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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部序章『巡る大宇宙で、あなたと』ペレジス-再巡の惑星
108/217

#5

>>Alyssa


 トワ様の所有する航宙船、アルカンシェルは驚きの連続でした。そもそも個人で航宙船を持っている時点で驚きですが、その美しさはステーションに停泊している他の航宙船が可哀相になるほとで……しかも、それを「拾った」とは一体どういうことなのでしょうか。まぁ、これから長い旅路ですので「人間じゃ無い」という言葉と併せておいおいお話を聞かせてもらおうと思ったのですが……。


「あの、トワ様」

「何?アリサ様」


 無意識に様付けした事に対して皮肉で返されましたが、今は目の前の異質なものが気になってそれどころではありません。


「あれは……なんですか?」

「応接セット。座り心地が良い。古いけど」

「新品に見えますけど……」

「多分、千年もののアンティーク品」


 いや、そうではなくて。千年物のアンティークというのも確かに気になりますけど。ソファにテーブル、サイドボード。確かに私も執務室にはそれなりのものを置いてはいましたけど……それ以前にどうして航宙船の中に「普通の」応接セットがあるのでしょうか。いえ、その前に気付くべきでした。私、どうして普通に船内の廊下を「歩いて」いるのでしょうか。ここ、宇宙なのに。無重力ですよね、普通。抗議と疑念の気持ちを込めて思わずジト目でトワ様を見つめてしまいます。


「だから、拾った。たぶん大空白以前の施設で」

「はへぇ?」


 変な声が出てしまいました。大空白……それは私達の世界の文明が一度途切れたと言われる、太古の出来事。何が起きたのかは誰も知らず、どこにも記録は残されていません。その大空白よりも前の……?それって、まさか。


「もしかして……ロ、ロストテクノロジー、ですか?」

「うん」


 自分の声が震えているのが私にも判りました。遺失技術はその存在こそ物語で多く語られていますが、実際にそれを所有しているという話は――この世界を牛耳っているといっても過言ではないギルド内部ですら――聞いたことがありません。


 なのに、平然と遺失技術であることを肯定するトワ様。ええ、この人が普通の人ではないことは知っていました。けどよりによってロストテクノロジーの船を個人所有?しかもハリボテや動かない骨董品ではなくて、完璧な重力制御を行ってる現役の……!?


 私が驚愕している間にトワ様はラウンジに設けられた階段を上がって行かれました。いや、だからどうして航宙船に階段があるんですか。トワ様、無重力って知ってますか?

 混乱する頭のまま、私も後に続きます。登り切った先には……ブリッジ。中央に見慣れたC3が輝いているのをみて、私は少しだけ落ち着きを取り戻しました。日常って素晴らしいですよね。でも、どうしてあのC3は虹色に輝いているのでしょうか。


「……と、とにかく……詳しいお話は、旅の途中でまた聞かせてくださいね」

「わかった。それで、目的地は?」


 コンソールに向かったまま、トワ様がそう尋ねられました。そうです、私は最も大事な話をするのを忘れていました。再会の喜びと、トワ様のトンデモぶりに驚いたとはいえ……アリサ・シノノメ一生の不覚です。


「私達が目指すのは……ダンディライアン、と呼ばれる機動要塞です」


 ダンディライアン。それは3年前の幻視にあらわれた、トワ様が真の虹色を取り戻せる場所。漠然としたビジョンを頼りに私が探し求めた、約束の場所の名前です。


「……聞き覚えない。遠いの?」

「ええ……100パーセクほど先になります。まっすぐに行けたとしても船内時間で15年ぐらいは掛かるかと……」


 私は15年という旅の長さを沈痛な表情で語りましたが、内心ではウキウキしていました。だって、トワ様と15年も一緒に旅が出来るのですよ!?

 アイリスさんには悪いですが、100年も待ったのです。15年ぐらい二人っきりで旅をしても罰は当たりませんよね!?ええ、ハネムーンが15年とか素敵すぎますが、これは必然なのです!もちろん冷凍睡眠なんかしませんよ?せっかく一緒に旅ができるのに、なんで寝てないといけないんですか!


「アルカンシェル、目標座標検索。ダンディライアン、わかる?」


 トワ様の指示を受け、船のC3が緩やかに虹色の輝きを放ちます。どうやらこの船、音声で操作できるようです。ええ、もうその程度では驚きませんよ、私は。こう見えても私は百戦錬磨の――。


[Target -Dent-De-Lion- Coordinate Search...Find.]

[S-15234.876, D-76892.431, A-34789.023]

[Number of visits: 1]


「……あれ?」

「どうされました?」

「私、そこへ行ったことがあるらしい」

「はひぃ?」


 ……ダメでした。また驚いてしまいました。


「えっと……間違いや勘違いではなく?100パーセクも先なんですけど……」

「うん、座標は多分それぐらい先になってる」

「覚えてないというのは……?」

「最近、ぼーっと旅をしてたから」


 なんですか、そのぼーっと旅って。私、心の底からトワ様のことを愛していますけど、さすがに今はちょっとイラっとしました……。ぼーっと旅してんじゃねーよ!なんてガラの悪い言葉が脳裏をよぎります。もちろん口にはしませんけど。


「アルカンシェル、訪問回数が1って」

「前のオーナーが行かれたとかでは?」

「この船、就航前の新品だった」


 なんですか、その新品の古代宇宙船って。言葉的におかしくないですか、それ。


「そ、それで……どういうルートで航行を?ここからだとまずクレリスへ向かおうと思っていたのですが」

「アルカンシェル、航行ルート検索」


[Destination -Dent-De-Lion-]

[Warning: Excess jump distance Required number of jumps: 2]


「うーん」

「やっぱり時間が掛かりそうですか?そうですよね、いくらロストテクノロジーの船とは言え、ダンディラアンはかなり遠方ですし……」

「途中で一度、どこかに寄らないと」

「……え?」

「ごめん、アリサ。直行できない。一度適当なところへ寄らないと」

「……え?」

「ほら、必要ジャンプ回数が2」

「……じゃんむ」


 ……ジャンプ、というつもりが噛んでしまいました。もう驚きを通り越して固まってしまうしかないじゃないですか。だって、それって。もしかして、もしかしなくても。


「え……え……」

「絵?アリサのお母さんの?」

「ちがいます!FTL、もしかしてFTL船なんですか、これ!!!」

「そうだよ」


 平然としたトワ様の言葉に一瞬気が遠くなりかけたのは、たぶん許されることだと思います。そうですか、超光速船ですか。ええ、知っていましたよ……もちろん。私はペレジスの影の支配者で、閣下と呼ばれるマダムですし。なんなら永遠の……いや、それは黒歴史ですね。ともかくもう、やけくそです。


「……それで……何年かかるんですか、この船だと」

「アルカンシェル、航行日数計算して」


[Estimated time: 72 hours without port.]


「無寄港だと72時間だって」

「……そう……です……か……」



 なんですか、その二泊三日の小旅行感。15年のラブラブ新婚旅行のはずだったのに。私は少しだけ、アルカンシェルという船に怒りを覚えました。


 いえ、この船の能力を知った今は……それどころではありません。トワ様に至急確認しておく事がありました。気を取り直してトワ様に声を掛けます。


「トワ様、この船……ギルドに私船登録してありますか?」

「してない」

「危険です。次に寄港したらギルド支部で速やかに登録を。出来れば……私の名義の方が良いと思います」

「どういうこと?」

「この船の価値を他人に……特にギルドの野心的な連中に知られると厄介な事になります。おそらくシンガー個人の登録では守り切れないと思いますから、私の……管理官の権限で登録を」

「よくわからないけど……アリサが言うなら。任せていい?」

「もちろんです!」


 ギルドは身内とはいえ……いえ、身内だからこそ信用できない部分もあります。強権でトワ様からこの船を取り上げようと……場合によっては、トワ様を殺してでも奪おうとする愚か者が現れる前に、手が出せないように守らないと。もちろん守るのはアルカンシェルではなくトワ様を、です。


 私の名義で登録するのは、さすがに管理官を殺そうとする者はいないはずたからです。それに万が一オーナーの命を狙ってくる愚か者がいたとしても、襲われるのはトワ様ではなく私になります。

私であれば降りかかる火の粉を払うことが出来ますし、私の権力を、そして命をトワ様の盾にするのは当然の事です。そのために、私は管理官になり、力を蓄え、そしてここにいるのですから。


 現実的な脅威に気付いたことで驚いてばかりだった私の頭はようやく平静を取り戻しました。いえ、取り戻したと思いました。その時は。そして……私の驚きはこれだけでは終わりませんでした。一つは絶望、もう一つは歓喜の驚きが私を待っていたのです。



>>Towa


「ごめん。ホントに、ごめん」

「いえ……良いです、私も……ちょっとは慣れてますから」


 ラウンジのソファで頭を垂れているアリサに私はひたすら謝った。既にアルカンシェルは出航しており、ジャンプ可能宙域へ移動している最中。で、何を謝っているかというと、それはテーブルの上に置かれた「昼食」についてだ。


「念のために確認しますけど……意趣返しじゃ、ないですよね?」

「私、予知能力ないから。事前に仕込めない」

「そうですよね……」


 目の前に積まれたグリット(かちこち)の山を前に、力なく呟くアリサ。だからごめんって。私一人だと食事とかあんまり気にしてなかったから、美味しくはないけどグリット(かちこち)で済ませてたんだよ……。保存が効くからまとめ買いして、倉庫に放り込んであるんだよ。

 けどグリット(かちこち)だけが。しかし意趣返しってことは、孤児院で出たグリット(かちこち)はわざとだったのか。お茶目だね、アリサは。


「トワ様、少し寄り道して一度どこかの星へ降りましょう」

「うん」

「そこで、今後の生活のためにシステムキッチンと調理器具と冷蔵庫と食材と調味料を買います」

「ほほう」

「この船なら普通にお料理できますよね?」

「したことないけど、たぶん」

「部屋も空いてましたよね?」

「うん」

「じゃあ、決まりです。航宙船にキッチンを入れると言ったら業者に呆れられると思いますけど」

「でも、私料理できない」

「私が料理します。愛情たっぷりの愛妻料理です」

「それは愛情料理の間違い?」

「愛妻料理です」


 アリサが真顔で言うのでそれ以上は否定も確認もできず、無言で頷いた。いや、確かに美味しい食事が食べられるに越したことはないけど。なんだかアリサの無言の圧が怖い。怪しい空気感に気圧されながら口に入れたグリット(かちこち)は、いつもよりパサパサしていた気がした。



 そしてジャンプ可能宙域に近づいた、その日の夜。


「トトトトトトワ様っ!」

「うん?」

「ここここここれは!?」

「ベッド。普通だよね、これ」

「いや、そうじゃなくて……同衾、同衾なんですね!?」

「どうきん……?」

「私の愛を受け入れてくださるんですね!?」

「あい……?」


 アリサを自室に案内したら、奇声を上げて騒ぎ出した。やっぱりこの子、100年でずいぶん変わったよね。前は物静かでおとなしい子だったんだけど。

 私にはアリサが何を言っているのかわからなかったけど、鼻血が出ているのはなんとかした方がいいと思った。シーツが汚れるし。

 そういえばアルカンシェルには洗濯する場所も無かったことに気がついた。私一人の時は船内では服着てなかったからね。


「ベッド、一つしかないから。アリサはここで寝て。私はソファで寝る」

「どうして……!どうしてそうなるんですかぁ!!いじめですか?いじめですね!?」

「こういうときは、家主が譲るべき」

「ちがいますっ!そこは同衾!共寝!イチャラブでしょう!」

「……よくわからないけど、鼻血はなんとかした方がいい。じゃあ、お休み」

「どうしてぇぇぇ!トワ様ぁ、待ってぇぇぇ!」


 床にへたり込んで何故か絶叫するアリサを寝室に残し、私はラウンジへ向かった。なんとなくだけど、今日は服を着たまま寝たほうが良い気がした。寝心地は悪そうだけど。

 それにしても昨日までは絶望的なまでの沈黙に包まれていた船内がアリサのおかげで一気に賑やかになった。少し騒がしい気もするけど、ひとりぼっちよりもずっと良い。大丈夫。これなら……私はちゃんと旅を続けられる。そんな気がした。


「だから、同衾はー!?初夜はー!?」


 防音性が高い扉越しにアリサが何かを叫んでいるのが聞こえた気がするけど、たぶん気のせいだろう。あの扉は完全防音のはずだし。


 眠りに就いた私達を乗せ……アリサの言う「再び希望が訪れる星、ダンディライアン」を目指してアルカンシェルは大宇宙(おおぞら)を跳ぶ。



 ――運命は巡り、私達の旅が……再びはじまる。

アイリスを喪い孤独に旅を続けていたトワに新たな同行者、アリサが加わりました

彼女が幻視で見た約束の地「ダンディライアン」で2人を待つものとは――


次回はインターミッションとして、本編から直結するお話、旅立ちの日の夜にアリサがアルカンシェルのブリッジでこそこそと行っていた「ある事」をお届けします


第2部も引き続き1日3更新で毎日お届けいたしますので、★評価、ブックマーク、リアクションなどで応援よろしくお願いします!

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