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5 明日の約束

「なぜこんな設備が……?」


 セレスティアは、キッチンの扉を入ってすぐの場所でしばし立ち尽くしていた。

 こじんまりとしつつ、きちんと独立したキッチンである。あまり頻繁に使われてはいなさそうだが綺麗に整えられている。

 そして、驚いたのはその設備だ。

 目の前のキッチンにあるのは、魔力を持たずとも使えるものばかりだった。

 セレスティアが実家で親しんでいたものと型もよく似ている。これならすぐにでも使うことができるだろう。


 でも、じゃあ、本当になぜ?

 明らかにアイゼンベルグ家にとっては不要な設備に思える。まさかセレスティアのためというわけでもないだろう。ここ最近作ったものとは思えない。


 混乱するセレスティアをよそにギルベルトはしばらく何も言わなかった。何事か考えている風で、セレスティアがそれについて訊ねるよりも先に「……よし。面白いものを見せてやろう」とキッチンを出ていく。

 また慌てて追いかけた先、辿り着いたのはもうひとつのキッチンだった。先ほどまでいたのより随分と広い――し、ついさっきまで使っていた形跡がある。おそらくこちらが普段使いしている通常のキッチンだ。火をおこすのひとつとっても魔力を通じて行う設備である。


「あの……何をなさるおつもりで?」

「まあ見ていなさい。あ、ちゃんと離れているように」


 まさか、その有り余る魔力で火をおこすのをセレスティアに見せつけるためであろうか? いや、そこまで悪趣味な人間には見えないのだが……なんて考えた、次の瞬間。

 ギルベルトの手元から、およそ料理には不必要であろう大きな火柱があがった。


「――っ!」


 驚きのあまり声も出ない。一方でギルベルトはというと、「うおおおお! さすがに火事はまずい!! また怒られる!」とひとしきり大騒ぎした後、天井まで上がっていた火柱を必死に消していた。

 消火を確認し、ついでに天井が焦げていないこともおそるおそる確認したギルベルトは、セレスティアに向き直ってこう言った。


「ふっ……どうだ、まあ、魔物を調理するにはちょうどいい火加減だったかな……?」


 どうにか格好つけようとしているが、全然笑顔が引きつっていたしなんなら冷や汗もかいていた。どうやら本当に火事一歩手前だったらしい。


「だ、大丈夫ですか?」

「ははは。問題ない。見ての通りおれは魔力の調節が苦手でね。普通の設備で料理をしようとしてもこの有様だ」


 調理に使う程度の火を点けようとしてああなったなら、確かに細かい調節は苦手なのだろう。そういえば、魔力を貯める魔道具も力加減を誤って壊してしまうと言っていた。


「たぶんそういうのが苦手な家系なんだろうな。このキッチンも昔からあるものなんだ」

「そうだったのですね……」

「そう。だからあなたも遠慮することはないぞ、扱いづらさはお互い様だ」


 魔力を一切持たないセレスティアと稀代の魔力量と呼ばれるギルベルトが『お互い様』だなんてそんなわけはないだろうと思ったりもしたのだが、なんとなく、その気遣いに胸が熱くなった。




「ギルベルト様!! あんたまた天井焦がしてないでしょうね!?」

「うわっ出た……大丈夫だよ、今度は焦がしていない……はず」

「せめて断言してくださいよそこは――というかセレスティア様! うちのが大変失礼致しました……! 大丈夫でしたか? お怪我は?」


 そこから数分と経たないうちに、魔力を検知したらしいアレンが血相変えてキッチンに飛び込んできたのでセレスティアも慌てて問題ないことを伝える。

 なんとなく察したが、他者の目のないところではこんな感じのやらかしをしていつもアレンに叱られているのだろう。実年齢よりも随分と大人びた造作をしているなと密かに思っていたので、こうした年相応の一面が分かるのは親しみが持てて悪いことではない。

 とどまるところを知らないアレンの小言にしばらくしょっぱい顔をしていたギルベルトだったが、やがて気を取り直した風にセレスティアに向き直る。


「そうだ、もし料理をするなら材料も自分で選びたいんじゃないか?」

「よろしいのですか?」


 予想外の言葉につい食い気味に返事をしてしまった。さすがにセレスティアの個人的な行動によりアイゼンベルグ家の食糧庫から予定外の消費をしてしまうのは避けたい。なんならお金も自分で払いたい。非常に有難い提案である。

 セレスティアとしてはそのような意図で返事をしたのだが、ギルベルトの話にはどうやら続きがあったようで。


「構わないよ。さすがに一人で出歩かせるわけにはいかないから、同行者を付けてもらうことにはなるんだが……もしよければ近場の領地の案内も兼ねて街に出よう。いかがかな?」


 そういえば、この館にやってきてから一度も敷地外に出ていない。買い物がてら領地散策というのは魅力的な時間の使い方だった。「ありがとうございます、ぜひお願いします」と伝えるとにこにこの笑顔が返ってくる。

 少しずつこの地に馴染んでいければいい。そんな風に思いつつ、保留していた疑問を口にする。


「そういえば、同行者の方というのは……?」


 可能ならそれなりに言葉を交わしたことのあるアレンや、いっそリリウもついてきてくれると嬉しいのだが……と頭の中で算段をつけていたセレスティアに、ギルベルトはなんでもない声の調子で言う。


「それはもちろん、おれだけれど」

「……領主様直々に案内していただけるなんて、光栄ですわ」


 危なかった、どうにか平静を装って返事ができた。

 若干の間が空いたが致命的なミスではないはずだ。まさか多忙を極めるギルベルトがついてきてくれるとは嬉しい誤算である。


「そうと決まれば明日は馬車を出そうか。アレン、頼んだ」

「かしこまりました。他に人手は要りますか?」

「うーん……おれとセレスティア嬢だけだと間が持てないかな? どう思う?」

「少なくともそれはご本人の前で口にすることではないというのは分かります。しっかり頭に叩き込んでおいてくださいね。明日はぜひお二人でどうぞ」

「じゃあなんで人手が要るか聞いたんだよ。罠だろ……」


 ぼやいているギルベルト。なんだかなりゆきで“二人きりだと間が持てない”と思われていることも判明してしまった。

 まあ、まだ出会って数日。伸びしろしかない。大丈夫だ。

 と、自分に言い聞かせつつ。


 思えば、ギルベルトと二人きりでしっかり会話というのもこれまでなかった気がするし、いい機会だろう。

 明日は彼との関係性を少しでも深めるとしよう。せめて、どんな食べ物が好きかを聞き出せる程度に。


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