#4
>>Towa
アリサと話した後、また眠ってしまったみたいで気付くと朝になっていた。……日をまたいだ事でアルカンシェルの駐機料に追加料金が掛かることを思うと少し気が滅入った。高いんだよ、航宙船を軌道ステーションに駐めっぱなしにすると。今回の任務でもらった報酬の3割ぐらいは駐機料金になりそうだ……そんなしみったれた事を考えていると、扉が開いてアリサが入ってきた。
「おはようございます、トワさ……トワ」
「おはよう、アリサ」
昨夜のお願いをちゃんと覚えてくれていたようだ。良い子だ、アリサは。まだ慣れてないみたいだけど。
「「「ママー、おなかすいたー!」」」
アリサの後を追ってきたのか、見事にハモった声を上げて3人の子供が入ってきた。男の子が1人、女の子が2人。皆、5~6歳ぐらいだろうか。あれ、もしかしてこの子達は……。
「アリサ、いつの間に?」
「はい?」
「誰との子供?」
「……!ちがいます!私が産んだんじゃありません!」
「でも、ママって」
「だから、ここは孤児院で、この子達は私が面倒を見ている子供達で……」
「わかってた」
「トワ様っ!」
少しからかってみたら、すぐ呼び方が元に戻った。しばらくは「様」が続くかもしれないね。しかし、私と同じぐらいの年頃に見えるアリサがママと呼ばれているのは少し……いや、かなり違和感を感じる。見た目だけなら姉弟、姉妹だよね。
……姉妹。その言葉を思い浮かべた途端にまた少し胸に痛みが走った。お姉ちゃん……。
「さあトワ、朝ご飯ですよ!」
アリサが私の手を引いて食堂へと案内してくれた。その表情が少し曇っていたのは……また感情を読まれちゃったのか。どうしよう。隠しても仕方がないなら、さらけ出す?いや、そんな事をしたらアリサに見限られるかもしれない。
そう考えると、心の痛みが今度は不安に変わっていく。私、弱いよね……こんなに弱かったかな……。そんな事を考えていると、気付くとアリサは足を止めて私の顔を見つめていた。
「……トワ。大丈夫ですよ」
「うん」
そういえばアイリスもこういうとき、私の心を読んだみたいに先回りしてくれた。アリサも……そうしてくれるんだ。……甘えたくなっちゃうよ、これじゃ。でもアリサはアイリスじゃない。私は……アリサと対等な関係になりたいんだ。ネガティブな気持ちをなんとか振り切り、私はアリサに告げる。
「アリサ、お腹空いた」
「「「おなかすいたー」」」
「ええ、たーっぷり用意してありますよ!トワの好きなグリットも」
「「「わーい!」」」
いや、それはいらない。というか、なんで孤児院に千年保存できる不味いと評判の宇宙食が常備されてるんだろう。そしてなんで喜んでるのよ、子供達……。あれ?でも、そういえば前にスラムで子供達に……いやまさか、アリサがそんなことを意識してる訳ないよね。
朝食の食卓は戦場だった。子供達がよく食べるのは判る。だけど、アリサもすごかった。そうだ、忘れていた……アリサは華奢でスタイルも抜群なのに、びっくりするぐらい食べるんだった。確かアイリスが言ってたっけ。「テロマーは寿命と再生能力を維持するために燃費が悪い可能性がある」って。もしかして古代にテロマーがいなくなったのって食糧問題なんじゃ……?そう思うぐらいの食べっぷりだった。
「おねえちゃん、よくたべるねー」
「ママとおなじぐらいだねー」
「すごいねー」
自覚はなかったけど、私もすごかったらしい。改めて目の前を見ると、確かにお皿が何枚も積み上がっている。いつの間にこんなに食べたんだろう、私。でも仕方ない。昨日は昼も夜も食べてないんだ。なら3倍食べても許される筈だ……たぶん。
「アリサ様も、トワ様も、とても良い食べっぷりでしたね。料理人冥利に尽きます」
「いつもありがとう、テレジア。そして……後の事はお願いね」
「ええ、承知しております。ずっと待ち望んでおられた日ですものね。ここ数日のアリサ様、それはもう初恋の相手を待つかのようにウキウキと……」
「テ、テレジアぁ!」
給仕をしてくれていた壮年の女性はテレジアさんというらしい。アリサとのやりとりから察するに……きっとこの孤児院の管理を任された人なんだろう。仲良く話す2人をみて、アリサがこの星で受け入れられていることを改めて確認する。100年前、化け物だ罪人だと言われ、下を向いて街を彷徨っていたアリサはもういないんだ。
テレジアさんにお礼を言い、孤児院の子供達に手を振って別れを告げると私達は軌道エレベータの地上ステーションへ向かって出発した。
100年ぶりに歩くクリスタンティアの街並みそのものはあまり変わっていないように見えたけど、街中に掲げられた水晶の輝きは誇らしげで……今回はちゃんと本物に見えた。昔は綺麗な偽物にしか見えなかったのにね。
「ところでトワ?」
「なに?」
「私、怒ってるんです」
「食べ過ぎたから?」
「違います!レイラちゃんの事です!」
街中を歩いている最中にアリサが妙な事を言い出した。レイラ……ヴェリザンで私が出会った女の子のことをどうしてアリサが知ってるんだろう。そして、どうしてレイラのことで私が怒られるんだろう?全く想像が付かない。
「トワ、レイラちゃんと仲良くしてましたよね!私が遠くからあんなに心配してたのに……!」
「ごめん、よくわからない」
「だから、トワがヴェリザンへ行った後に疫病の知らせがきて、通信も途絶えて……私、どれだけ心配したか!」
「……えっと……ごめん?」
いや、ヴェリザンで疫病が発生したのも、通信が途絶えたのも私のせいじゃない。通信途絶についてはむしろ私が回復させた側だし、レイラの母親であるメナの方が施設破壊の責任は重いはず。そういえばどうしてるんだろうな、あの二人。……そんな事を考えると、刻の流れの残酷さを思い出し……また少し胸が痛んだ。
「通信が回復して、トワの無事を確認しようと思ったら通信相手は幼女!しかもトワと仲良しっていう自慢ばかりで!私がどれだけ……どれだけ……」
まくし立てていたアリサの声が急にトーンダウンした。足を止めてアリサの顔を覗き込むと、頬を赤らめていた。なんだろう、この反応は。
「……えっと、その……私、レイラちゃんに嫉妬してたんです」
「……ほほう」
アリサの告白はいまいち理解できなかった。どうしてレイラが私と仲が良いことを自慢すると、アリサが嫉妬するんだろう……?私はアリサとも仲良しだと思っていたんだけど。そもそもレイラとの話はアリサの時間だと……80年ぐらい前の話じゃない?そう指摘すると、アリサはムキになって言い返してきた。
「何年経っても、気になるものは気になるんです!それで、レイラちゃんとはどういう関係だったんですか!」
「関係……友達?」
「本当に!?手を握られたり、ハグされたり……まさか、キ、キスされたりとか!?」
え、この子何言ってるの?ちょっと理解が追いつかない。
「アリサ」
「はぁはぁはぁ」
「私、幼女趣味はない」
「良かった……」
私が思っていた答えと、口から出た答えは微妙に違ったけど、まぁいいか。しかしアリサ……これが恋愛脳……?ホロムービーとかで時々見かける「きー、そのおんな、だれよ!」的な修羅場?いや、どっちも違う気もするけど、良くわからない。でもアリサのおかげで胸の痛みはどこかへ消えていった。レイラは……きっと幸せな人生を送れてるよね。
……私には長い年月に思いを馳せることしかできなかった。
「そういえばアリサ、いくつになったの?」
「いきなりなんですか!?トワ、女性に年齢を聞くのは御法度ですよ?」
「私達の仲でも?」
「うっ……そう言われると……」
「で?」
「……143歳になりました。……年上はお嫌いですか?」
「別に。それに、私の方が年上。だって何千年か冷凍睡眠してた」
「それは……そうですけど」
「あとね、私もアリサと同じぐらいの寿命だって」
「……えっ?」
アリサの表情は驚きというより喜びのようにも見えた。私が人間じゃない、造られた存在だってことは……本当は誰にも言わないでおこうと思っていたことだけど。でも、アリサになら、受け入れてもらえる……だろうか。
「私ね、人間じゃなかった。アリサ以上に」
「それは……どういう……?」
「……あとで話す。街中じゃちょっと」
「……わかりました」
一度は話そうと思ったけど、土壇場で勇気が出なくなった。誰も私達に注意を払っていないけど、街中だからと言い訳をして話すのを止めてしまった。もしアリサに拒絶されたら……いや、そんなことは無いと信じてるけど、それでも、怖かったんだ、私は。
「トワ」
「うん?」
「何度でも言います。大丈夫です。トワも、私も」
「……ありがと」
……私の方がお姉ちゃんだと思ってたんだけどな。これじゃまるでアリサの方がお姉ちゃんだ。私って、思ってたより妹体質なんだろうか。
その後も雑談を交わしながら軌道エレベータを経由して軌道ステーションへ上がる。そして私の相棒であるアルカンシェルの元へ帰りついた。アリサは私が旅客として船に乗ると思っていたらしく、彼女が言う「ある場所」へ行くためのチケットを取ってくれていたらしい。予知能力に有能さを足すとこういう便利な事になるのか……。でも、残念ながらその手配は無駄になる。だって、私は自分の航宙船を持ってるからね。そう言うと、アリサは目をむいて驚いた。
「個人所有の航宙船……!?それ、どれだけお高いと思ってるんですか!私が支部長時代にもらった稼ぎを全部つぎ込んでも買えるかどうか!」
「でも、持ってる」
「……さすがトワ様……ですね」
「……様?」
「今のは敬称をつけても許されるところだ思いますけど」
そんなことを言っていると、駐機場の追加料金を請求しに係員がやってきた。金額を聞いて私がげんなりしているのを見たアリサが、無言で係員をひと睨みする。すると職員は慌てて追加料金は不要ですと言って退散していった。いや、助かるけどいいの、それ?ギルド伯並の職権乱用じゃない?
「大丈夫です。私、ただの民間人ですし、何の要求もしてませんから!」
「絶対、嘘。アリサ、閣下と呼ばれてた」
「あれは勝手に、あいつらが勝手に……ゲフンゲフン、あの人達が勝手にお呼びあそばせて」
「アリサ、壊れた?」
「そ、それよりこの船、どうしたんですか?すごく綺麗で……素敵です!」
「拾った」
「それこそ嘘ですよね!?」
「ほんとに、拾った」
アルカンシェルと出会ったとき、G15にこの船くれるのかと聞いたら元々私のモノだからあげられないって言われたからね。拾った、回収したとしか表現しようがないんだよ。あ、託された?とかでもいいのか。まぁいいや。
「あ、トワ、ちょっと待ってください。私、ステーションに荷物を預けているので」
アリサはそう言うと手近な係員に指示をして、大きなコンテナを持ってこさせた。結構大きいコンテナだけど、何が入ってるんだろう?アリサが倒した謎の敵とかだろうか。
「お引っ越し荷物です。服とか、化粧品とか……女の子には色々と必要なものがありますから」
「……私、トランク一つで旅に出たけど」
「そ、それは……トワ様が既に完成されている存在だからです!!何も足さない、素材の味こそが至高なんですよ!」
そんな訳の判らないことを言いいつつ、アリサの荷物は搬入口から船倉へ運び込むよう係員に指示し、私達はエアロックの方へ向かった。私はハッチの横に立ち、ホストとしてアリサに乗船許可を出す。
「アリサ、乗船を許可する」
「はい、アリサ・シノノメ、謹んで乗船させて頂きます!」
微妙に違う気もしたけど、乗船許可の儀式も済ませて私達は船上の人になった。




