15 閑話 その1
デヴィットは隣国の辺境の地を目指し、乗り合い馬車で移動していた。
身に付いた語学のお陰で人々の言っていることは理解出来た。小さな頃からの教育とウィスタリアとの言葉遊びがこんなに役に立っていることに再度感謝をした。
節約する為に野宿や安宿を使った。髪は伸ばし放題髭も剃らなかった。川に入り身体を洗った。臭くなると馬車に乗せて貰えなくなるので、一週間に一度は、安宿で風呂に入り全身を洗うことにしていた。
自分に厳しくすれば少しでも罪が軽くなるような気がした。
屋敷を出た後乗り合い馬車を待っていると、貴族令息だと思われたのだろう、女性に声をかけられた。
腕を触られた途端蕁麻疹が出た。
急いで身を翻し急いで薬を買い、服装も古着屋に行き平民の服を買って着替えた。その上にマントを被り顔を隠した。
着ていた服は二度と着ることは無いだろうとその店で売った。旅費の足しになった。
それからは女性が恐怖の対象になった。
食事は昼は食べないことが多く夜は露天で買ったり大衆食堂で食べた。
そうして三ヶ月程経った頃、漸く辺境の街にたどり着いた。住むなら街が良いだろうと思ったせいだ。
田舎では余所者が目立つ。
宿に行き風呂に入り小綺麗にして髪を結び、黒い縁の眼鏡をかけた。
ウィステリアが好きだと言ってくれた顔はごまかせているだろうかと深いため息が出た。
旅の途中で何度もウィスタリアのことを考えた。どうしてあの時馬鹿なことをしてしまったんだろう。職場に泊まってまで通う必要はなかった。構ってやらなくても生きていける人間だった。僅かな隙間を見透かされていたとしか思えない。子どもの顔をして近づき女になって迫って来た。振り払ったが気持ちの悪い顔だった。
結局人の上に立つ人間ではなかったのだのだと自覚した。
女神の様に美しく愛しかったはずのウィスタリアを不幸にしてしまった。
死んで詫びたかったがそんな簡単な償いを父が許すはずがなかった。
これからも後悔の人生は続く。最期の日まで。
商業ギルドで登録をし、張り紙を見た。領主館の騎士団で短期の文官の募集をしていた。騎士団なら女性が少ないだろうと思い応募した。
道中、剣は振っていたが騎士には及ぶわけもない。体力を保つ為だった。
応募すると人手不足だったせいか直ぐに雇って貰えた。女性騎士もいたが、団長に女性恐怖症ですと打ち明けたので、何事も無く過ごせるようになった。向こうも相手にはしたくなかっただろうが。
目立たないように下を向き仕事だけをするようにした。
最初は安宿から通っていたが、同じ職場のハリーが安いアパートを紹介してくれた。父上から貰っていたお金が底を尽きそうだったので助かった。
仕事は王宮に比べれば簡単だった。早く終わると他の人の仕事も手伝い感謝をされた。
休みの日に街を歩いてみた。街は王都くらい栄えていて賑やかだった。
本屋に入り書物を手に取ると、とても買える金額ではなかった。
急いで出て図書館に行った。ここならゆっくり本が読める。書物の沢山ある静かな空間が心を落ち着けてくれた。
奥の原書コーナーに行き文学書を一冊手に取った。昔ウィスタリアと読んで感想を言い合った本だった。いつの間にか頬が濡れていた。汚してはいけないので直ぐに戻した。ハンカチで拭き大きく息をして心を落ち着けた。
読む人の少なそうな数学の本を手にとってみた。数字が心を落ち着けるなんて以前は思ったこともなかった。数式の沢山書かれている本はパズルみたいで時間を忘れさせてくれた。気がつくと閉館時間だった。
買えないのなら自分でパズルを作ってみようかと考えた。紙とペンがあれば出来る。時間を潰せる趣味が見つかって良かった。
夕暮れの街に出るといい匂いが市場から漂ってきた。総菜とパンを買って家に帰ろうとしたら、道で蹲っている中年男性がいた。
「どこか具合が悪いんですか?」
返ってきたのはこの国より遠い国の言葉だった。
「急に 腹が 痛くなって 動け なくて ・・・」
「肩を貸しますから近くの薬屋に行きましょう。お金を持っていますか?生憎持ち合わせが少ないんです」
「薬代 持って います」
薬屋に行き腹痛の薬を買って飲ませることが出来た。暫く休ませて様子を見ていると、どうやら顔色が良くなったようだった。
「顔色が良くなったようですね。ではこれで失礼します。お気をつけて」
「ありがとうございました。お名前を教えてください」
「お礼を言われる程のことではありません。当然のことをしただけですよ」
「蹲っていても声をかけて貰えませんでした。言葉が通じず助けを求めても誰も立ち止まってはくれず困っていました。痛くて動けなかったので本当に助かりました。是非お礼をさせてください」
「本当にお気になさらず。では失礼します」
目立ちたくないデヴィットは早足でアパートに帰った。
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