2 ウィステリア顔合せをする
前日から屋敷に帰り部屋でソファーに座って寛いでいたはずが、慣れない職場にやはり緊張をしていたらしく夕食まで少し眠っていた。アンがブランケットを掛けてくれていた。
幸い先輩方は皆様優しい。どうにか名前とお顔が一致した。平民の方が二割いて残りは貴族だった。小さな頃から教育を受けていたというのが大きいのだろう。
語学は耳からが大きいもの。
ゆっくりお風呂に入りマッサージをしてもらった。家の食事が美味しい。王宮の食堂の食事も美味しいが、慣れたシェフの味がこんなに胃袋を掴んでいたとは思わなかった。両親やお兄様と頂いたせいかしら。
明日はゆっくり起きてデヴィット様を待つとしよう。晴れると良いわね。
久しぶりの私室のベッドでウィステリアはぐっすりと眠ったのだった。
顔合わせの当日空は爽やかに晴れた。暗い顔をして現れたら速攻断ろうとウィステリアは決心していた。年上女との政略結婚など嫌に決まっているわ。一瞬でも顔に出した時点でお断りだと思っていた。
ウィステリアのドレスは薄紫色のシフォンを重ねたシンプルな物だった。歩く度に裾が揺れて綺麗に見える。ネックレスとイヤリングは小さなダイヤにした。十五歳の少年には大人に見えるのだろうなと憂鬱になったが、淑女たるもの隙は見せないようにするつもりだった。
応接室で待っている間に玄関が賑やかになった。家令がクロウ家ご一同様を案内して来た。ウィステリアはすっと立ち上がった。
デヴィットが入って来た。黒い髪に黒い瞳で幼さは残っているものの驚く程顔が整っていた。中性的な美しさだった。
うわあ、可愛い。こんな子が弟なら髪を撫で回したい。真っ直ぐでサラサラで艶のある綺麗な髪だわ。羨ましいとウィステリアは思った。
ウィステリアの髪は裾にいくほどカールがかかっていて、アンに纏めるのが楽だと褒められていた。
しかし本人は一度で良いからサラサラのストレートな髪になってみたいというのが小さな頃からの願いだった。ウィステリアが横道に逸れた考えをしている内にデヴィットが挨拶をしていた。
「クロウ伯爵が嫡男デヴィットと申します。よろしくお願いします」
「ランドル家が長女ウィステリアと申します。よろしくお願いします」
親同士は契約の話でもするのだろう。当人同士で庭で散歩でもしてきなさいと追いやられた。ええい、この際だわ、本音を聞き出そうとウィステリアは庭に誘った。
「とても綺麗なドレスですね、良く似合っています。藤の花の妖精のようです」
「デヴィット様こそ素敵でいらっしゃいますわ」
耳が赤くなっている。照れているのかしら。
「ここは素晴らしい庭園ですね。色取りどりの薔薇があるのですね。綺麗です、薔薇もウィステリア様も」
年下イケメンから言われる褒め言葉は直球だった。流石貴族男子褒め言葉に慣れていらっしゃる。
ガゼボにお茶の用意がしてあり、ケーキや焼き菓子も準備されていた。侍女が紅茶を淹れてさっと離れた。
「あの、親の都合で年上の女と婚約というのは宜しいのですか?貴族ですから政略結婚はしなくてはいけないでしょうが、デヴィット様なら相手は選り取り見取りなのではありませんか?」
「私はウィステリア様だからお受けしました。入学前から才色兼備だとのお噂は耳にしていました」
「えっ、私が才色兼備ですか?学院では勉強ばかりしていましたのでそのような噂は信じられない方がよろしいかと」
「いえ、実際にお会いして素敵な方だと思いました。綺麗な上に数カ国が堪能だと聞いています」
「デヴィット様は学院でおモテになりますでしょう。その内恋をされるかもしれないのですよ。こんな年上の婚約者がいては邪魔になるかもしれませんわ」
「貴女以上の女性はいません。僕を信じてください。裏切ったりしません」
十五歳で身長はヒールを履いた私と同じくらい。座っているから目線は同じだ。首を傾けて言われると破壊力が半端ない。
将来の女たらしかしら。結婚はしないつもりだったけど、楽しんだ方が良いかもしれないわ。美形だしね。いつ裏切られても良いように貯金だけはしておこう。うん、そうしよう。
「僕の方こそ貴女の周りは大人の男性ばかりで心配です。僕を見てください。早く大人になりたいです。相応しい男になれるよう頑張ります。今度お揃いの物をプレゼントします」
えっ何この可愛さ、可愛いすぎるでしょ。婚約は確定だし楽しんでも罰は当たらないわよね。
私は用心深く距離を縮めることにした。
「婚約者がいるのに目移りはしませんわ。デヴィット様も余所見しないでくださいませね」
「勿論貴女だけしか目に入れません」
真っ直ぐな目がウィスタリアを見ていた。
次に会った時にデヴィットがプレゼントしてくれたのはお揃いの金のネックレスだった。
読んでいただきありがとうございます。夕方また投稿します。宜しくお願いします。




