3 ウィステリア恋をする
こうして私達は婚約者となった。
月に一度はどちらかの屋敷でお茶会をしたり街歩きをし、カフェに入りケーキをシェアして食べた。きっと仲の良い姉弟だと見られていると思う。
情けない顔で頼まれたので試験前には勉強を見てあげたが、デヴィットはとても頭が良いと分かっただけだった。
一日中何処かの国の言葉で話すというゲームもした。これは私が勝った。
現役外交部職員を舐めないで欲しい。残り三ヶ国語くらいは余裕だ。
デヴィットは卒業する頃には勝ってみせると宣言していた。楽しいし可愛いしかない。段々惹かれていく自分が分かる。
可愛くて優しいのだ。いつか貴方に良く似合うお嬢様を見つけるかもしれない。
そっちを向かれたら手放すと決めていたのに自信が無くなっている。
私は年上、私は年上、呪文のように唱える。それが私を守る魔法の言葉。
裏切られても諦められる、傷が浅くなりますようにと願いを込めて。
この国では男性が年上なのが当たり前、その方が子供が産まれやすいから。
クロウ家の様に年齢に拘らず縁談を持ち込む家は珍しい。
きっと外国を良く知っているからだ。世界は広い。年上妻が普通の国も沢山ある。
デヴィットといると胸の奥に温かいものが灯ったようにほかほかする。なのに切なくて苦しい。誰かの者にならないでと心が叫んでいる。
これが恋というものか、いつか無くなるかもしれない想いなどいらなかった。
デヴィットが十六歳になり大人の仲間入りをした。これからは舞踏会のエスコートもして貰える。今までお兄様だったパートナーがデヴィットになった。
クロウ伯爵家で婚約披露のパーティーを開くことが正式に決まった。
出会った頃より大分身長が伸びて追い抜かされた。幼さが抜けてきて精悍さが出てきた。プレゼントはお揃いのピアスにしようかしら。それと時計。飾りが美しい物を注文しておいたの。
少しでもデヴィットに相応しくいられるよう美容にも気を使っている。
アンのマッサージは欠かさず毎週一度休みの前に受けている。肌に優しい石鹸にオイルは必需品だ。
食べ物は繊維の多い物を食べ、肉をバランス良く食べて筋肉を付けないとドレスが着こなせない。体幹が大事なのは子供の頃から教えられてきた。
仕事中なのにデヴィットを想ってしまう。かなり重症だ。
デヴィットは今頃何をしているのかしら。宿題?それとも友達と話しているの?私のことを考えてくれていたら良いのにと思う。
婚約披露パーティーには私の瞳の紫色のシルクのドレスが贈られて来た。裾には黒いダイヤモンドが散りばめられていた。胸を飾るネックレスはブラックダイヤモンド、イヤリングもお揃い。ハイヒールにもダイヤモンドが付いている。これで幾らくらいするのか考えるのは止めた。気が遠くなりそう。
パーティー前の一週間は仕事を終えると屋敷に帰り毎日マッサージをして貰った。そんなことで休めないから。屋敷で世話を焼かれていると疲れが取れてくる。
「お嬢様、寮を引き払ってお帰りになりませんか。皆お嬢様がお帰りになると屋敷が華やぐと言っておりますし、又お世話をする楽しみを与えてくださいませ」
「う~ん、結婚したらクロウ伯爵家に住まないといけないし考えてみるわ」
「はい、絶対ですよ」嬉しそうに返事をしたのは来て二年目のサナだった。
少しだが一人暮らしの経験も出来た。結婚まで後二年、お金も貯まるだろう。何かがあっても使用人二人くらいは雇えるか。いざとなれば持参金と持っている宝石やドレスを売ったお金で何とかなるはずだ。
破局した訳でもないのに逃げることを考えている自分に呆れた。それくらいデヴィットを失うのが怖くなっている。信じ切れていない自分が嫌になる。
ドレスとアクセサリーはデヴィットの色だというのに。
披露宴当日綺麗にしてくれた侍女達に褒められて、両親やお兄様にも褒められた。
嬉しい。
後はデヴィットが迎えに来てくれるのを待つだけだ。玄関に馬車の音がした。
入ってくるデヴィットが見えた。
「迎えに来たよ、私のお姫様。ああ、女神のように美しい。崇高で手を触れると消えてしまいそうに儚げだ。でもしっかり腕に捕まっていてくれれば逃さないから安心して。今日は私の傍を離れないでね」
「ええ、もちろん離れないわ。貴方もとても素敵よ。どうしましょう、ますます格好良くなるわね」
「私は貴女のものだと披露するのだから安心して」
父親の「うん、二人の世界はそれくらいにしてそろそろ行こうか」という声がけで周りに人がいるのを思い出した二人は真っ赤になり、馬車で会場に向かった。
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