていた私でしたが。
「アリサ、それ動きにくそう。こっちのを着て」
グレーでやや旧式なだぼっとしたコスモスーツを身に纏ったトワ様の言葉に、私は特注のコスモスーツを放り出しトワ様に手渡された普通のコスモスーツを着用しました。
ええ、アピールよりもトワ様のご厚意を受ける方が私にとっては重要なのです。ですがせっかくなので特注して造らせた髪留め型の酸素供給フィールド発生装置は使うことにしました。
これはペレジスで開発した新製品なのですが、小型軽量なのに持続時間は従来品並、おまけにおしゃれにも使えるという優れものです。本当なら旅客船の乗客にアピールして星の経済を回そうと思ってたのですけど……まぁ、それは仕方ありません。
造ってくれた技術者チームの人達に、売り込みの機会がなくなったことを謝罪しないといけませんね。
ダンディライアンのドンキングポート自体は私の故郷であるペレジスの軌道ステーションとさほど代わりはありませんでした。
違いがあるとすればダンディライアンには、これと同じドッキングポートが数十もある、というところでしょうか。一体誰がこんなに大きな施設を造ったのかと思いましたが、その答えは比較的すぐにわかりました。
ドッキングしてみて判ったのですが、この機動要塞には殆ど人間がいません。つまりコスモスーツを推奨、と言っていた理由はそれでした。なぜならここは機族によって管理運営されている衛星なのだそうです。
機族の人達は酸素を必要としませんからね。彼らにとっては「必須」ではないということなのでしょう。あっ、よく考えたら私もトワ様も厳密に言えば人間ではないのですが、そういう意味合いではなく「生物」としての人間がいない、ということです。
私も評議会の一員だった頃は外交の一環で機族の人と会ったことはありますが、機族だけで運営されている施設を見たのは初めてです。つい、物珍しそうに周囲を見てしまいますが……ここでは私達の方が少数派、珍しい存在だということを忘れそうになってしまいます。
いえ実際テロマーとセレスティエルが連れ立って歩いてるとか、私達二人以外にあり得ない組み合わせなのですが、見た目には二人ともミドルティーンな、ラブラブ美少女カップルですからね、私達は。
「アリサ、思いだした」
「何をですか?」
「前に来たときのこと」
ええ、これだけ珍しい場所なら、いくら漫然と旅をしていたトワ様でも、さすがに記憶に残っていると思いました。
でも、何をしに来られたのでしょうか。そして、なにより気になるのはその際には「希望」を再発見できなかったのか、ということですが……。
「冷凍睡眠のポッドを買いに来た」
「……はい?」
「だから、ポッドが欲しくて」
「遠路はるばる?」
「アルカンシェルがここで造ってるから、安く買えるって」
トワ様はお買い得情報を聞いて近所の商店へ立ち寄るような感覚で、ここまで来られたようです。もうそのスケール感は私の常識を越えていました。
「前回はここで何か変わったことは……」
「ポッドに問題があったら交換にこいって」
「それ、保証の話ですよね?というか冷凍睡眠ポッドに問題があったら、普通死にますよね?」
「普通は、そうだね」
なんですか、その万一死亡されてもアフターサービスは万全です、みたいな話は。船鍛冶ってそんないい加減な組織なんですか!と私が口にしようとしたとき、後ろから声を掛けてきた人、いえ機族がいました。
「シンガー殿、すぐに戻ったと言うことは、ポッドに不具合があったか?」
「ううん、問題無い。ちゃんと眠れてた」
その機族は私の知っている外交担当の機族と同じように顔は人間に近いデザインになっていますが、目の部分が特殊なセンサーになっているようで感情を読み取ることが難しくなっています。
全体的に無駄のないデザインのボディは時間を重ねた深い経験がにじみ出ているようにも見えました。熟練職人を機械で表現するとまさにこのような外見になる、と思えるような佇まいでしたが……。
トワ様が言っていた「保証」の確認に現れたようなので二人のやりとりは特に気にとめていなかったのですが、彼の次の言葉で一気に現実に引き戻されました。
「そうか、ならどうして急いで戻られた?……いや、シンガー殿の船は特別だったか」
機族の言葉は私の警戒レベルを一気に跳ね上げる効果がありました。この機族、アルカンシェルの秘密を知っている……?
対応を誤るとトワ様の身に危険が及ぶかもしれません。反応を読まれないように体はリラックスしたまま、頭だけは臨戦態勢に切り替えます。油断して武器を船内に置いてきたのは不覚でしたが、いざとなれば素手でもトワ様を守って見せますよ、私は。
「失礼、トワ様の船が……どうかされましたか?」
「ん?あなたは……前回は同行されていなかったようだが、どなたかな?」
「先日から同行しております、アリサ・シノノメと申します」
「これはご丁寧に。私はオズワルド7世。オズワルドと呼んで頂ければ」
機族の人は丁寧に挨拶をしてくれました。でも、この程度ではまだ、私は警戒を解くわけにはいきません。
「それで、アルカンシェルの事をご存じなのですか?その、特別なところとか」
「ああ、アリサ嬢。あなたが警戒されるのももっともだ。だが我々は船鍛冶。船体を見れば、それがなんであるかはおおよそ判る。再現しろと言われるとお手上げだが」
「それで?」
「シンガー殿の船は、超光速船であろう?ジャンプドライブと呼ばれる遺失技術を積んでいる」
自分の眼力で超光速機関に気付くとは……正直、船鍛冶を侮っていたかもしれません。ですが、重要なのはこの人達の技術力ではなく信用がおけるかという一点です。
この人達は……ギルドの愚か者のように欲を出さないのでしょうか。過去の経験から、機族相手なら絡め手よりも正攻法の方が情報を引き出せると感じた私は、単刀直入に切り出しました。
「この船を独占しようというお考えは……?」
「まさか。我々は信用第一で顧客の秘密は厳守だ。それに機族は人間に敵対できないように造られている」
「なるほど。では信用しても良い、と?」
「信用して頂けると嬉しいですわ、テロマーのお嬢さん」
横合いから別の機族が口を挟んできました。男性型ボディのオズワルドさんとは異なり、女性型で……そしてより威厳のある佇まい。一見するだけで上位者だという事がわかります。ですが、それ以前に気になるのは……。
「どうして、私の出自をご存じなのですか?機族の方」
「モルガン、とお呼びください。テロマーのお嬢さん。それに警戒されなくても大丈夫ですよ。我々はセレスティエルであるトワ様にお仕えする存在ですから」
「……トワ様?」
「……会ったことある気はするけど……ごめん、ぼーっとしてて」
こんな相手にもぼーっとしてたんですが、トワ様っ!絶叫しそうになりますが……ですが、ここは踏みとどまります。かつての経験では、機族は真実を隠すことはあっても嘘をつくことはありませんでした。
外交官だった機族の言葉を借りれば、嘘が付けないように造られている、との事でしたが……。
「……わかりました、あなたを信用します。私はアリサ・シノノメ。モーリオンギルドの管理官で、トワ様の……その……友人、です」
本当は恋人とか親友と言いたかったのですが、件のデータの事を思い出すと恥ずかしくなってトーンダウンしてしまいました。こんな事になるなら余計なことしなければ良かったです……。
「信用して頂いてありがとうございます、アリサ様」
「アリサ、友人なの?親友じゃなくて?」
「トワ様ぁ……」
話を蒸し返すトワ様に、つい情けない声を出してしまいました。でも、それって私の事を親友だと認めてくださってるということですよね!?
「それで、今回はどのようなご用か」
モルガンさんと私達のやりとりなど無かったかのように話の続きを求めるオズワルドさん。え、いいんですか?見るからに上位者っぽいモルガンさんを放置して。
「システムキッチンと冷蔵庫。あと洗濯機を入れて欲しい」
「承知した。他には?」
いや、それ船鍛冶じゃなくて家電量販店に頼むやつですよ、トワ様。そしてなんでさらっと受注しているんですか、オズワルドさんっ!モルガンさんも黙って見てていいんですか!?
「調理器具と調味料、食材も欲しい」
「申し訳ない、それはここで取り扱っていない」
ですよね?さすがに便利な店感覚でそこまで揃えるのは無理ですよね?私が心の中で立て続けに入れるつっこみを無視して、トワ様は続けます。
「残念。なら、ベッドを入れて」
「それなら、用意できる」
「ちょっとまったー!!」
さすがにそれは黙って聞き流せませんでした。ベッドが二つになれば……同衾できる可能性がゼロになってしまうではないですか。
私達はこれから時間を掛けてゆっくりと愛を……関係を深めていく予定なのです。そのためにはベッドは一台で十分なのです。
私はそんな熱い想いを語りました。身振り手振りを交え、時には嘘泣きをしたりして。それはもう、演技力を発揮して。なにせ私はホロムービーにも出演した経験がありますから。
「で、どうされる?シンガー殿」
「……とりあえず、ベッドは後まわしでいい。先にキッチンとかを」
「承知した」
これは、私の演技力――いえ、愛が通じたということでしょうか。ともあれ、危機は去ったようなのでモルガンさんの方を見ると……無表情なままこちらを見つめていました。
いえ、元々機族は表情が変わらないのですが、無言で立っていると思いっきり怒っているように見えてしまいます。私も含めて、3人ともモルガンさんの事を完全に無視して話を進めていた訳ですから。
「あの、すみません、モルガンさん」
「……終わりましたか?」
「はい、お待たせして……」
「いえ、こちらも別ブロックの問題に対処していましたので」
どうやらボディをここに置いたまま、別のところへ意識を送って仕事をされていたようです。ちょっと羨ましいです、その機能。支部長と評議員を掛け持ちしていた時に。そして孤児院で子供達の相手をしていた時に。そんな事が出来たらどれだけ仕事が捗ったことか。
……いえ、もうどちらも引退したので過去のことですが。私が昔のことを思い返していると、モルガンさんが口を開きました。
「トワ様、アリサ様。お二人にお願いしたいことがあり、参りました」




