#1
>>Towa
私の名前はトワ・エンライト。15歳。モーリオンギルドに所属するSランクのクリスタルシンガーだ。そして……現在、絶賛宇宙の迷子中でもある。
人工知性体G15の導きでアルカンシェルという旅の道連れと巡り会った私は、崩落する古代文明の施設から無事脱出する事ができた。友達になれたG15にも別れを告げて……あとは故郷へ戻るだけ。
そう思っていた時期が私にもありました。
G15は言っていた。
『発進後に処理を継続可能。ただし当ユニットによる支援は不能』
つまり彼女は手助けできないから、私自身でやれって事だ。でも、G15?私、最適化処理とやらの方法、聞いてないよね?アルカンシェルがC3を読み込めるって聞いたけど、どうやって読み込ませるか聞いてないよね?それ以前に……私、航宙船の操縦なんてした事ないよ?エアロプレーンすら操縦した事ないよ?
「これ、どうしたらいい?」
アルカンシェルのC3に問いかけてみたけど、応答が無い。手詰まりだ。せっかく脱出できたと思ったのに。最寄りの惑星へ逃げ込もうにもそもそも操縦できなきゃどうしようもない。コンソールには無数にボタンやスイッチ、レバーがある。適当に操作してみようか?いや、絶対今より状況が悪化するに違いない。
「……寝よう」
諦めた私は、ひとまず寝ることにした。墜落した航行船の中で目覚めてからずっと歩いたり飛んだりしてたから疲れた。寝室へ行って……。そこまで考えてふと気がついた。そういえばこの船、寝室なんて無かったような気がする。何も無い殺風景な小部屋はいくつかあったけど。
『アルカンシェル発進準備完了』
脱出前にG15が誇らしげに告げた言葉が脳裏に浮かぶ。……嘘つき。食料も水も積んでなかったし、どうみても全然発進準備なんて完了出来てないじゃない、アルカンシェルは!
いつかG15に再会できたら、絶対文句を言ってやるんだ。全然実感は無いけど幸い私の寿命は無限に近いらしいし、いつか再会することもあるだろう。
一縷の希望を託して船内を散策したけど、当然ベッドは無かったから、仕方ないのでラウンジで寝ることにした。無重力ならその辺に浮かんで寝ることが出来るかもしれないけど、アルカンシェルの船内には1Gの重力がある。適当に寝転がるとそこは金属の床だ。さすがそれは嫌なので、ソファで寝ることにする。
コスモスーツは……もう面倒だ、脱いでしまおう。適当に脱ぎ散らかして、ソファーにダイブする。……ふかふかだ。深く息を吐いて目を閉じると……私の意識はあっというまに眠りに落ちていった。
ソファから半ばずり落ちた状態の私は、空腹で目が覚めた。変な姿勢で寝ていたせいか節々が痛い。それに最後に食べたのって結構前だった気がする。どれぐらい寝てたんだろう?時計も何もないから時間も判らない。
寝ている間に蹴り落としてしまっていたらしいトランクを開けて、サバイバルキットからスラリーを取り出す。消費期限は私が覚えている日付よりも5年も前だった。
しばらく日付を睨み付けたけど、そんな事で事態が好転するはずもない。セレスティエルの力があれば……お腹を壊しても死にはしないだろう。もし死んでもきっとリブートするだろうし。
私を造った人達がセレスティエルの能力がそんなくだらない事に使われてると知ったら泣くかもしれないけど……まぁ私の知ったことじゃない。覚悟を決めてチューブの中身を口にする。
……なんかいつもと味が違うし、えぐみがある気がする。やっぱりダメかな、これ。そう思いながらも、空腹に耐えかねて全部飲みきった。アルカンシェル、トイレは動くよね?信じてるからね?
ラウンジで座っていても何も変わらないので、ブリッジに上がってみた。中央のC3は穏やかな虹色に輝いている。見慣れない色合いだけど、それでもC3を見ていると落ち着くのは私がシンガーだからか、それともセレスティエルだからか。
まぁ、どちらでも大差は無いかな。だってセレスティエル……エトワールとは「歌」らしいし、シンガーの仕事は歌う事だ。
なら私はシンガーでエトワールで……そしてトワ・エンライトだ。これまで15年、人間として生きてこられたんだから、これからだって人間のふりをして生きていこう。そう考えることにした。いや、生きていくためにはどこかへ寄港しないと。
ブリッジのコンソールに転がしたままになっていたキャメル060の航路情報C3を手に取り、思案に暮れる。
「どう読み込ませるの?」
思わず独り言が出てしまった。「質問内容が不明」とか言いつつ反応してくれたG15がちょっと恋しい。アルカンシェルは無口だ…。
[Optimization Completed.]
[C3 Input Device Ready.]
あれ?いつの間にかコンソールの上にホロディスプレイが浮かんでいる。C3入力装置準備完了……?
よく見るとホロディスプレイの下にさっきまでは無かったスロットが開いている。ひょっとして、私の独り言に反応した?でも、寝る前には何も反応しなかったけど……。おそるおそる声を掛けてみる。
「アルカンシェル?」
[Yes, Mam.]
ディスプレイの内容が変化した。返事をしてくれてる!短い文字列を目にして、一気に希望が湧いた!
「ここにC3を入れたら、解析してくれる?」
[Ready For Analysis Insert C3.]
やっぱり!ちゃんと返事してくれてる。音声じゃなくて文字で、だけど。とりあえず、アルカンシェルが言うようにC3をスロットに入れてみる。
そして、入れてから急に不安になった。もしアルカンシェルの解析が上手くいかなかったら。解析機器が未調整でC3に傷が入ったり割れたりしたら。……私、迷子状態のままになるじゃない。どうして最初に他のC3で試さなかったんだろう!
[Start Analysis...Completed.]
[CoordinateData Updated.]
そんな私の心配をよそに、スロットにC3が吸い込まれて数秒も経たないうちに航路情報更新完了の表示が出た。えっ、アルカンシェルって実は出来る子?それにちゃんと読み込んでくれた!?
「ありがとう、アルカンシェル」
……思わずお礼を言ったけど、返事は返ってこなかった。ちょっと寂しい。なんだかんだで返事してくれたG15がちょっと恋しい。機械的とはいえスムーズに音声でやりとり出来る技術があるのに、どうしてアルカンシェルは文字インターフェイスなんだろう。アルカンシェルがそうなっている理由がなにかあるんだろうか?
あれ?そういえばアルカンシェルはエトワールと絆を結ぶ、とかアルカンシェルはセレスティエルに最適化される、とか言ってなかったっけ。もしかして、口下手な私に最適化されて喋れなくなったとか?まさかそんな事ないよね?恐る恐る、私はアルカンシェルに確認してみる。
「アルカンシェル?音声出ないの、私に最適化したから?」
[Affirmative.]
それ、肯定って事だよね。そっか、あなたが無口なのは私のせいなんだね。そんな所は最適化しなくていいのに……。
その後続けて話を聞いたところによると、どうやら会話用のインターフェースになる、他の人工知性体……例えばG15みたいな存在を間に挟む「ペルソナモード」っていうのを使えば会話が出来るようになるそうだ。
そういえば確かにG15がいたときはアルカンシェルの状態を声で教えてくれてたっけ。あの状態をアルカンシェル単体でも出来るって事だろう。G15もたぶん知ってたろうし、どうしてペルソナ用のコピーを残しておいてくれなかったんだろう……そう思うとどっと疲れた気がした。でも、今はそんな事より航路情報だ。
「アルカンシェル。惑星CM41F3Cの位置、判る?」
[Target -CM41F3C- Coordinate Search...Find.]
[S-3215.127, D-264422.301, A-140795.322]
[Number of visits: 0]
「すごい!」
航路情報が更新されたおかげでちゃんと故郷の場所が判るようになっている。すごいよアルカンシェル!そして有り難う、キャメル060。おかげで私、故郷へ帰れるよ。
故郷。
その言葉を脳裏に思い浮かべた瞬間、これまでの浮かれた気持ちが全て吹っ飛んだ。そうだ。私は……故郷へ、アイリスの死を報告しに行くんだ。
なのに、どうして浮かれてたんだろう。自分の間抜けさが嫌になった。
いや、違う。私は、無意識にアイリスの事を考えないようにしてたんだ。アイリスのことを想えば間違いなくまた悲しみに飲まれてしまうから。
でも、いつまでもこんな状態じゃいけない。私はけじめを付けるために故郷へ向かうんだ。アイリスに……ちゃんとお別れを言うんだ。息が出来ないぐらい苦しい。
それでも、私は声を絞り出しアルカンシェルに告げる。
「……アル……カン、シェル。私を、連れて……行って……」
[Yes, Mam.]
[Destination -CM41F3C-]
[FTL-Drive Start.]
ホロディスプレイにそう表示された次の瞬間、船体が微かに震えたように感じた。船窓の外に見える星々が揺らぎ始めた。私の視界が揺れている……?いや、違う。あれは空間そのものが歪んでる……。
星の光が曲がり、引き寄せられるように中心へ集まってる。まるで目の前に見えない渦ができているように。見慣れない光景と息苦しさに気分が悪くなる。
胸の奥が締め付けられる。何か重いものが全身にのしかかるように感じる……。視界が霞み、頭の中がじんじんと鳴る。息を吸おうとしてるのに、重力に押さえつけられるように肺が動かない。
これが、超光速航行……ジャンプなの?
息苦しさがどんどん増していく。船の揺れは感じないのに、自分だけが揺れているように感じる。かすむ目で窓の外を見ると、星々が完全に消えたのが判った。暗闇。深淵のような漆黒が広がり、意識を引きずり込む。
引き込まれそうな暗闇に全身の力が抜ける。光景の異様さに震えながら……視界がすべて暗転していった――




