#3
>>Alyssa
ギルドの職員墓地はクリスタンティアの外れ、静かな湖畔にあります。
「ここは……墓地?」
「はい。旅立ちの前に、父の墓参りに」
「……そっか」
トワ様は私の言葉に一瞬、戸惑いの表情を浮かべたようにも見えましたが……すぐにいつも通りの表情が見えない顔へと戻り、少し遠い目をされました。おそらく、彼女も旅立ちの前にどなたかの墓前を訪れた事があるのだと思いました。
もちろん、それはアイリスさんのお墓ではないことを私は知っています。彼女は――どこかの地に眠っている訳ではなく、今でも大宇宙を旅し続けておられると聞いていますから。
私はまず、お父様の墓にお花を手向けました。一度は貶められた父ですが、今ではその名誉は回復され、殉職したギルド支部長として立派なお墓を建てて頂いています。墓前にはいくつもの花が手向けられていて、ペレジスの人々が……映画やドラマの影響もあるのでしょうけど、それでも父のことを悼んでくれていることが伝わります。
「……ここは……シノノメ支部長の?」
「はい。おかげさまで、父の汚名は晴れました」
「よかった。よかったね、アリサ」
トワ様の言葉に、私は微笑みを返します。トワ様とアイリスさんがしてくださったことに対して、本当は百万の感謝の言葉をもって伝えたいところですが……そんな事をしなくても、感謝の気持ちは伝わっていると信じて。
「もう、帰る?」
「いえ、もう一カ所。……もう一人の義父に」
「……え?」
そういえばトワ様は私がお義父様……おじさま……ウォルターおじさま……と親子関係になったことを知らないのでした。どう伝えたものかと思いながら、お義父様の墓の前へと歩みを進めます。
「……ここです」
墓石に刻まれた、ウォルター・クレマンの名。私の人生を支えてくれた、もう一人の父。不思議な関係だったけど、私にとっては長い間大切だった人。
最初はギルドの監察官として私の前に現れた彼。やがて、母の知人で……初恋の人だと知って。いつのまにか、おじさまと呼ぶようになっていて。辛いときも楽しい時も、隣で支え続けてくれた人。
もしかしたら……同じ刻を生きることができたら、伴侶になっていた未来があったかもしれない、そんな大切な人。
彼が逝ってからすでに40年近くが経過していますが、私は今でも毎月墓前を訪れていたのです。
「……ア……リサ」
物思いにふけっていた私は、トワ様の声で現実に引き戻されました。そうでした、今日はお別れを言い来たのでしたね。
「……これ……ウォルター……さん、の?」
「ええ。私、おじさまと養子縁組を……」
そう説明しかけた私は、トワ様の様子がおかしいことに気付きました。墓石に刻まれた名前を見つめたまま、トワ様は目を見開いて小刻みに震えています。
「トワ様?」
「いやだ……いやだ……どうして……死んじゃうの……?いやだよ……」
トワ様はガクガクと震え出すとその場にしゃがみ込んでしまいました。その様子を見て、私は自分の失敗に気付きました。大事な人を失って傷ついているトワ様を、知人の死に直面させてしまうなんて。
お父様の事をトワ様が知った時、父は既に故人でしたから違和感はなかったのでしょう。でも、お義父様は……ウォルターは、トワ様の感覚では少し前に別れたばかりの人。そんな人のお墓を見たら……!
「トワ様を車へ!早くっ!」
倒れてしまったトワ様の体を抱きかかえ、少し離れたところで待機していたギルド職員に命じる言葉が少しきつくなったのは……自分自身が許せなかったから。八つ当たりだと判りながら、私はどうしても感情を抑えられなかったのです。
>>Towa
気付いたのは知らない部屋の中だった。確か昼前だったはずだけど……C3の照らす仄かな灯りに照らされた室内は薄暗い。そして室内には何か優しい香りが漂っている。なんだろう、これ。心が安まるような……。
「……トワ様」
「……アリサ……?私……」
「ごめんなさい、配慮が足りませんでした!」
知らない間にベッドで横たわっていた私の枕元にアリサがいた。私が目覚めた事に気付いたアリサは蒼白な表情で謝ってくる。
「……どうしたの?」
「いえ、ですから……私は……トワ様を……」
アリサの表情と言葉に、記憶がよみがえり胸に鋭い痛みが走る。墓石に刻まれた名前、震える手、血を吐くような自分の声。
「……いや……いやだよ……」
胸の奥から冷たくどす黒い痛みが再びせり上がってくる。また悲しみに飲み込まれる……。だめだ、凍り付く眠りの中へ戻らないと。そう思った時。
「トワ様、大丈夫です。今は、何も考えないで」
隣にいたアリサが私の手をそっと握りしめていた。握られた手から感じるアリサの温もりが……私の中に湧き上がった冷たい感情を少しずつ、和らげてくれる。少しずつ。ほんの少しずつだけど。
>>Alyssa
不謹慎であることは判っています。でも……嬉しかった。私は、とても嬉しかったのです。墓地で倒れたトワ様は、孤児院の私の部屋で目覚めてなお、悲しみに囚われていました。私に出来ることは……彼女の手を握ることだけ。
握ったトワ様の手はとても冷たく……そして、そこから伝わるのは今朝と同じどす黒い悲しみの感情でした。
――ですが。
私が手を握るうちに、そのどす黒い想いが……少しずつ。ほんの少しずつですが、退いていくのが感じられました。
――私は……私が……トワ様の助けになれている?
私は自分がトワ様の心の支えになれるなどと自惚れた事を考えるほど子供ではありません。身を捧げ、持てる力を振り絞り、ほんの少しでもお役に立てれば良いと思っていました。ですが今、私の手は……トワ様の――愛する人の心を救っている。
その事が、ただ嬉しかった。もちろん、この悲しみは私の迂闊さが招いたものだということは理解しています。でも、私は……トワ様を支えられる。絶望の中から私を救い上げてくれた「救いの手」に、今度は私が「救いの手」を差し伸べられるのだ、と。自分勝手な女だと言うことは自覚しています。でも、私はこの自分勝手を貫きたい……そう思いました。
思えばあの時のトワ様は自らが「救いの手」である事をなかなか認めてくださいませんでした。私が言葉を尽くして、いかにトワ様に救われたのかを告げてもなお、自らの力不足を謝ってくださいました。ああ、そうか……あの時のトワ様は、今の私と同じだったのかもしれない。そんな想いに……私は思わず笑顔を浮かべてしまいました。
「落ち着かれましたか、トワ様」
「……アリサ」
「はい、トワ様」
「ひとつ、お願いがある」
「何でもおっしゃってください」
「……あのね。トワ『様』をやめてほしい」
突然の「お願い」に気が動転しました。これは……もしかして……「ハニー」と呼んで欲しいとか、そういう展開でしょうか!?いえ、私としては「ダーリン」と呼びたいのですが!
「で、では……なななな……なんとおよべ……お呼びすれば……」
「……?」
「いえ、ですから、例えばダーリンとか、ハニーとか!私的にはダーリンが一推しなんですが!」
「アリサ、どうしたの?」
きょとんとしたトワ……さま。ええ、知っていました。この方は色恋沙汰には疎い……というか、全くそういう感覚が無いことは。アイリスさんも言っていました。伝えるなら直球ストレートじゃないと通じないよ、いや直球でも伝わらないよ、と。
ええ、100年前に一度正面から告白して玉砕した私は身にしみて知っていますとも。でも私も伊達に100年間を過ごしていた訳ではありません!
……と言いたいところですが、トワ様一筋で待ち続けていたので、恋愛経験値はまったく溜まってないんですよね……。いえ、交際申し込みや求婚の申し出は非常に沢山……それこそお手紙や贈り物でギルド支部の倉庫が一つ埋まるぐらいに届いていたのですが。
「あのね、トワって呼んで欲しい」
「えっと……呼び捨てはさすがに、心の準備が……」
「だめ?」
少し潤んだ瞳で見上げられると、今の私には抵抗する術がありません。どうして経験値を積まなかったのですか、100年間の私!ですが愛しい人を親しく呼べるのは私にとっても嬉しいことではあります。ここは勇気を出して……。
「……では……その……トワ」
「うん、アリサ」
「トワ」
「ふふふ……ありがと」
勇気を振り絞って繰り返し名前を呼ぶと、いつもは笑わないトワ様――心の中までは呼び捨てにできません!――が微笑みを浮かべてくれました。そして……握ったままの手から感じる色は、いつの間にか淡い青色――安らぎを示す色に変わっていました。




