表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部序章『巡る大宇宙で、あなたと』ペレジス-再巡の惑星
109/212

インターミッション『17 -虹の記憶』アルカンシェル-追憶の星船

 アリサは眠れなかった。無理もない。100年待った想い人とようやく再会できたのだから。そして、愛する人と旅ができるのだから。たとえそれが彼女が考えていた形とはずいぶん違ったとしても、それでもアリサは幸せだった。

 だが、彼女が眠れなかった理由はそれだけではなかった。


「……こんなの、眠れる訳ないしゃないですか……」


 彼女が横たわっている寝台は……アリサの想い人であるトワが普段使っているものだ。トワは身の回りに気を遣うタイプではないが、不思議なほど生活臭――有り体に言うと体臭――が感じられない少女だ。実際、寝台はまるで新品のように何の匂いもしない。

 だが、それでも……アリサはこの寝台にトワを感じてしまう。ドキドキしワクワクしモンモンとする。

 眠れるはずもなかった。


「このままだと、おかしくなりそう……」


 上気した頬を両手で押さえ、暗闇の中でアリサは呟く。どうせ眠れないなら、起きてしまおう。そう考えると、彼女は寝台を降り……そっと部屋から抜け出した。

 船の前方に位置しているキャビンではトワが眠っている筈だ。起こさないよう息を潜めて歩き、ナイトライトの淡い灯りに照らされたキャビンを通り過ぎる。トワの寝息がかすかに聞こえてくる。アリサは一瞬立ち止まって物欲しげな顔をしたが……頭を振ると、階段を上がった。

 階段の上はブリッジになっている。主照明が落とされた無人のブリッジにはいくつかの常夜灯が灯るだけで、薄暗い部屋の外に広がる星の海がとても綺麗に見えた。


「こんばんは、アルカンシェル」


 アリサはそっと声を掛ける。彼女の声に反応し、ブリッジにホロディスプレイが浮かび上がる。



[Good Evening, Alyssa.]


「あら、私のことをもう覚えてくれているのですか?」


[Affirmative.]


「嬉しいです。アルカンシェル、ここで少し星を見ていてもいいですか?」


[Yes, Lady.]


「ありがとう」


 静かに切り替わる文字を相手にアリサは礼を言うと、手近なシートへ腰を降ろし、星へ視線をやった。これまで数え切れないほどの回数見上げた星空が、今は手が届きそうなところに広がっている。

 ああ、私は星の海を旅しているんだ。とても不思議な感覚だとアリサは思った。そして彼女がいつか星の海を旅する事を願ってくれた義父に、心の中で感謝をこめて報告する。

 私は今、幸せです……と。


 しばらく星を眺めていたアリサがふと窓から視線を外すとブリッジの片隅に小さなホロディスプレイが開いたままになっている事に気がついた。


「あれは……?」


 気になったアリサは席を立ち、ディスプレイの前へ歩み寄る。


-------------------

アルカンシェル・パーソナルデータ編集中

-------------------


登録者: トワ・エンライト

アクセス権限: 未設定


-------------------

氏名:アリサ・シノノメ

性別:女性

年齢:16歳(43?)

職業:シノノメ管理官補

出身:ペレジス

-------------------

コメント:

 私の親友。ギルド伯と戦ったときに出会った。とても優しい子。美人でスタイルが良い。沢山食べる(3倍ぐらい)テロマーという長命種。足の傷、治ってるといいな。



「これは……トワ様が記録した……私のデータ?」


 見てはいけないもののような気はしながらも、アリサの目は画面に吸い寄せられる。職業欄に首をひねり、親友、という文字に落胆し、美人でスタイルが良いという記述に頬を赤らめる。そして足の傷について書かれた箇所を見て……。


「治りましたよ、足。トワ様のおかげで」


 微笑みながら、そう呟いた。他にどんなデータがあるのだろうか。興味を持ったアリサはホロディスプレイを操作して画面を切り替える。


-------------------

氏名:メラニー・スゥ

性別:女性

年齢:おばあちゃん

職業:えらい人

出身:統括局?

-------------------

コメント:

 なんか超偉い人。超おばあちゃん。



「ちょっ!?こ、これまずくないですか!?」


 スゥ局長について記録している事は別に問題ではない。だが「おばあちゃん」とか、あまつさえ「超おばあちゃん」とかはまずい。まずすぎる。アリサは焦った。これが統括局に……スゥ局長にばれたら大変な事になる。


「きっと。にっこり笑いながら『お話があります。七番会議室で』って言われる奴ですよね!?」


 アリサは統括局の拠点であるオラクルXVIIIに行ったことが無かったが、元監察官でいつもは沈着冷静だった義父のウォルターが怯えた様子で挙動不審げに辺りの様子をうかがいながら語ってくれた「七番会議室」案件の事は覚えていた。そしてこの記録はまさに……やらかした人が「ご招待」される伝説の七番会議室案件そのものだ。

 この記録を消して証拠隠滅するか、私船の私的記録がスゥ局長にバレないことを祈るか。ここが運命の分かれ道。

 だが、アリサはスゥ局長が相手ならきっと消してもバレるに違いないという考えに至り、証拠隠滅を諦めると深いため息をついて次のページを表示した。


-------------------

氏名:メナ・クロウリー

性別:女性

年齢:30歳ぐらい?

職業:扇動者

出身:ヴェリザン

-------------------

コメント:

 レイラのママ。ちょっと怖い感じだったけど、可哀相な人だった。レイラと仲直りできて良かった。



「なんですか、職業が扇動者って。お仕事じゃないでしょう、それ」


 次のページも良くわからない記述だった。これがトワの私的な記録である以上仕方ないのだが、アリサはついつい画面に向かって一人つっこみを入れてしまう。そして脱力感を感じながら次の項目を表示する。


-------------------

氏名:レイラ・クロウリー

性別:女性

年齢:9歳

職業:未来のオルガン奏者

出身:ヴェリザン

-------------------

コメント:

 すごい子。一度聞いただけで曲を覚えてオルガンが弾けるようになった。きっと将来はすごい演奏家になると思う。いつかレイラの演奏を聴いてみたい。



「レイラ、クロウリー……?オルガン奏者……って、まさか」


 レイラの情報を見たアリサは、それがかつて自分が嫉妬した幼女だとすぐ気がついた。そして……そのフルネームと「職業」に思い当たる事があった。

 レイラ・クロウリー。希代のクリスタルオルガニスト。彼女の奏でる調べは聞く者の魂を揺さぶり、未来への希望を与えると言われている。

 20歳の時に芸術の星ヴェリザンで最高の奏者として認められ、その後はジャーナリストである母親と一緒に星を巡る演奏活動をしている、著名な音楽家だ。


 ……そして彼女はペレジスにも二度ほど公演で訪れている。アリサ自身もレイラ・クロウリーの演奏を聞いて感動の涙を流した一人だし、職権を乱用して直接話をする機会を設けたりもした。

 ファンだと伝えた。

 なんなら握手もした。


「まさか……レイラ・クロウリーが……あの、レイラちゃん……?」


 衝撃だった。自分が嫉妬した幼女が、まさかあの天才音楽家に成長していたとは。今朝方レイラと親しくしていたとトワを責めたアリサだが、ひょっとして浮気をしたのは自分の方だったのでは……?

 そう考えたアリサの額に一筋の汗が流れる。そういえば彼女は今も星を巡る活動を続けていると聞く。たしか……肉体年齢はまだ二十代半ばで、未婚だったはず。


「……トワ様には秘密にしておきましょう」


 アリサは芸術を理解する淑女であったが、同時に恋する、やや――いや、かなり――独占欲の強い乙女でもあったので。


「次です、次」


 ホロディスプレイには次々と人名とトワのコメントが表示されていく。親しい人、そうでもない人。トワがこれまでの旅で出会った人の事が短い言葉で記されている。そして……。


-------------------

氏名:トワ・エンライト

性別:女性

年齢:16歳(+5000ぐらい?)

職業:シンガー

出身:わからない

-------------------

コメント:

 私。セレスティエルでエトワール。良くわからないけど、人間じゃない。誰が、何のために私を造ったんだろう。


「何ですか、これは……」


 それは見てはいけないデータだった。トワが一度告白しようとして躊躇した、彼女の抱える秘密。自身が人造の存在であるという事実がそこには記されていた。アリサは自分の行いを悔いた。興味本位でトワが知られたくないと思っていた事を覗き見てしまった事を。


「トワ様……ごめんなさい……。でも……トワ様がどんな存在であれ、私は、あなたの事を愛し続けます」


 小さく謝ると、ホロディスプレイを閉じようと手を伸ばす。と、そのときアリサは最後にもう一件データが残されていた事に気がついた。毒食えば皿までという言葉もある。アリサは自分にそう言い訳をして、ページをめくる。


-------------------

氏名:アイリス・ブースタリア

性別:女性

年齢:16



 記述が不自然な箇所で止まっていた。アリサにはその理由がわかってしまった。トワは……自分が姉であるアイリスの年齢に追いついた事に気付き、それ以上何も書けなくなってしまったのだ、と。


「……トワ様……」


 ぶっきらぼうでマイペース、物事には万事無頓着に見えて、実はとても繊細な心を持つトワにとっては、数字一つが心の傷になりうる。その事実をアリサは再認識した。

 そして、そんなトワの心の重荷を少しでも軽くしたい……そう思ったアリサは、ホロディスプレイにそっと手を伸ばす。


-------------------

氏名:アイリス・ブースタリア

性別:女性

年齢:17



 勝手に修正した事で、アリサが覗き見をした事はトワに気付かれるだろう。こんなデリカシーの欠片も無い行為はトワに嫌われても仕方がない事だ。でも……アリサはどうしても、そうしたかった。アイリスはトワの中で生き続けているという事を、伝えたかったのだ。

 アリサはホロディスプレイの表示を自分の項目に戻し、その場を離れた。


「アルカンシェル、この事は秘密にしておいて下さいね?」


[Yes, Lady.]


「ありがとう、いい子ね」


 アルカンシェルのコアであるC3に微笑みかけ、アリサはブリッジから退出する。今日は眠れなさそうだと思いながら。




 ……しばらくして、アリサが戻ってきた。不審な挙動で辺りを見回しながら。忍び足で先ほどのホロディスプレイに近寄り……


-------------------

氏名:アリサ・シノノメ

性別:女性

年齢:16歳(43?)

職業:シノノメ管理官補

出身:ペレジス

-------------------

コメント:

 私の恋人。ギルド伯と戦ったときに出会った。とても優しい子。美人でスタイルが良い。沢山食べる(3倍ぐらい)テロマーという長命種。足の傷、治ってるといいな。



 そっと自分のデータを書き換え、アリサは急ぎ足でその場を去った。


[I Haven't Seen Anything.]


 アルカンシェルが表示したメッセージは、誰の目にも留まらなかった。

次回はあっという間に100パーセクの旅が終わり、トワとアリサがたどり着いた機動要塞「ダンディライアン」での物語です

ですが章タイトルに記されている場所は全く違うところで……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ