12 ロイ 1
家のリフォームが終り、新しい家具を入れ新生活が始まった。
スージーに頼んだ絵本の翻訳は楽しいものだった。赤ちゃん用から五歳六歳児用まで幅が広く絵も綺麗で個性的だ。子供の頃にこんな絵本に触れるのは良いことだと丁寧に訳すことにした。
ウィステリアの心にも絵本はいい影響を及ぼした。絵本を読むと落ち着くのだ。それに生まれて来たら読んであげたい絵本を沢山知ることが出来た。
読んであげるとどんな顔をするのかしらと楽しみになった。
スザンヌがアンから届いた手紙を持って入って来た。彼女は執事のような仕事もし始めたのだ。
そっとペーパーナイフで封を開け久しぶりの元侍女の手紙を読んだ。
ウィステリア様
お久しぶりでございます
お腹に赤ちゃんがいらっしゃるとのこと、おめでとうございます
もうすぐ産み月になられますね。このアンに乳母を務めさせていただけませんでしょうか?幸い子供を二人授かりまして下の子は二歳になりました
乳離の真っ最中でございます
もう一度ウィステリア様にお仕え出来るチャンスをくださいませ
授乳期だけでもお助けしたく手紙にしたためた次第でございます
住所から見ますにそれ程離れてはいないと思います
夜泣きの時期だけでも使ってくだされば必ずお役に立つと思います
是非ご検討くださいませ
アン
「まあ、アンが乳母になりたいそうよ。授乳時期だけでもと書いてあるわ」
「良かったですね、ウィステリア様。私達では御乳は出ませんもの」
「ええ、育児の先輩がいて良かった」
「中々信頼のおける乳母が見つかりませんでしたからありがたいです」
「そうよね、アンにも家庭があるから無理は言えないけど、三ヶ月くらいならいいかしら」
「向こうからのせっかくの申し出です。受けましょう」
「じゃあ返事を書くから便箋とペンをお願いね」
そうして元専属侍女は乳母になった。
☆☆☆
「お嬢様、ご苦労されましたね。あのガキ、 糞野郎お嬢様を泣かせるなんて許しがたいですわ」
「アン、言葉が悪くなっているわ」
「え〜?こんなに優しくて綺麗な奥様がありながら子供に現を抜かすなんて、これから消しに行きたいくらいですわ」
「そんなに過激になって何があったの?」
「男爵と言っても平民と変わらない暮らしをしていますので、近所の子供達を懲らしめる時には上品ぶっていては舐められるのですよ、お嬢様」
「たくましいわね。もうすぐ母になるのだからウィステリアと呼んでくれると嬉しいわ」
「相変わらず可愛らしいですね、ウィステリア様」
「今日は子供さん達は預けて来たの?」
「上の子とメイドが面倒を見てます。男ばかりニ人です。女の子が欲しかったのですが、こればかりは神様の思し召しですからね」
「賑やかなのでしょうね。来てくれるのは嬉しいのだけど、お宅の方はお留守になっても良いのかしら」
「未だに義母が幅を効かせているんですよ。夫は頭が上がらないんです。こちらに来れると息抜きが出来るというものです。大手を振って出られるので渡りに船でありがたいお話です。男の子は煩いくらいですわ」
「それなら子供さんも連れていらっしゃいな。今ね、絵本の翻訳をしているのよ。ほらスージーさん、あの方の伝手で」
「絵本ですか、ウィステリア様にぴったりですね。子供たちも連れてこさせていただければありがたいですが良いのでしょうか?」
「良いに決まっているわ。お母さんと一緒の方が安心するでしょう。
スージーさんに今の絵本は高すぎるから安い紙で作ったら良いのにと言ったの。もうすぐ手頃な値段の絵本が出るわ。そしたら子供さんにも買ってあげるわね」
「ありがとうございます。そのアイデア流石ウィステリア様です」
「アンが来てくれて嬉しいわ。今日は美味しいお菓子や料理を子供さんのお土産に持って帰ってね。生まれたら来て頂戴ね。お給料は屋敷にいた時より上乗せするわ。この子の命を一緒に支えて貰うのだもし、良い御乳を出して貰わないといけないもの」
「お嬢様ありがとうございます」
「こちらこそだわ」
それから暫くしてウィステリアに男の赤ちゃんが生まれた。ロイ・ランドルと名付けられた。
ウィスタリアに良く似た金髪に紫色の瞳だった。周りの者は奴に似ていなくて良かったと胸を撫でおろした。
ロイ様をみる度に、奴を思い出し悲しい思いに悩まされるウィステリア様なんて見たくないと思っていたのだった。
ウィステリアは例えデヴィットに似た子供が出来ても可愛がる自信があった。
ロイはデヴィットではないのだから。
暫くして兄と義姉様がロイとウィステリアの顔を見に来た。ベビー用品を沢山馬車に積んで。姪は二歳、小さいのでお留守番だ。
ウィステリアそっくりのロイを見て兄はでれでれになりった。
その後両親が孫の顔を見に来た。
子供と結婚させてしまい苦労をした娘が哀れで仕方の無かった母は
「ウィステリア、領地に帰ってらっしゃいな」と言った。
「出戻りですわよ、いっそ隣国にでも行こうかなと思っていたくらいですのに」
「悪口なんて言わせないわ。悪いのは向こうよ。それに病死になっているのよ。気にする事はないわ。隣国は駄目よ、国外追放だから会ったりしたら面倒なだけだわ」
「それはそう聞きましたけど。この子と皆がいてくれれば良いのです。誰も気にも留めないくらいの生活が楽ですの」
「この子も貴族として育てた方が生きていきやすいわ。
産後早々こんな忠告をしてごめんなさいね。まだ生まれたばかりだものね。ゆっくり考えて。ランドル家は支援を惜しまないわ。教育も環境もベストな物を与えてあげたいのよ。向こうはもう何も出来ないわ。安心して良いのよ」
「ありがとうございます、お母様。ゆっくり考えてみますね」
ウィステリアは白髪の目立つようになった母に微笑んだ。
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筆者の都合により『可愛い旦那様の好きな人』から『愛は消えてなくなりました』にタイトルを変更しました。




