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HERO  作者: 常月楓
5/6

「True ending 」

『消えない温度』

冬の寒さが消え去り、僕の好きなスノードロップやスイートピーの花が校庭に咲く。

三年生となった僕は葵さんとクラスが同じになり、そのクラスで僕は「ねぇ、そこの君!」「なんだ?何か用でも」「僕を介護してよ!」「まぁ・・・いいぞ」「やった!なら今日から友達ね!」とキラキラと輝いた目でクラス中の男子と友達になろうとしていた。

僕のイカれ具合と病弱さはこの学年共通認識のため、基本誰でも僕の「介護して」を承認してくれる。少々女子からの視線が痛いが、気にせず全男子に話しかける。

良い学校に転校したものである。前の学校だったら即いじめ&パシリコースなのだから。

「なぁ、クラス全員の男子に介護される人って見たことあるか?」「ある訳ねぇだろ、王道系の学園生活漫画でも初日にこうはならん。」ヒソヒソと男側からも同様の視線を浴びせられる。

こうすればこのクラスでも友達が一人はできるだろう、葵さんは・・・うん。友達だけどなんか違う。

「御影君、君、自分から友達作ったことないでしょ」と僕の心を読んだであろう葵さんが物言いたげな目で僕を見てくる。その途端にクラス中の視線が僕たちに集まる。「あいつ漫画の世界から入り込んできたのか?」「星川さんに話しかけられてるー羨まし〜」と小言が聞こえてくる。

「うぇ、ちょっと離れようか。」とそんな小言を耳にした葵さんは僕を連れてどこかへ離れようとする。実際、葵さんはクラス中の心が読める状態だから、こんな小言の裏の気持ちも理解できてしまうのだろう。

廊下の端につき、「御影君、新しいクラスと言ってもね、二年生までに形成されてきたグループってものがあるのよ。そのグループの中にズカズカと入り込んで、介護してって・・・デリカシーを知れ、デリカシーを」と説教らしき何かが始まった。

「と言いましても・・・葵さんもデリカシー・・・」「誰がデリカシーがなくて友達のいない可哀想な人だ?」こういう所ですよ!すぐ心読んでくるとこですよ!「お前もう一度言ってみろ、身長伸ばしてやるから」と満面の笑みでどこからか取り出した新品の教科書を持っている。笑っていると本当に可愛いな、犬猫同様生物的に守りたくなる。「褒め殺そうとしても無駄だだよ?」と言いながら顔を綻ばせ、教科書をしまう。意外とちょろいのかな。

新学期最初の日なので、授業らしい授業も無く、正午を少し過ぎた頃にはもう帰れるような状態であった。

「帰れると言ってもやることないし、やれる体力も時間もないんだよな〜」今日作った友達っぽい人達とは全員電話番号を交換したが、初日から距離を詰めすぎるのも変だろう。やりたいこととしては友達と遊んだり、海や山、樹海に行ってもう一度自然を堪能したい。

けれどそれをする時間も、体力もないのが現状である。来月にはテストの関係で長期休暇が取れるから無理を利かすこともできるだろう。

「お困りのようね、どう?来月私とデートでもする?」とにやけた顔で僕を揶揄う葵さんが来た。

それに驚き、慌てて鞄を持ち立ち去ろうとするが、「ストップ。悪いようにはしないからさ」と僕の腕を掴んで上目遣いで止めてくる。こいつ、自分の力をフルで使ってきやがる。

待ちに待った来月のテスト、僕は得意の生物科を除き、平均を下回り、赤点の補修を受けたのは周知の事実である。


テストが二つの意味で終わり、長期休暇初日の午前5時、異常気象の影響で五月なのにめちゃくちゃ寒い駅前にて「葵さん、なんで駅にこんな大荷物を持って集合するんですか?」僕は昨日、「デートに使うもの」として大量の荷物を持っていくように指示された。「ふふーん!今日は山に行くよ!泊まりで!」

・・・は?

「ソーリー、パーデゥンミー?」思わず聞き返す。「今日は山に行くんだよ!泊・ま・り・で!」目をキラキラと輝かせながら夢見る少女感溢れる葵さん。

・・・・・・は?

「葵さん、ゲームのやり過ぎですよ。僕は」「そ、そんなんじゃないし!恋愛ゲームを夢見てやった訳ないじゃん!男女で止まったっていいじゃん!!」この人は焦ると能力を使わなくなるらしい。証拠として、僕は「男女で泊まること」を懸念した訳じゃなくて、「僕が山に連れてかれること」の方を懸念したのである。

こんなことして体力持つかな・・・

「そんなことは置いといて、今回の山観光について説明するよ、時間が惜しいから電車内で。後!今日と明日は私達カップルだよ!」

この恋愛シュミレーション特化型ゲーマーが。だけど不思議と嫌な気はしない。


『真実①』

「ずっと前から気になってたんだけど、君の体調って常時不安定だけど、本当に何もないの?少なくともあの旅をしてた時は丈夫だったんでしょ?体は」電車を乗り始めてはや一時間、目的地まではまだ遠い。

「体調は日によりますね〜基本的に病弱なんで動き過ぎた日の次の日なんかは体調を酷く崩しますし。」この人に嘘は通用しないため、病弱なことは一切隠さない。

「あ、そ。何だか眠くなってきた。」人が話した後の返しがそれはいかがなものだろうか。「ま、いいでしょ。んじゃ寝るね。目的地近づいたら起こして〜」「おやすみです・・・・・・って目的地どこだ?」

僕は今日やることとその時間、泊まる場所は教えてもらったが、肝心な目的地はわからない。「あいにく携帯はWi-Fiないとネット使えないやつだからな・・・泊まる場所から調べられない・・・」写真は撮れる、だがそれ以外に使い道のない板をしまう。「んにゃ〜いい匂い〜」この呑気な彼女(?)は僕にもたれかかる。「寝言がちゃんと聞こえる人っているんだ。というかどんな夢見てるんだよ」電車内は一切暖房がついていないため、自分の羽織っていた大きめのコートをかける。


『Pretending to be a star』

「優しいねぇ・・・・・・」と聞こえないギリギリの小声で御影君に伝える。「ん?起こしちゃいました?」「・・・・・・」私は寝たふりを続ける。

『好きな人の匂いは本能的にいい匂いに感じるんだって』初心そうな由紀くんはそんなことには気づかないだろうし、私的には満足。流石に面と向かって好きと伝えるのは何だか気恥ずかしい。

どうせ私の真実の気持ちなんて誰も知らないのに、有象無象共が大量に群がってくる。

どれだけ冷たく接しようが、どれだけ雑にあしらおうが、何度でも私に近づいてくる。

そういう奴らは皆んな「守ってあげる」「一緒にいてあげる」という。

私は守られる側にも、一緒にいて欲しくない。

守られなくなった時にどう立ち向かうの?いつも一緒にいたあの人が消えてしまったらどう思うの?

「消える時は一人で諦めがつくように消える」そんな別れに諦めをつけられる人を私は望んでいた。


私が小学三年生の七月。

私たち一家は星空を見るためにドライブをしていた。

私と弟の文が窓から見える天の川を見ていると突然

車が対向車線のトラックと衝突し、「グチャリ」という金属が捻り潰される音が響き渡る。

間も無く、車の一部が燃え始めた。当時の私は後部座席で弟と座っていたが、燃え始めてすぐはパニックで身動きが取れなかった。母親が必死に私たちを静めようと抱きついて動きを止める。

だが母親もパニックのあまりその力も強く、私達は完全に動けなくなってしまう。

父親の声が聞こえなくなる。

母親の力が弱まり、炎で包まれているのに体が徐々に冷たくなる。

・・・・・・・・・・・・

私は齢歳で既に両親の死を悟った。

何もできなかった無力感、護ってくれていた大事な人が消える消失感・・・・・・

「おい!手を握れ!生きてるんだろ!」唖然としていた私に必死に声をかける男の子の方向を見る。「手を伸ばせ!」彼もまた必死すぎるあまりに母親の手で動けなくなっているのを知らずに声をかける。

解ってよ・・・・・・

「手か!ちょっと待っててくれ!」と車の窓枠を潜り抜け、私の所まで近づき、手をほどく。「引っ張るからな!」と私を引っ張り出す。

「文が、まだ弟がいるんです」と脱出した私は弟を助けるようにそこにいた若い男性に弁明する。「今反対側で出してる!それよりも嬢ちゃんは煙を吸わないとこまで行って!」長時間煙を吸っていたせいで頭がボーッとして咳が激しく出る。

徐々に視界が歪みだす。

「あ、や・・・・・・」


「あ、や・・・・・・」「ようやく起きましたか、ペチペチ叩いてもいっこうに目を覚さないし、なんなら急に涙が溢れてるんで何かと思いましたよ」「あれ?ここは・・・電車内?」御影君とデートをしていたことを思い出す。寝たフリを続けていたら本当に寝てしまったらしい。

「はい、ハンカチ」「えぇ?何に使うの?」「・・・・・・あなた泣いてるんですよ。涙拭いてくださいよ。」思わず手で目元を拭う。

そうすると手にはきっちりと涙がついていた。

状況を読もうと慌てて読心を使う。

『泣いてたけどどんな夢見てたんだろう』『本当はちょっと強めに叩いたけど傷になってないよね』『寝顔可愛かったな〜写真撮っちゃった』

・・・・・・怒らないであげよう。と表情を切り替える。

「ところで、此処はどこ?」


真実②』

「なんで起こしてくれなかったのさ。」僕は電車内で葵さんから問い詰められてる。

目元は笑っているのに顔が全然笑ってない。怖い。

「・・・・・・起こそうとはしたんです。けど全然起きなくて」「そこはごめん。私寝起き弱くてさ。・・・・・・もしかして完全に私が悪いやつ?」葵さんは目的地を教えずに寝てしまった。

10分後位には僕は起こそうとした。けど、一切起きなかった。

僕は何も悪いことはしていない。強いていうなら寝る前に目的地を聞かなかった事ぐらい。

けど葵さんは目的地を教えず、起こしても起きないという確実な比がある。

「ごめん。なんとかする。」「なんとかならないって自分で分かってますよね。なら何も考えずに巡るってのはどうですかね?」葵さんは凹んでそのまま立ち直りそうにない性格しているからすぐさまフォローを入れる。

「ありがとう。とりあえず次の駅で降りようか。」と前向きに考えてくれた。


「次は〜雨星駅〜雨星駅〜下り口は右側です。」と僕と葵さんのみがいる号車にアナウンスが流れる。「ねぇ、次の駅にしない?この駅の周り何もないし・・・・・・さ!」アナウンスを聞いた途端、電源がついたかの如く、葵さんは降車拒否をする。

「次で降りるって決めましたでしょ、荷物まとめますよ。あ、コートもらいますね。」葵さんにかけていたコートを回収する。

約三時間電車に乗りっぱなしだったので、少し立ちくらみがする。

辺りはもう明るくなっていて、時間で言えば8時過ぎだろうか。

「・・・・・・」葵さんがあれ以降一切口を聞いてくれない。

「デートプランなんてなくても大丈夫ですよ!僕も雫との旅はプランも行く先も不透明でしたし!」「・・・・・・そっか」とても塩対応で何だか嫌われちゃったのかと心配になる。


駅から出ると、僕はその光景に絶句した。

見覚えのある古び商店街、湯気の立っている草むら、老舗銭湯、古本屋、そしてコンビニ。

そうこの駅は僕たちの旅の「エンディング」を迎えた場所である。

あの夏の日の記憶が、思い出したくない最高の記憶が蘇る。

トラウマを本当の意味での克服なんてできるはずがない。頭の片隅に置くなり、バラバラにして、最大限薄めて、その記憶に鍵をつけてたりしてなんとか考えないようにすることしかできない。

一度起こったことはもう戻せない、一度壊れた心は完全には戻せない。

それらが何らかの拍子で思い出せられたら、そのトラウマは復活し、また苦しめる。

葵さんが降車拒否をした理由が分かった気がする。読心が使える彼女は普通の人以上に人の思い出を気にしてしまうから。

「・・・・・・帰ろ、デートはまた電車に乗って元のルートに戻るよ。」静かに囁かれる。

そんな声が聞こえなくなる程に僕は正常ではなくなっていた。

弱い自分が、守られっぱなしだった自分が頭の中をフラッシュバックする。

嫌いだ。

嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。

僕はバックを弄り、あるものを取り出す。

「っ!!駄目!それは!」葵さんが僕の手を叩いてそれを手から落とし、それを脚で僕から遠ざける。

「何・・・・・・考えてんのよ!馬鹿!何『また』死のうとしてるのよ!」そう、僕は持ってくるように言われたサバイバルナイフで首を切ろうとしていた。

「返せ、返せ、僕は・・・・・・僕はっ!」亡霊のように這いつくばりながらナイフの元へ近づく。

「止まって。ねぇ、何も死ななくてもいいじゃない。」葵さんが僕の手を脚で踏みつけ、動けなくする。

奥歯が軋む音がする。「なんで死にこだわるの・・・・・・」「何もわかってない癖にわかった口を訊くな。お前は誰よりも大切な人が目の前で死んだことはあるか?後追いができなかったことはあるか?いじめられたことはあるか?」と脚をどかし、葵さんを突き飛ばした。

「っ無いわ。けどね、大切な人が目の前で死にそうになっていることは二度もある。その時私は何に変えてもその人を助けてあげたかった。今も、よ。」

なんでだよ、なんでなんだよ。なんで平然を装ってくれるんだよ。怒ってよ、引いてよ、僕から・・・・・・離れてよ。

「私は怒らない、引かない、離れるなんて論外よ。何しでかすか知ってるもん。それを見逃したらそれこそ私は『人殺し』よ」

「人殺し」という言葉で我に帰る。

僕は人を突き飛ばすなんてことは絶対にしないと思っていた。

「私ね、ちょっと前から君のことが好きだったのよ。今回のデートはそれを伝えるために誘ったの。だから、付き合ってくれる?」葵さんもまた、どこか辛そうな表情をしている。

「だからもう離さない。私は消えないよ。雫の変わりにはなれないけど、風酔先輩のように上手にできないけど、ずっと一緒にいてあげる。だから君も一緒にいて。」

今までこんな風に想っていてくれたのか。

・・・なんて返せばいいのだろう。こんなに想ってくれたのに、そばに居てくれるのに、その告白に正直に首を縦にふれない。

病気で死ぬことがわかっていて、それもあと三ヶ月。

何ができるというのだろう。何をしたとしてもきっと満足してもらえない。

考えに考えた末、僕は「デートが終わったら、返事を返す。それでいいかな。」といういくら唐突だったとはいえ、最低な返事を返してしまった。

それに対し「いいよ!ちゃんと振り向いてもらうからね!」と健気に笑顔を作ってくれた。

本当は葵さんも辛いだろうに。


『終わりなき旅の続き』

「ねぇ、由紀くんはどうしたい?このままこの駅を中心に観光するか、私のデートプランまで戻るか」あの告白を受けた後にまた、デートが始まる。僕はこのまま手を引かれるがままにしていていいのだろうか。

人として、導かれた道をそのまま歩いていていいのだろうか。けれど、この景色が僕は嫌いだ。ただの田舎町でない、最後の町。世界がここから始まったかのような綺麗な自然が、僕は・・・・・・嫌いだ。

ふと、強烈な視線を感じる。横を見ると葵さんが手を差し伸べてくれていた。

「私はね、この読心が嫌いなんだ。便利で、人との関係で間違えることなんて殆どない。けど、だからこそ、友達とか、親友・・・・・・恋人とかの特別な関係が作れなかったの。どうしてもその人の闇が見えちゃってさ、隠している本音と言った方がいいかな?その隠している本音が私に伝わっちゃうから。気遣いとか、役作りとか、疲れちゃうんだよ。・・・・・・と言っても由紀くんには分からないか。ハハハ。けど、本当のことを話してほしいって気持ちは伝わって欲しいな。」反応のない僕に、掠れた、冗談じみた声で温めてくれる。

「この土地を観光しよう。」目を瞑って、噛み締めるような声で後者の本心を優先する。

「そっか!じゃあ、案内頼んだよ!あ、けど無理だけはしないように。」と優しく元気づける。

「ここ、旅館ありましたっけ?」「んん?無いんじゃない?」「ということは・・・・・・?」「野宿だね、テントないけどキャンプだよキャンプ!結局本来のプランになりそうだね!」

はしゃぐ葵さんを見ていると、どこか懐かしいというか、既視感を感じてやまない。


『 恋愛シュミレーションゲーム ミッション デート』

それから、古本屋で本を漁ったり、意味もなく商店街を歩いたり、山へ少し踏み入って植物観察をしたりととてもデートとは思えないようなプランを進む。

だが、そのおかげで駅に着いた頃のあの気まずさも、空気の重さも自然に溶け込んでし まった。

「ふ〜ここいいね〜沈みゆく夕陽がいつもよりも数倍綺麗に見えるよ」「恋人ごっこをしているから?」「・・・・・・違うもん、好きな人とこうやってみれてるからだから!」揶揄うと頬を夕陽と同じ色に染めて、また手を差し伸べる。

今日だけで何回、その差し伸べられた手を取っただろう。

「確か、商店街に銭湯あったよね?行こうよ!流石に川で体洗うのは違うしさ。」「商店街は〜あっち!」と指で指す。


「へぇ、ここに観光客がくるなんて久しぶりだねぇ。是非ゆっくりしていってね。今は人がいないから貸切だ。」と銭湯の店主は脱衣所まで通す。入湯料は1人500円。場所にしてはちょっと高いけど、許容範囲である。

「言われた通りゆっくりしますか、さて、って扉硬っ。」非力なので普通のはずな扉ですら重く感じる。

体をよく洗い、浴槽へ浸かる。そうすると、僕が入って来た扉と違う扉が開いた。「「あれ、貸切状態なんじゃなかっ・・・・・・」」「由紀くん!?」「葵さん!?」


まさかの混浴である。どちらもそんな事実聞かされていないため、顔を背ける。「みみみ見てませんから!見ませんから!」今ちょっかいをかければ、この駅を訪れてからようやく由紀くんが照れているところが見れるはずでは!?

そう考え、ささっと体を洗い、浴槽に浸かり、横まで移動する。

「ひゃ!?何するんですか!」「えへへ、照れてるね〜」と言いながら左手で由紀くんのほっぺをつつく。

自分の体も熱くなるのを感じる。

なんだか本当に恋愛シュミレーションゲームをプレイしているような感じだ。私が主人公で、彼が標的。

「デートが終わったら・・・・・・か。まだフラれてないってことでいいんだよね。」とマイナスな独り言が溢れる。

このデートが終わらなければ、ずっとこの関係が続くのかな。

告白をしたからには「承諾される」か「フラれる」のどちらかになるはずである。「フラれる」という考えが全身の細胞を巡る。

いくら私でも、フラれたら悲しいものだ。今まで沢山の男子をフって来たから言えるセリフではないんだけれど。

「僕、先にあがりますっ、だからほっぺ突かないでください〜」無心で突いていたものだからすっかり忘れていた。「あ、ごめんごめん。転ばないようにね。」と注意を促したが、彼が脱衣所に入ったタイミングで転倒するゴン!という大きな音が聞こえた。

「可愛いなぁ〜なんだか弟を見てるみたいだよ。顔も性格も全然似てないけど、仕草というか雰囲気が似てるんだよな〜」私がブラコンで弟には溺愛していたのもあってそれに似ている由紀君は出会った当時から気になっていた。

「好きに理由って必要なのかな〜?幸せならそれでいい気がするんだけどな〜」と温泉から湧き出る湯気に質問する。

答えなんざ期待してない。ただ世の中への愚痴を、社会の偏見を聞いて欲しかった。今由紀君に話すと山へ死にに行く予感がするから話しにくい、だとしても湯気に質問は側から見たら奇怪でしかないだろうな。

「さて、上がらなきゃ上がらなきゃ。のぼせる温度だぜこの温泉。」デートはまだまだ続く。


『恋愛シュミレーションゲーム ミッション 野宿』

銭湯を後にし、一夜を過ごす場所を探す。

時刻は9時半、デートなので最終奥義であるオールも考えたが、朝が早かったのもあって5時間は寝たい。

隣では由紀君が今にでも寝そうな顔をしている。

「ねぇ!どこで寝たい?」「んん〜?お布団。」「あるわけないでしょ。けど虫とかが多いね・・・・・・どこか開けた場所に行こうか」虫自体は心を読めるので苦手じゃないのだが、無防備の状態だと何してくるかわからないのでちょっと怖い。布団か・・・・・・

「んじゃ〜あっち行こ、竹林。」「あのね・・・竹林て、蛇とか出る勢いだよあそこは。開けて・・・・・・る場所あった!そういえばあったよ!」と寝ぼけた由紀君を連れ、竹林の迷宮へと足を運ぶ。

「星が綺麗だね。月は・・・・・・うん。見えないや。」雰囲気的には『月が綺麗ですね』と言いたかった。

夜空には北斗七星から始まり、獅子座、乙女座のスピカが煌々しく輝いている。

そんなプラネタリウムのような景色の横で「んんにゃ〜触るな〜!」とよく聞こえる寝言を言いながら由紀君が爆睡している。由紀君に触るってとんだ変態だな「触るな〜!葵さん〜」私ってそんなに変態?

「折角いい景色見れるんだから一緒に見ようよ」と由紀君の体を軽く揺さぶる私にも眠気が飛んでくる。

「こうなったら由紀君を抱き枕にして・・・・・・これって不純?変態?いや、恋人だから問題なし!」と由紀君を抱き枕にし、コートを上から毛布のようにかける。

そっと目を閉じると「ん?いい匂い・・・・・・」と由紀君が私の胸の辺りに頭を動かしてきた。「ちょちょちょ!!どこの匂い嗅いでんだ!嗅ぐなー!」と頭に渾身の左腕を喰らわせ頭の位置を元に戻す。

それでも起きない由紀君ってもしかして能天気で寝起きが弱いのだろうか。というか理不尽だな、自分から抱き付いたくせに匂い嗅ぐなって。と自分の行動に反省しつつ、もう一度目を閉じるのであった。


『朝はおぼろげ、華の薫り』

頭が痛い。どこからかいい匂いがする。

「ここわどこなんだ〜?」と体を起こし、まだ十分に開かない目を擦る。

無理矢理目を開けると隣では葵さんが僕に被さるように寝ていた。寝顔はあいも変わらず可愛らしく、つい、コートを完全に預けてしまった。

なんだか昨日?今日?だかに、寝てる間に強い衝撃があった気がする。

寒い、時刻は6時と言ったところだろうか、陽が登り始めて間もない。

「綺麗な朝日だな・・・」周囲の竹に反射して陽がより一層輝いて見える。

「・・・・・・今日こそは伝えなきゃ。」ずっと言うべきか迷い続けていた______な事を、今日、伝える覚悟を決める。



「朝ごはんってどうするんだろう。」今となっては当たり前のように食べていた朝ごはん。以前ここに来た時は一日2食以下なんて当たり前であった、いつも朝ご飯や夜ご飯を抜いて節約をしながら旅をしていた。

「最近は食欲も失せてるからなぁ。食べてもたまに戻しちゃうし、どうしてだろ。やっぱり病気が原因なのかな」

葵さんも起きる気配が一向に見当たらない為、今度は僕が葵さんの上に覆い被さり、もう一度眠りにつくことにした。


『恋愛シュミレーションゲーム 告白』

「私だって『友達』が欲しい。」この思いが届くことはなかった。

「私だって『家族』が欲しい。」この思いは目の前で終えた。

「私だって『恋人』が欲しい。」私は愛される事は無かった。

普通の女の子なら、友達とお洒落して、遊んで、家族と何処かへ行って、ちょっと喧嘩したりして、恋人の事を好きになって・・・付き合ったりして。

そんな当たり前なことができない人生が嫌いで、現実から逃げる事は多々あった。

「愛をください。」私のその願いは誰もが願うでありきたりな願いとは重みが違う。

赤と黄色のチューリップのような美しい愛を、心が壊れる程に欲しがった。


本当は何が欲しいかなんてわからないのに。


そんな私が、現実と向き合って、初めて他人を好きになれた。

そんな彼に昨日告白した。返事はまだない。


互いに笑い合える『今』では満足しきれない。


そんな贅沢を言うせいか、背筋が凍るような嫌な予感がする。

返事に断られるって言うのもあるがそれよりも残酷な何かが私を襲う予感がしてならない。

けど、大丈夫。頭の中で何度もシュミレーションした、それに私には読心がある。

今までずっとこれを使って正解を選んできたはずなんだ。この力で私は・・・

正解を選べば得られるはずなんだ、どっちに転ぼうが最適な未来を掴む方法を。


『女の子はシアワセになりましたとさ』

私が目覚めると、周囲には何かを燃しているような匂いがする。周囲は明るく、太陽はきちんと高くのぼってしまっている。

何を燃しているのかと目を擦って匂いの方向に顔を向けると、由紀君がキノコや筍、餅などが入ったスープらしきものを作ろうとしていた。

「えっと・・・?どこから持ってきた?それ」「そこらへんに生えてるやつと、僕と葵さんのバックの中身から持ってきた。大丈夫、僕は生物系強いから毒入りなんかは持っちゃいないよ。」改めて考えると由紀君は2人で節約をして何ヶ月も凌いだのだ。キノコや筍は食べやすい部類だろうし、生物分野が得意なら判別もできたのだろう。

「・・・もしかして、私のバック掘り起こした?」「あぁ、ごめん。何か食べられるものないかな〜って。昨日確か携帯食料を持っているとか言ってたからさ」確かに私は携帯食料を持っていると言った。そして、現に持っていた餅を混ぜてスープを作っている。

だが、バックには私の着替え(下着を含む)が入っている!え?もしやそっち系?元から私のことが好きで、服の匂いとかを嗅ぐのが趣味な感じ?昨日の夜に私の胸辺りに頭持ってきたの忘れてないからな!

・・・けど、もしそうならわざわざ隠さないか。私は読心を持っているから隠し事なんて意味をなさない。

念の為、彼の心を読む。『朝ごはんの準備時間掛かっちゃったな』『何でこんなに頭が痛いんだろう』『葵さんの寝顔可愛かったな〜』

うん、疑って悪かった。それに私が頭をぶっ叩いたのをちゃんと覚えてなくてよかった、容赦なんてなかったから。本当にごめんなさい。

太陽がちょうど真上ら辺にまで登る。

「・・・今何時?」「お!よく聞けたね!12時だよ。」その事実に一瞬固まる。「由紀君は何時に起きたの?」「最初に起きたのは6時ごろだけど、葵さんの横は寝心地良かったから二度寝して9時半。大丈夫だよ、昼ごはん作ってただけだから。」寝起き弱いと思っていたがめちゃくちゃ早起き派で、準備も出来るザ・模範生であった。「昔は僕も几帳面でさ、何しようにも『綺麗でなきゃいけない〜』って考えてて、その頃の夢は家政婦とかメイドさんだったな〜」「へぇ〜メイドなのね・・・・・・フッ。昔の夢なんて私覚えてないや」由紀君がメイドか、執事じゃないとこが尚良い。めちゃくちゃ可愛いんだろうな。黒髪ちょいロングの完璧主義なツンデレの男の娘メイド。

ヤバいヤバい、癖が変な方向に曲がる〜

けど、正直雇いたい。メイド姿をして、朝に『おはようございます』って仕えてる描写を頭で想像しニヤけているとていると、「はいよ〜スープじゃい。」と竹で作った器らしきものにスープを注いで渡してきた。

味はなんとも言えなく、とても濃い。まぁ仕方ないだろう、近くにあった岩塩を無理矢理使ったらしいし、出汁も何もない状態から作ったようだ。

由紀君と結婚できたらこんな感じになるのかな。

「スープ味薄かったかな。味がしないや」と由紀君はさらに加工した岩塩を塗せる。

「味濃いよ?味覚大丈夫?」「あれ?そうなの?」

同棲したとしても、決して彼には料理を作らせない。そう心に誓うのであった。


時間も時間のため、雨星駅を離れることにした。

それからは時間が進むのが早く、もう一駅廻り、夕食を食べ、帰りの電車に乗り、私たちの住む駅へとついてしまった。


「・・・」「・・・」互いに気まずい雰囲気が漂う。帰ってきてしまったのだから。

その気まずい雰囲気を打ち破ったのは彼で、「葵さん」その呼びかけに笑顔で答える。

「なぁに?」

「貴方に告げなくちゃいけないことがあるんだ。」その言葉に私は人生史上一番の興奮を得た。

彼は私の笑顔を見て、少し尻込みしてから、


「現実から、逃げないで。」とそう言い放った。


真実③

「何のこと?」僕の言葉に一切揺らぐことなく太陽のような可愛らしい笑顔で問う。

「葵さん、貴方が一番気づくべきなんです。」

「一体何のこと?」まだ笑顔が絶えない。

自分がその笑顔を壊してしまう事を思うと言葉が詰まる。

けど決意はできている。もう躊躇わない。言える。


「貴方の、弟は!死んだんです!!」

その葵さんを一番苦しめるであろう一言を。

「な、何を言ってるの?病院で面会した時にあなたも会ったでしょ?」

「あの時、僕は一切葵さんの弟が見えませんでした。」胸が痛くなる。

今まで感じてこなかった罪悪感が一気に流れて、押しつぶされそうになる。

「じゃあなんで自己紹介したのよ。見えない相手に何でやったの?もしそうなら何で今言うの!」

「ただの知り合いが血迷っているのと、僕のことが好きで、慕ってくれて、支えてくれる人が狂っている。その違いです。僕は・・・!」あの時、僕は葵さんを支え切れる自信がなかった、あの時、真実を告げた所で、苦しめるだけ苦しめて、それで終わってしまう。

だから、今、一番近しい僕が・・・支える。

本当はそんなことできるはずがないのに。


「・・・うるさい。」「うるさい!」「由紀君、貴方もそうなのね!私に現実を突きつけて。わかってるわよ!死んでるって、意味なんてないって。けど、それでも・・・独りは嫌なのよ!」

「私だって普通の生活を送りたかった!友人、家族のいる当たり前の生活を送りたかった!どうして私だけがこんな目に遭うの!?教えてよ。ねぇ!」

「・・・」その吐露された想いに何も言い返せない。

「貴方はまだいいじゃない!たった1人失っただけ!家族もいる!友人だって作ったでしょう?孤独を感じずに済む!」

「こんな能力だって要らなかった!ただ、ただ、信頼できる人と、ずっと一緒に居れる人巡り会いたかった!」

「この能力を隠すために人から離れなきゃいけなかった!人と関われなかった!どれだけ辛いか知ってる!?知らないでしょ!私を置いて、皆何処かへ行ってしまうのよ!」「貴方だってすぐに私から離れていくんでしょう!?由紀君!ずっと一緒にいてよ!」ずっと一緒にいてやりたい、けど、その願いに首を縦に触れない。 もう僕も永くはない、葵さんを置いて、何処かへ逝ってしまうだろう。

僕は彼女の隣まで歩む。けど、それでも傍に居ようとする僕に

「近寄らないで!どうせ離れるんでしょ!?なら傍に居ないでよ!早くどっか遠くへ行ってよ!」悲痛な叫び、今までこんなことを思って僕と関わっていたのだろうか、僕はそれを知らない。隣まで歩み寄った足はもう動かない。きっと僕と同じ、いやそれ以上の苦しみに塗れた人生を歩んできたのだろう。

僕は葵さんの手を掴む。

「離してよ!」「離さない、離すもんか。こんなにも僕を想ってくれる人の手を、このか弱い手を!離すものか。」「ならずっと一緒にいるって約束してよ!あの問いに頷いてよ!どうして頷かないの?!」頷けない、頷けないよ。死期が近いから、辛い思いを分け合うことしかできないから

けど支えきれなくても、死期が近くても、『僕もその道の隣を歩ませてくれよ』とそう心から願った。これ程までに人のために動ける自分がいるとは想定もしてなかった、自分勝手で、いつだって自分中心な僕が。

「葵さん」と再び手を伸ばす。しかしその手を払いのけ、「いいからどっか行ってよ!」と僕を拒絶する。払いのけられた手は動かない。

「告白の返事、まだですよ。」彼女が今、どんな表情をしているのだろう。「・・・今更?まだ私を絶望に落とすの?いい加減にしてよ。」そんな彼女の声はもう聞こえない。

今から話す言葉には嘘は何もない。

「こんな僕でよろしければ!付き合っ・・・!」と刹那、僕は膝から崩れ落ち、地に伏せた。


余命は命が尽きるまでの時間。その時間一杯動けるわけじゃない。「クソっ!動け!動け!この言葉だけでも紡げ!」そんな僕の願いも虚しく、動かない体が残る。

意識が落ちる寸前、誰かが僕の名前を呼んだ気がする。


「『誰よりも近くにいる』」

私は最愛の恋人の看病をしている。

あの後はどうなかったかなんて覚えていない。ただ、由紀君は死期が近く、もってあと一ヶ月らしい。

「なんでよ、どうして消えちゃうの?」その問いに返事などない。1人、病室で嘆いていると

「よぉ、星川、そこどけ」と永遠先輩が病室に入ってきた。手には以前好きだと言っていたスノードロップとブルースターの花束が握られている。

永遠先輩も何度も来ている。その度に私を家へ帰そうとする。「おい、星川、今日で何日目だ!?五日目だぞ!?殆ど寝ないで、食事も取らず、ひたすら看病して。お前が自分のせいで体調崩している姿を見た由紀はどう思う?悲しむなんてもんじゃないぞ。」私にはそんな言葉は聞こえない。

「無視もいい加減にしろ。」と私の手を無理矢理引っ張り、病室から叩き出し、鍵を閉めた。


辺りを確認する。無機質な白い壁紙の部屋、窓からは曇り空が伺われ、夜なのに月も、星も見えない。

そんな退屈な空間の中、そこには男1人がベットに根付いている。

「なぁ、後輩。どうだ?幸せだったか?あと、余命は一ヶ月だってよ。俺は何だかこうなるって気がずっとしてたからなぁ・・・何とも、おもわねぇ。」と強がる。目には涙がこみげてくる。

「力だけじゃ守れない・・・・・・か。こりゃ頭も良くなんねぇとな。独りになせないってのは大変なんだぜ?」何の言葉も帰ってこない、奇跡なんて起きないことをここまでかと実感させられる。

全く、こんなことを五日連続でしてぶっ壊れねぇ星川はどうなってんだか。

「・・・俺は結局何になれたんだ?根っからの善人にもなりきれなねぇ、頭も良くなりきれねぇ、迷い人を見逃し再び救うチャンスをもらっても力だけじゃ人一人守れねぇ」男の子なら誰もが一度は『ヒーロー』に憧れる。

誰かを助け、救って、辛かったら抱きしめてやれる。

そんな人になりたかった。

子供っぽいかもしれない、けど、俺も、きっと由紀もそんな存在に憧れているはず。

『お前はヒーローになれねぇよ。そんなことを言う俺もヒーローになれなかった。けど、悔いを残さない為にも目標の達成し、爪痕を残した。だから満足さ。』誰かが頭の中に雑音のように語りかける。「誰だ、お前は」『お前がなれないと言った___の亡霊だよ。お前たちのことはずっと見ていた。』名前らしき所だけが聞こえない。けど、俺がなれないと言った人?ヒーローか?『いいや、違うよ。僕は由紀のヒーローにはなれなかった。けど俺は意地悪なんだ。由紀には死んでもらう。』

こいつは

「お前、正体を表せよ。何千年も成仏できずに永遠の苦しみを与えてやる。」俺は後輩が病気で死ぬことには一切恨むことはできない。が、他殺なら話は別だ。そいつを呪う。俺の名前についたこの『永遠』で。『由紀の前で怒るな、死んでもらうのは確かだが、俺は由紀にこの人生に沢山の悔いを残して死んで欲しいんだ。』「どういうことだ、それじゃ意味がまるで変わってない」『この人生で、やりたいことをたくさん残して、生きるために必死になれる程、悔いを持って死ね。って言ってるんだよ。俺と一緒にいちゃ、あいつはそのように死ねない。俺とやりたいことを全部消費してから死のうとする。だから、お前が由紀の人生のエンディングを作ってやれ、最高の舞台をな。』そう言い、雑音は漂う煙のように何処かへ消えていった。

「俺が、由紀の最高の舞台エンディングの制作者になる・・・か。ヒーローにはなれないけど、良い役割じゃねえか。」

置き手紙を書く、書く途中で何度も手紙が濡れる。エンディングの準備はできた。

「ありがとう。俺を『何者』にしてくれて。」


『誰かのために』

「____」

僕はようやく目を覚ます。あの時を彷彿とさせる白色の病室が広がっている。ベットの横に手紙が置いてある。読んでみると

「突然だが、お前の寿命はあと一ヶ月だ。お前は前にこう言った『思いは限界を越える』と。なら超えてみろよ、その『思い』で。19時30分から30分、俺はここを離れて、誰もこの部屋に入れなくする。部屋を出たければ出ればいい、何かしたいならすればいい。最高の人生のエンディングを作ってくれ。悔いが残らないように。」その手紙の字は決して綺麗ではなく、紙には所々シミが出来ていて、湿っている。宛名には「誰よりも近くにいる人」と書いてある。

手紙の隣に丁寧に置かれている時計を確認する、19時50分を廻っている、まだ間に合う。

やりたいことは目覚めた時点で決まっている、今すぐにでもあの人の元へ。僕の最期は「誰かの為に」動きたい。


腕についている点滴の針を力任せに抜いて、何も持たずに病室を後にする。

「終わらない。まだ終わらせない。僕に限界が来ようとも」

「ちょっと待ちなさい!御影さん!あなたは!」「絶対安静!?知るか!退屈で不自由な病院生活なんてごめんだね!人生自由であってこそだ!」そうだ、僕はいつだって自由を求めていた。

今度こそ、僕が本当の夢を叶えるために、僕の大切な人の元へ向かう。

「おっと、まだ約束なんだ。待ってくれよ看護師さん」追ってくる看護師さんを先輩が引き留めてくれる。

「行ってこい!由紀!悔いを・・・後悔するまで楽しんでこい!」そんな目覚めを祝う言葉に振り向けない。

体が重くて仕方がない、どこへ行けばいいかわからない、ただ勘を頼りに突き進む。

ごめん、永遠。

「良いんだよ、親友。俺は既に救われたさ。ありがとよ。今まで」頭の中で鮮明にその言葉が響く。今だけは先輩と後輩ではなく、親友として。


『弱い私は恋を知る』

永遠先輩に締め出され、私は行く宛がなくなったため家に帰る。

降り頻る雨音がやかましい。

足取りが重い。病院から家までの距離が無限にも感じられる。

由紀君は、5日間で一度も目を覚ましていない。このまま死んでしまうのだろうか、いつも当たり前に返ってきた返事がなくなるのは耐えられない。私の手を握ってくれる人はもういない。

「どうして私はいつも一人になるのよ、誰とも関われないで、関われたとしても病気で死ぬなんて・・・訳がわからないよ。」

どうして、どうして何も言ってくれなかったのだろう。「後一ヶ月なんて・・・聞いてないわよ、馬鹿。」弟が死んでいる事実と、由紀君がもう少しで死んでしまうという二つの事実に板挟みにされ、心が折れてしまう。「耐えられないよ、もう。」一つの事実が頭をよぎる。だけど、「それはダメだ。それだけは選択してはいけない。」と頭がストッパーをかける。「もう、人生。終わっちゃっても良いのかな」とつい溢してしまう。

もうストッパーなんて意味をなさない。「逃げたって良いじゃない!逃避行の何が悪いのよ!なんで辛い現実を自分から見なくちゃいけないの?何もかも諦めたって良いじゃない!」由紀君が「現実から逃げるな」と脳内で囁く。

「どうして私だけこんな目に遭うのよ!何かした訳じゃないのに!人の幸せを邪魔した訳じゃないのに!私はただ普通に生きようとしただけなのに!」「神様がいるなら答えてよ!なんで私だけこんな目に遭うの?なんでいじめっ子たちは幸せな道を歩めて、私だけは不幸なの?」けど、そんな不幸な私を心の底から求めてくれる人が少なからずいた。握ってくれた手の感触がまだほんのり残っている。御影由紀、彼の笑顔が、彼の優しさが私の中で一番輝く星として明るく照らしてくれた。

「ここで死んだら、由紀君にも、文にも合わせる顔がないや。」そうつぶやいた刹那、前方の視界が明るくなると同時に車のクラクションがうるさく響く。「えっ」驚きと恐怖で目を閉じる。直後、凄まじいブレーキ音が鳴り、私は飛ばされ、地面に倒れ込む。

「・・・・・・」音がしない。そして痛みもあまり感じない。

「へへ、間に合ったよ。葵さん」聞きなれた声が耳を振動させる。目を開けるとそこには「由紀・・・・・・君?」そこにいれるはずのない最愛の恋人が私を抱き抱え、二人で倒れ込んでいた。

「ありがとう、また握ってくれて。」「僕は葵さんの『ヒーロー』になるんだからね」「歩けるくらいにはなったんだね、もしかしてこのまま治ったりして」私の唯一の希望。


「はは、治ってないよ。僕はもうすぐ死ぬんだ。」僕でも言ってて辛くなる。奇跡なんてないってことを改めて実感するから。

私は持っていた微かな希望さえもボロボロに打ち砕かれる。

「なんで・・・なんでここにいるの?」「親友から最後にやりたいことをやれって言われたからね、遠慮なく僕のことが好きな、絶望に打ちひしがられている少女の元へやってきたってことさ。」顔全体でこれでもかと笑顔を見せつける。ヒーローはいつだってそうだ、ピンチを隠してみんなを救う。

けど、「ここまでは走ってこれたけど、もう僕の体は動かないや。」涙だけは絶対に流さない。彼女の前だから。

僕の体に触れる。白い手がほんのり赤くなる。

葵さんは表情を変え、僕に話しかける「溜め込んでる言葉、一回吐き出しちゃいな。無理して自分の理想のヒーローになれなくたっていい。私にとって君はかっこいいヒーローだよ」その言葉に涙腺が崩壊する。

「死にたくなんて・・・・・・死にたくなんてない!雫にももっと生きてほしかった、葵さんと、永遠先輩と、四人でもっと色んなところへ行きたい!美しい景色をたくさんみて、色んな経験をもっとしたかった!悲しみばかりの人生で・・・・・・辛かった!けど・・・・・・死にたくねぇよ」

何やってるんだろ、あれだけ「他人のために動く」って決めたのに、結局は本音を口にしてしまう。あれだけ死にたがっていた頃があったのに今では逆の事を本音にしている。

「良いんだよ、本音を言ったって。変わることは難しいから。」言葉が、優しく包み込んでくれる。

「ただ輝いている人生に憧れて、誰かから必要とされたかったんだ。辛かったんだ、いじめられ続けていた人生が、守られ続けた人生が、誰かのために、助けてくれた人のために何かしてやりたかった。けど何もできなかった。救おうと決めた貴女だって傷つけて、更なる絶望へ陥れただけじゃないか!仕方ないじゃないか!今まで救われていたばかりだったんだから、いつも自分が中心だったんだから!」「その程度のことを気にしてたのね。バカにするようで悪いわね。けど、私はそんなことよりも求めてる言葉があるんだけどな〜」クスッと笑うような笑みが溢れている。

「その程度って・・・葵さん、僕は」「とりあえず、やめにしよ?そのさん付け、私も君付けやめるからさ」「君の本当の気持ちが知りたい、心を読めば一瞬だけど、君の心って読めないからさ」いいや、今はきっと読める。

「あの時伝えられなかった、僕は葵と過ごせた時間が幸せで、死んでも忘れられない程。」

「私も、今まで言えなかった。由紀と過ごせた時間は忘れられないし、風化することもない。幸せだったよ。」まだ手は繋がっている。「手を繋いでくれてありがとう。由紀の優しさが、笑顔が私を現実に戻してくれた。ありがとう救ってくれて。」私も仰向けになり、彼と同じ空を見上げる。

「ありがとう、傍に居てくれて。私がこうなれたのも、永遠先輩が変われたのも、由紀のおかげなんだよ!」私は今までで初めて恋をした。初めて恋を知った。

「大好きだよ、愛してる。これからも私をよろしくね!」

手はまだ力強く握られている。

私は満開の花畑の上で、最後の告白をした。


『掌からこぼれ落ちる命』

季節は、春。あの日の夜、貴方と別れた場所に着く。

何度来ても、毎回、私を労うように思い出が浮かぶ。


「大好きだよ、愛してる。これからも私をよろしくね!」

手はまだ力強く握られていた。ただ、

「・・・手だけ握ってても・・・意味ないじゃない」彼の心の声が、息をする音が、彼の心臓の鼓動が聞こえなくなっている。

分かっていた。

彼の最後の言葉が口から紡がれなかったから、高まる体温が徐々に下がるのを感じれてしまったから。

「・・・」

後悔も、未練も、数えきれない程ある最愛の人の人生が今、ここで終わろうとしていた。

「はやいなぁ、はやすぎるよ。ちょっとは自分の命を大事にしてほしかったなぁ。」私が心配をかけるから、彼が生き延びれる可能性は山ほどあった。その可能性のいくつかを、私は潰してしまったのだろう。

次第に手を握る力も弱まる。

「これから何を支えに生きていけばいいの?何のために生きればいいの?」そんな問いを最後に投げかける。

「・・・ぼ、くの・・・」そこで途切れた。振り絞るように声を出している。顔には笑みが溢れていて、涙はない。力はもう感じないが、ただひたすらに私の手を握っている。

「恋の奇跡・・・か。まるでゲームのようね。軌跡で残してくれた遺言、『僕の』何を支えに生きれば良いのよ。」答えなんてない。

「ならいいわ、貴方の全てを支えに生きていく。」誰かのために動いたのに途中で途切れて、最後は自分のこと。本当に自己中心的で、自己犠牲。私はそういう所に惹かれたのかもね。

「ありがとう。そしてさようなら」


まだあの想いが鮮明に蘇る。

「ねぇ、由紀。見えてる?私、今、自分の足でこの世界に立って、この世界を愛していけるよ。」何度目かの報告。いつかこの報告を対面で行いたい。『あんまり早く来るなよ』天からそのような安らぎある声が響く。早くいきたくなんてないさ、なぜなら

「私が貴方の分までこの世界を、貴方を愛するから!」


『僕と誰か、救い、愛せる世界』

視界が暗くなる。

もうどこにも力が入らない、意識だけですらあとどれくらい持つだろう。

「ありがとう。そしてさようなら」そんな言葉が聞こえ、直後、完全に意識を落とした。


誰かがこちら側に来いと手招いている。

「おーい!由紀!久しぶりだな。どうだ、未練はあるか?後悔はあるか?まだ生きたかったか?」あの旅を共にした最初の親友が僕に問う。

その答えに「今度は現世に蹴り飛ばしてくれないんだな。僕はまだ生きたいってのに」「もう出来ねぇよ。由紀も死んだんだからな!晴れてお前もこっち側の世界だ。」改めて死んだことを実感する。雫との世界も悪くはないが、やはり僕は永遠先輩と、僕の恋人がいる世界の方で暮らしたかった。

「土産話が沢山あるんだ。この想いを吹っ切るついでに聞いてくれ。」「おお?もしやまた彼女できた?その子がこっちきたら全力で冷やかしてやるよ。」「縁起でもねぇこと言うなー!」


今日もこの世界で僕達は生きていかなくちゃいけない。

いじめられようが、罪悪感と責任で押し潰されようが、大切な人を失おうが。

だから、僕は

明日の自分を救えるような、愛せるような生き方をしていきたい。


end

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