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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部1章『いつかまた大宇宙のどこかで』CM41F3C-開端の惑星
1/54

#1

 ――さあ、物語を始めるよ。これは私が「あなた」に語る物語。私が「あなた」に知って欲しい、私の旅の記憶。ヒトではない「あなた」に、私が語る、ヒトの物語だ――



>>Towa


「The stars do blink and silent watch, My voice with wind doth fade, to stillness melt......」

(星は瞬き、静かに見守る声は風に消え、静寂に溶けゆく……)


 虹の光のように柔らかく、しかし深く響くアリアは風に溶け、そして静寂が訪れた。私が捧げ持った鈍色の水晶は歌声に共鳴するように、鮮やかな(みどり)へと色付いてゆく。


「ありがとう、トワ。皆さん、これが水晶の歌い手(クリスタルシンガー)の能力、調律(チューン)です」


 リーザロッテ先生は私にかるく会釈すると、教室に集まった20名ほどの少年少女に向かってそう告げた。


「私たちモーリオンギルドのメンバーは皆、水晶と共鳴する素質を受け継いでいますが、シンガーになるためには高い能力が必要です。このクラスを選択した皆さんはシンガー志望ですから、まずは皆さんにどの程度の素質があるか測定してみましょう」


 ギルドの中でも花形であるシンガーを希望する子供は多い。だが実際にシンガーになれるのは極一握り。子供達は今日の素質測定に自分たちの夢が掛かっていることを意識して、緊張した面持ちで先生を見つめている。そういえば私も以前はあそこにいたんだっけ……。

 そんなことを思いながら、説明を続けている先生に軽く頭を下げ、調律が済んだ水晶(C3)を手に私は教室を後にした。



 ――遥か未来。

 銀河にその版図を広げた人類は、既にかつての故郷の名さえ忘れ去っていた。

 幾千幾万年もの時が流れ、人類は一度、大空白と呼ばれる混迷の時代を迎えた。

 英知の多くを失いながらも、人々は再び星の世界へとその歩みを進める。

 だが物語が始まるのは銀河の中心ではなく、その遥か片隅にある小さな辺境の惑星。

 静かに鼓動を始めた虹色の運命は、今ここから少女の歌声と共に大宇宙(おおぞら)へと広がってゆく――



 CM41F3Cと言う星がある。

 名前すら与えられず、ただ星図(スターチャート)上での識別ために与えられた番号で呼称される、最果ての惑星。かろうじて人類が生存可能な環境こそあるものの、痩せた土地は作物を育てるには向かず、ただひたすら荒野と岩山が続く不毛の惑星。おまけに人を襲う危険な原生生物まで生息していて、銀河に版図を広げ無数の生存可能な惑星を見出した人類にとってはコストを掛けて開拓する価値のない、見捨てられるべき星。それが私の故郷だ。


 本来であれば移民船団が素通りするような星だけど、衛星軌道上からの調査によって希少な資源が少量産出される可能性が判明したため小規模な開拓団が試験的に入植し、居留地を築いて数十年が経つ。

 このCM41F3Cに入植している開拓団は、C3(シーキューブ)と呼ばれる水晶状の資源の流通を専業とするモーリオン(黒水晶)ギルドと呼ばれる通商組織のメンバーのみで構成されていた。C3の「調律」には特殊な資質が必要になるけど、これは遺伝によってのみ獲得できるものなので、ギルドは血統集団としての側面も持っていたからだ。


 これが職業訓練校であり、義務教育機関でもある、スクールで習うこの星とギルドに関する説明だ。

 現在この惑星に駐留しているギルドメンバーの総数は約2000人。私達がいる居留地と呼ばれている本拠地とそこに隣接したC3採掘場。それに加えて極小規模な試掘場が2カ所。合計3カ所で行われるC3の採掘がこの星に存在する対外的な生産活動の全てだ。


 モーリオンギルドが扱う希少資源である「輝彩水晶核(ColorCrystalCore)」、通称C3は水晶に似た結晶体で、採掘時は黒みを帯びた結晶体の形態をとっている。そこに水晶の歌い手(クリスタルシンガー)との共鳴、すなわち調律(チューン)が行われることで、C3は色彩を帯び様々な能力を保有するようになる。

 C3はSSからFまでの8段階の品質グレードを持ち、シンガーとしての資質が高い者ほど高ランクのC3を調律することができる。ギルドのメンバーは能力差こそあれど基本的に全員がシンガーとしての適性を持っているけど、ギルドからシンガー職として認められるためには最低でもCランクを調律できる事が条件で、おまけにこの能力は天性のものだから後から鍛えたりする事が出来ない。だから、シンガー育成コースに進むためには適性試験をクリアする必要があるわけだ。


 C3の纏う色彩は歌い手によって異なるけど「朱」「碧」「蒼」の3色のいずれかとなる。色によって性質は異なるけど、いずれもエネルギーの増幅や変調といった機能を有している。そのため、小型のものは日用雑貨に。大型のものは恒星間航行を行う航宙船の推進装置や恒星間通信の中核部品として、あらゆる場面で用いられている。言うならば人類文明の中核を担う必需品ってことだ。


 それ故にモーリオンギルドの持つ影響力は権力は絶大。経済力は言うまでもなく、各惑星の行政府や統治機関を上回る政治的影響力を持つと言われているけど……ギルド統括部はこれを否定、軋轢を避けるため各惑星への内政介入を厳禁とした不干渉の原則を方針として掲げている。

 そして人類文明の最重要物資であるC3を自在に操るシンガーは多くの惑星において憧れの職業であると同時に、得体の知れない存在であると評されているらしい。シンガーの資質は遺伝に依存するから、ギルド未所属の野良シンガーなどという存在は基本的にありえないし、資質を開花させるためにはギルドの教育機関であるスクールで専門教育を受ける必要があるから。閉鎖的なギルドの特殊人材であるため、外部への露出が少ないこともシンガーを謎めいた存在としている一因でもあるんだけど……。


 明日の筆記試験に備えてギルドの成り立ちとC3についてのテキスト内容を思い起こしながら、私は廊下を進む。そういえば当時10歳だった私、トワ・ブースタリアがシンガーとしての資質をギルドに見いだされた(・・・・・・・・・・)のは今から丁度4年前の事だった。



>>Towa:Four Years Ago


「皆さん、測定用のC3は行き渡りましたか?ではこれから順番に水晶を歌ってもらいますが、その前にもう一度あらためてお話ししておきたい事があります。もしシンガーになれるだけの素質が無いと判定された場合でも、悲しむ必要はありませんからね」


 スクールの初等科最上級学年のクラスを担当しているリーザロッテ先生はそう言うと、私を含めたシンガー希望の生徒を見回した。


「シンガーになれるのはギルドメンバーの中でもほんの一握りですし、ギルドの仕事は水晶を歌うことだけではありません。C3の採掘や鑑定、輸送、設置。それに駐屯地の運営や事務仕事、商取引の管理も。いずれもギルドにとって重要な仕事です」


 先生はそう言うけど、今ここにいる生徒はみんな自分はシンガーになると信じているし、それを疑ってもいない。私を含めた全員が。まぁ、私の場合は特に――。


「確かにシンガーは花形ですが、シンガーだけではギルドは立ちゆきません。ですから、それだけは忘れないで頂戴ね。……さて、では先ほどアイリスが歌ってくれたお手本を思い出しながら、順番に水晶を歌ってみましょうか」


 初等科最上級学年である10歳の生徒のうち、今年は私をはじめとした23人がシンガー養成クラスへの所属を希望している。そしてクラスの全員に配布されたのは、小指の先ほどの小さなサイズのC3。実用品として使うには小さいサイズなので、調律やカットといったスクールでの練習用に使われているものだ。

 私はそれに目をやり、鈍色の具合からC3がDランクのものだと見立てた。


「では最初はハインツから」


 リーザロッテ先生に指名された男子生徒、ハインツは緊張した面持ちで水晶を手に歌うたう。彼が歌うのはスクールで教えられた標準的な調律歌。私にとっては面白みの無い歌だけど……これらの調律歌は一番安定して調律出来るといわれているものだから、初等科の生徒が歌うのは至極、当たり前の選択だ。

 ハインツが歌っているのは朱を調律するための、情熱的な歌。歌声を聞きながら、私はやんちゃなところがあるハインツのイメージには良く合っていると思った。


 最後のフレーズまで歌い終わり、期待に満ちた目でC3を見つめるハインツの手の中で水晶が仄かに朱みを帯び、彼の顔には得意げな笑みが浮かぶ。

 リーザロッテ先生はハインツの掲げるC3を見て満足げに頷くとその色味を携帯情報端末(ホロフォン)で撮影、記録すると次の生徒の名前を呼ぶ。


「はい、次はエミリーね」


 私の友人であるエミリー・オンスが選んだ歌は静かで落ち着いた「蒼」の調律歌。すこしちゃっかりした所はあるけど、普段は落ち着いて心優しいエミリーにはお似合いの歌と色のチョイスだ。澄んだソプラノの歌声に共鳴した水晶は蒼に染まってゆく。その色はまるで彼女の髪色……グレイヘアーの中に混じるブルーメッシュの色と同じように蒼く輝いて見えた。


 その後も先生は次々と子供達(クラスメイト)を指名し、少年少女の歌に水晶が色を帯びてゆく。


「では次はトワですね」


 私の番だ。先生の声に頷くと、私も水晶を手に調律歌ではないアリアを口ずさむ。私の歌に怪訝な表情をするクラスメイト達。まぁ、そうだよね。一般的にオリジナルの歌は調律の効率が悪いと言われてるから。でも――。

 私の手の中のC3は歌が始まると同時に強い輝きと共に碧に色付いてゆき――そして歌が終わる前に、砕け散った。


「トワ、怪我はありませんか?」

「大丈夫」


 予想外(・・・)の出来事に、見守っていたクラスメイト達は驚きのあまり声もでないようだけど、先生は……そして私も。冷静に、そしてさも当然のこと、そうなる事を知っていたかのようなやりとりを交わす。


「では続けましょうか。ケニー、次はあなたの番ですよ」


 ケニーと呼ばれた少年は私の一件で動揺したまま歌ったせいかC3の色づきが悪かった。ケニーには悪い事をしたかな。あまり話したことはないクラスメイトだけど、後で謝っておこう。

 その後も、クラスメイトの歌は続く。次の少年。次の少女も。その後は何事もなく順番に歌い、水晶に色彩を与えてゆく。


「それでは全員の測定が終わりましたから、今日はこれで解散です。結果は明日のお昼休みに掲示しますから、各自で確認して下さい。測定用のC3は記念に持って帰ってかまいませんよ」


 私を除く全員の調律結果を撮影し終え、測定終了を告げるリーザロッテ先生の声に緊張から解放された級友達は表情を緩めた。友人同士連れだって教室から出てゆくクラスメイトと、私の方を心配そうな表情で見つめてくるエイミーに軽く手を振ってから、私は砕けたC3を所在なげに視線を落とした。この後、先生に声を掛けられると思って待っていたんだ。そして、予想通り――。


「トワ、あなたはこのあとで教官室へ来て下さいね」



 しばらく後、教官室を訪れた私をリーザロッテ先生は笑顔で出迎えてくれた。教官室はいつも多くの生徒や先生がいるイメージだったけど、今日はリーザロッテ先生一人だけ。ちょっと雰囲気が違うけど、まぁ話の内容は想像が付いている。


「おめでとう、トワ。あなたは水晶の歌い手(クリスタルシンガー)として非常に高い素質がある事が認定されました」

「うん」


 予想していた先生の言葉に、私は平然と答える。そんな私の様子に、先生は少し不思議そうな表情を浮かべて、問うた。


「……あら、どうして合格なのか、とは聞かないの?」

「あのC3はDランク。C3は2ランク以上高い調律を施すと砕ける。シンガーと認められるのはCランク。だけど私は最低でもBランクだと証明したから」


 先生の問いに、事実を回答する。それはいわゆるオーバーチューンという現象で、ギルド内でも現役シンガーぐらいにしか知られていない事象だ。もちろん、スクールでも習わない。


「……ええ、その通りです。オーバーチューンを施すとC3が砕けてしまう事は初等クラスでは説明していなかったと思うのですが……どこでそれを?」

「それは、秘密」


 まさか自宅でふざけて歌った時に輸出サンプルのBランク(・・・・)C3を砕いたことがある、なんて言えるはずが無い。能力を隠すという意味じゃなくて、お高いBランクのC3を砕いたことがバレたら、お義父さんに叱られるからね。


「驚きました。あなたが才能のあるシンガーの卵だとは知っていましたが、まさかBランクとは。それに測定用のC3がDランクである事も見極めていたようですね。鑑定の仕事も勤まりそうです」


 そう言って微笑むリーザロッテ先生。だけど私にはむしろ……どうしてC3を一目見ただけでランクが判らないのか、そちらの方が不思議だった。C3はあんなにも自分の事を話してくれているのに。


 その後、私の才能を褒め称える先生の言葉に居心地が悪くなり、逃げるように教官室を後にした。

 結局、この学年では私を含め4人の生徒がシンガー育成クラスへと進むことになった。後で聞いたらこの数字は例年よりも幾分成績がいいって、お義父さんが言っていたっけ。

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