#2
>>Towa:Future/Time Unknown
頬が……いや、全身が冷たい。最初に感じた感覚は冷たさだった。
私、また冷凍睡眠に頼って……。
自分のふがいなさに涙がこぼれそうになった。いつになったら私は冷凍睡眠への依存を断ち切れるんだろう。そんな事を考えていると違和感に気がついた。おかしい。私、いまうつ伏せになってる?
静寂が支配する中、少しずつ頭がクリアになっていく。そうだ、私はアルカンシェルでFTL航行を……。
重い瞼をゆっくりと開ける。冷たい金属の床が目に入った。ここはアルカンシェルのブリッジ。そして……そもそもこの船に冷凍睡眠のポッドなんて積んでなかった。全身が冷たかったのは、私が裸のまま金属の床で倒れていたからか。
少しだけほっとした。私は……冷凍睡眠に依存した訳じゃなかったんだ。
[Resonance Wave Analysis completed.]
[Communication is now possible.]
ふと見上げるとホロディスプレイが展開されていた。共鳴波の解析完了……通信可能?私が文字の意味をはかりかねていると、突然ブリッジに聞き慣れない男の人の声が響いた。
『――おい、いつまで無視するつもりだ!いい加減返事しろ、所属不明艦!』
誰だろう、これ。それに所属……不明艦?どういうこと?
「……誰?」
『それはこっちの台詞だ!ってやっと返事しやがった……おい、何者だ!船籍識別コードも出てないぞ!』
「なんの、こと……?」
寝起きのせいでまだ頭が完全に動いていないのか、相手の言葉は判るのに何を言っているのかが良くわからない。
『いい加減にしろ!ここはモーリオンギルドの管理惑星だ。ギルド関係者以外が侵入する事は許可されていない!』
「私、シンガー……だよ」
『……何?』
「CM……41F3C所属……Sランク……トワ、エンライト」
『うちの所属!?Sランクだと?そんな話聞いたことが……。いや、まて……何十年か前にそんなのがいたって爺さんが言ってたのを聞いたことがあるぞ。確か星外任務に出たとか』
「たぶん、それ私」
会話をするうちに意識がはっきりしてきた。そうか、私……戻ってきたんだ。そして、数十年が経ってたんだね。もう、知ってる人は誰もいないかもしれないけど、でもここは故郷だ。
「ごめん、さっきまで気を失ってた」
『大丈夫か?何が非常事態でも起きたのか?あんた一人か?』
「うん、ひとり。ちょっと気分が悪くなっただけ」
いくら相手がギルドの同朋で同じ星の人でも、まさか超光速航行で体調が悪くなったなんて言えるはずがない。普通に考えれば不審極まりない状況だけど、この星のシンガーだと言う名乗りで少しは信用して貰えたのかもしれない。
「報告があって、帰ってきた」
『そうか、任務ご苦労様。だが……今軌道ステーションのドッキングポートが修理中でな……あと2日ぐらいドッキング出来ないんだ。待てるか?物資は足りるか?』
故郷を前に2日も待ってたら、きっと決心が鈍ってしまう。ドッキングが出来ないなら……そうだ、G15の言ってた事が本当ならアルカンシェルは大気圏突入もできたはず。あり得ないはずのFTL航行が出来たんだ。それに比べれば航宙船が地表に降りるぐらいたいしたことはないだろう。
でも、一応アルカンシェルに確認はしておこう
「アルカンシェル、大気圏突入と地表に着陸。できる?」
[Affirmative.]
良い子だ。気持ちは重いままだけど、アルカンシェルの簡潔な答えに少し元気を貰えた気がした。相棒が出来るというなら、私はそれを信じるだけだ。
「ポートコントロール、直接地表へ降りる。開拓団長に許可を取って」
『はぁ!?何を言ってるんだ!?』
「許可を」
『……おい、本気か?まさか自殺願望じゃないよな?』
「私は、死ねない」
『……判った。ちょっと待ってろ、確認だけはしてみる』
通信がいったん途切れた。そうだ、降りる前に服を着ておかないと。
意外と早く許可はおりた。何度か押し問答する覚悟は出来ていたんだけど……。もしかしたら、お義父さんが私のことを言い残しておいてくれたのかもしれないね。
船外に目をやると徐々に周囲が赤く燃え始めたのが見えた。航宙船での大気圏突入。ポートコントロ―ルの人達は自殺行為だと言ったけど、アルカンシェルは地表へ向かって滑らかに降下して行く。
空が見える。
荒れた大地が見える。
そして……懐かしい居留地が見える。
アイリスのギルド章を握りしめながら、私は心の中で語りかける。
帰ってきたよ、アイリス。私達の故郷へ。
ランディングギアを出したアルカンシェルはHLV発着場の隅に軽やかに着地した。たぶん大気圏突入も着陸も、ものすごく難しい操縦の筈だ。でも、アルカンシェルは頼んだだけで完璧にこなしてくれる。古代の船はみんなこんな感じだったんだろうか。それともアルカンシェルだけが特別なんだろうか。
首から外したアイリスのギルド章を再び握りしめ、あえてその感触を意識から閉め出しながら……私はエアロックの扉を開いた。
少し乾いた空気が砂塵混じりの風と共にアルカンシェルの中へと吹き込んでくる。ああ、これは私が慣れ親しんだ、故郷の風だ。風に髪をもてあそばれながら、私は視界に入る居留地を見つめた。
と、そんな私に声を掛ける人がいた。
「おかえり、トワ」
そこには……見知らぬ男女が経っていた。老人、と呼ぶ方が正しいような年齢だ。男性は所々黒髪が残った白髪。女性は……少しくすんでいるけど、鮮やかさの残る赤髪。二人ともどこかで見たような気もする。
……いや、女性の左腕……あの銀色の、義手は!
「ヘルミナ?……ジョッシュ?」
「オレは判らなくても、こいつは、腕を見ればすぐに判るよな」
「アタシのトレードマークだからね」
私が知っている人が。私を知っている人が。まだいたんだ。
「……ただいま」
そう言えることが、こんなに嬉しいなんて。そして……二人にアイリスの事を告げないといけない事が、とても苦しかった。
「……あの、ね」
「トワ、アイリスの事は知っている。無理に話さなくていい」
「立ち話もなんだ。ウチへ、本部へおいで」
私が事情を告げる前に、ジョッシュにそう言われてしまった。ヘルミナも、昔とは違って落ち着いた表情でそう声を掛けてくれる。そっか、二人とも、アイリスの事……知ってたんだ。
開拓団の本部に着いて、ジョッシュ達から話を聞いた。
私とアイリスが旅に出てからここではもう64年も経っていたらしい。今はジョッシュが開拓団長で、お義父さんは……15年ほど前に亡くなったと聞いた。
私は結局、お義父さんに何も恩返しが出来なかった。それどころか、お義父さんの大事な娘を……アイリスを死なせてしまった。
まだダメだ。
泣いちゃだめだ。ちゃんとしないと。
私は大丈夫。大丈夫だ。
「団長、デブリーフィングを」
「……聞こう」
昔とあまり変わらない、ジョッシュの声。言葉を続けると、本当に認めてしまうことになる。でも……私は。
かつてお義父さんが座っていた団長のデスクにアイリスのギルド章をそっと置き、言葉を続けた。
「アイリス……ブースタリア二等管理官は……航行時の……事故により……死亡。ギルドの登録、抹消を。ギルド章を、お返しします」
「報告を受領した」
アイリス。
私、ちゃんと言えたよ。私……あなたがもういない事を、受け止めたよ。
本当の意味でアイリスの死を理解した私は、もう、感情を抑えることが出来ず……その場で泣き崩れてしまった。
「トワ……辛かったよね」
「……うん」
「アイリスの事は統括局から連絡があった。オレたちにとってはもう30年以上前の事だが……お前にとってはそうじゃないんだろう?」
「……うん」
オフィスで膝から崩れ落ちて泣きじゃくっていた私の頭を、涙を浮かべたヘルミナが撫でてくれる。デスクに座ったままのジョッシュも遠くを――過去を見つめているように思えた。
――こうして私の中で、ようやく一つの区切りが付いた。
タラップを収容したアルカンシェルが音もなく故郷の空に舞い上がる。ジョッシュとヘルミナが……そして、スクールで共に過ごした同級生達を初めとした、私のことを覚えてくれていた多くの人達が、手を振っている。
私も船窓から手を振り返す。たとえ見えていなくても、心は通じると信じて。
やがて上昇するアルカンシェルが船首の向きを変え、私がかつて過ごした家が、お義父さんと、アイリスとの思い出がつまった家が視界に入った。そして……そのとき、裏庭に空いたままの大きな穴に気がついた。お義父さん、結局あの穴は埋めなかったんだ。
……ああ、お義父さんは……私のことを許してくれていたんだ。大穴を見て、何故かそう思えた。
上昇が続き、やがて居留地は小さなミニチュアのようになり……そして、見えなくなった。
ラウンジに戻った私は何十年ぶりかに帰宅した自室から回収したトランクを開けてみた。旅立ちの前日、アイリスが用意してくれた私の服。いらないからと思って置き去りにしてしまった、アイリスからの贈り物。
どうしてこんな大事なものを置き去りにしたんだろう。あの時の私は、本当に子供で……馬鹿だった。
今もあんまり変わってないかもしれないけど、でも少なくとも……これがどれだけ大切な物かはわかるようになった。
二つになったペンダントを握りしめ、私は「姉」に思いをはせる。
――ねぇ、アイリス。私、旅を続けるよ。
アルカンシェルと一緒に。
どこへ行けばいいのかはまだ判らないけど。
それでも、貴女と約束したように、どこまでも。
……だって、大宇宙は、どこまでも広がっているから。
これにて第1部は終了です
次回、短い幕間と第2章の予告編を挟んで明日から第2部の連載を開始します
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