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2 ギルベルト・アイゼンベルグの真相


「魔力過多?」


 要するにこういうことらしい。ギルベルトはこの国で他に及ぶ者のいない魔力量を誇るが、それがいかんせん“多すぎる”。何もせずに生きていると常時魔力酔いの症状でまともに動けなくなってしまうのだそうだ。

 普段は魔獣の討伐などで魔力を発散している。しかし今回は想定よりもセレスティアの到着が遅れたことでリズムが狂い、門前でセレスティアに相対したときは、それはもうここ数ヶ月で一番具合が悪かったのだとか。


「本当に最悪だったんだ、頭が割れそうに痛くて吐きそうで……世界を呪いたい気分だった。ちょっとよく覚えていないんだが、無礼な態度をとってしまっていただろう。申し訳なかった」


 まるで世界を呪っているかのようなしかめっ面だと思っていたが、どうやら本当に世界を呪っている表情だったらしい。無視されていたかと思いきや、体調不良のせいで気力だけで立っていたからこちらを気にかける余裕がなかった、というのが実情とのこと。

 今は比較的マシと言いつつ時折こめかみを揉んでいる。絶好調ではないようだ。


「魔力を貯める魔道具などはお使いにならないのですか?」

「幼い頃から試してはいるんだが、容量がどうにも……加減を誤っていつも壊してしまってね。貴重な魔道具を無駄遣いできるほど思い上がった生活をおくってはいないよ」

「そうなのですね。……幼少期からのこと、きっとあらゆる手段を試してこられたことでしょう。浅慮から差し出がましいことを申しました。どうかお許しください」


 セレスティアがこの場で思いつく案など既に実行済のはずだ。分かった風な口を利かれるのは不快だっただろうと思い頭を下げたが、ギルベルトは慌てた様子で姿勢を正した。


「そんな、構わないよ。……セレスティア嬢は律儀だな。あなたがそこまで気を遣うほどの立場ではないぞ、おれは。むしろあなたの方が家格としてはよほど上だろう」

「ご謙遜を。国境を護る貴方様の誉れ高き武勲は王都まで聞こえておりますわ。いつも大変なお勤めをありがとうございます」


 アイゼンベルグ家の功績はこの国に住んでいればみな知っている。国防の要、国を守護する鉄の砦。爵位などどれだけあっても足りぬほどだ。

 それはお世辞でもなんでもない素直な気持ちだったのだが、ギルベルトは僅かに目を見開いてはにかんだ。


 ……照れている。

 照れている……! “あの”ギルベルト・アイゼンベルグ辺境伯が……!


 なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。目のやり場に困る。

 セレスティアはいたたまれない気持ちになり、慌てて話を進めた。


「そ、そういえば。ギルベルト様がこんなに明るいお方だったなんて、わたし少しも分かっておりませんでした。どうして王都では無責任な噂ばかりが聞こえてくるのでしょう。みなさん誤解していらっしゃるわ」


 そのせいで無駄に家族に心配をかけてしまったかもしれない。

 ギルベルトはセレスティアの言葉を受けて、しかしすぐには答えず視線をうろつかせた。そのタイミングを見計らったかのように声がかかる。


「それに関しては僭越ながら私からご説明を。よろしいですか? ギルベルト様」

「うん。セレスティア嬢、彼は友人の――」

「従者」

「――彼は友人のアレンというんだ。アレン・ベイカー。実は幼馴染でね、目配りの利くいい男だよ。もう自己紹介は済ませていると思うがおれからも改めて」


 少しずつ関係性が分かってきたかもしれない。発言に割り込んだものの効果のなかったアレンは笑顔だが目が笑っていないし、ギルベルトは頑なにアレンを従者と言わなかった。

 どちらの言葉を信用するかと言われたら、現時点ではギルベルトに軍配が上がるだろうか。彼らはよい友人関係を築いているように見えた。

 セレスティアが微笑ましく思っている間にも、友人同士(仮)の会話はヒートアップしていく。


「お立場を弁えてくださいませ。従者の私を友人と紹介するのもいかがなものかと」

「いやそれだと友達が一人もいなくなっちゃって可哀想だろ、おれが。対外的には仕方なく従者として扱ってるんだから家でくらいは諦めてくれ」

「勤務中ですよ」

「じゃあお前今から一時間だけクビな」

「雇用契約が面倒なことになるからやめろ! ロクなこと考えねえな~お前はほんとに!」


 アレンの化けの皮が剥がれた辺りで耐えられなくなり思わず笑い声をあげてしまう。

 まるで友人を通り越して生まれたときから一緒にいる兄弟のような――おまけにこれは、ギルベルトが弟だ――会話を聞いて、セレスティアは王都に残してきた妹のことをとても懐かしく思った。たった五日間離れただけだというのに。

 一方でセレスティアの声で我に返ったらしいアレンは気まずそうに咳払いをする。


「セレスティア様。ご覧の通り、ギルベルト様はちょっと……あの、ふわふわなんです」

「……ふわふわ」

「はい。冗談みたいに強いことを除けばただの天然なんですこの方は……! 天然発揮してないときはクソガキです。こんなんじゃ王都で絶対ナメられる! 狡猾なジジイどもに利用されるだけされてポイされる!」


 分かってしまう。なんというか、素直なのだ。見る限り、思っていることがかなり顔に出やすいタイプである。この分だと腹芸も不得手であろう。


「正直に申し上げますとお勉強の類も苦手なんです。なので王都では、……ギルベルト様、覚えてますよね、あれ」

「えぇ? 急だな……ひとつ、『一人称は「私」』」

「いいですね。次は?」

「ふたつ、『なるべく口を開かない、笑わない』」

「その通り。最後は?」

「みっつ、『返事に困ることを言われたら、黙って相手の目を五秒見る』……目を逸らされたらおれの勝ち」

「はい、よろしい」

「そもそも王都にいるときって基本体調が悪いから喋るどころじゃないんだよな……」


 どうやら<冷血の辺境伯>のイメージ戦略の裏にはアレンの涙ぐましい努力があったらしい。まさか王都の人間も“冷血”の理由が体調不良だとは思うまい。それを考えると、彼は自身の不調を隠すことには長けているのかもしれなかった。

 もしくは、誰もそれが分かるほどの距離に近寄れなかっただけか。

 ギルベルトはひとしきりアレンとじゃれあって満足したようで、セレスティアに向き直り眉を下げて小さな声で言う。


「……がっかりしたかな? どうやらおれは、口を開くと色々台無しらしいから」


 一体誰がそんなことを。いや候補は今のところ一人しかいないが。

 思わずむっとしたセレスティアがアレンを見ると、アレンは意外そうに目をみはった後にっこりと笑った。嬉しそうだ。

 いい機会だと思い、セレスティアは高らかに宣言する。


「むしろ、結婚するお相手が想像以上に素敵な方でとても嬉しいです」


 こうして平静を装っているが、ずっと目を逸らしていたことがある。

 それは――ギルベルトの顔がものすごくものすごく好みだということだ。


 目つきの鋭さも造作の冷たさも黙っていると酷薄そうに見えるところも理想的。いや、理想以上だった。一目見た瞬間から心臓がばくばく脈打つのをどうにか抑えるのに必死だったが、これが人前でなければ膝から崩れ落ちるくらいはしていたかもしれない。

 そう、何を隠そうセレスティアの好みは物語の悪役タイプなのだった。主人公よりもライバルが、ヒーローよりもダークヒーローが断然好みだ。

 妹には悪趣味と言われ、母には呆れられ、父には心配されたこの嗜好。これまで面倒できちんと説明をしたことはなかったが、セレスティアが好むのはあくまで“冷たそうな男”であって“冷たい男”ではない。要するに、見た目と中身のギャップが好きなのだ。


 なので王都を出る日に妹に言った『案外お優しい方かも』はかなり個人的願望が含まれた内容だったのだが、まさか願望以上の結果となるとは。セレスティアのことを男の趣味が悪いだなんて言う妹も、ギルベルトを見れば二度とそんなことは口にすまい。

 貴族の婚姻関係に個人の感情など不要なことは弁えているものの、どうせなら心から好きになれる男性がいいのは当たり前。だからこその喜び表明だったのだが、ギルベルトはなんでもない風にさらっととんでもないことを提案してきた。


「その話なんだが。一旦保留にしておかないか?」

「え?」


 何かわたしにご不満でも!? 可能な限り直しますが!? と食い気味に反論しかけて慌ててやめる。ギルベルトの言葉には続きがあった。


「だってセレスティア嬢に落ち度ないだろう、今回の話。あなたが理不尽な目に遭う必要はないさ。半年くらい経ってほとぼりが冷めたらさりげなく王都に戻るといい。たぶん自分が言ったこと覚えてないぞ、上層の奴ら」


 覚えてないことはないだろ。さすがに。

 どうやらこの男、武力特化故に政争の類は本当に苦手らしい。今回のように複雑な事情の絡み合った政略結婚は、本人の一存でどうにかなるものではないというのに。

 ギルベルトは尚も「どうせ主導はあの宰相だろ、おれ嫌いなんだよあいつ」とぶつぶつ言っている。セレスティアの記憶にある宰相は、いかにも搦め手を好む遠回しの厭味が得意技の男だ。なるほど、ギルベルトとの相性は最悪だろう。


「一応、結婚予定というか……婚約予定? みたいな感じにしておけばいいだろ。まあ、静養に来たとでも思ってしばらくゆっくりしなさい」


 結婚の予定の予定。それはもはや“無”なのでは?

 無よりは結婚の予定の予定の方がまだいいので黙っておくことにする。その程度のしたたかさはあった。


 これはセレスティアに非常に有利な戦いだ。


 そんな風に考えながらこっそりと拳を握り締める。

 今この瞬間、セレスティアはなんとしてでもギルベルトと結婚したいと思っていた。こんな理想的な相手を見せられて、半年後(推定)には取り上げられてしまうかもだなんて悲しすぎる。

 幸いなことにライバルは限りなく少ない。心に決めた相手がいるという風でもなし、セレスティアがどうしても気に食わないという雰囲気も感じない。そして、根も葉もない噂のお陰で他の令嬢が横槍を入れてくる可能性も低いだろう。

 要するに、“予定ではなく正式に婚約も結婚もしたいな”と思わせればいいのだ。

 なぜかギルベルト本人はセレスティアに気を遣って結婚に待ったをかけてくれているが、何が何でも丸め込んで結婚していただくことにしよう。もはや王都に帰る気などかけらもなかった。この辺境の地にいくらでも骨をうずめる所存だ。幸いなことに、ギルベルトの苦手分野とやらがセレスティアは大の得意である。夫婦らしく補い合って生きていこうではないか。


 ちらりとギルベルトを盗み見る。しかしさすが戦に生きる彼は他者の視線に敏感なようで、途端に黒い瞳と目が合った。かと思えば、にこっと屈託のない笑顔が向けられる。


「ま、護らないと……」

「うん? どうかしたかセレスティア嬢」


 どうもこうもない。こんな純粋そうなひとが王都の政局に巻き込まれ利用されるなんて耐えられる気がしない。

 セレスティアはカーヴィル家の人間として、王都上層部の汚い部分もそれなりに見聞きしてきた。食い物にされる人間だって、いくらでも。今回のセレスティアの件もある意味食い物にされた結果だと言える。おまけに魔力を持たないセレスティアと異なり、稀代の魔力量と謳われたギルベルトには計り知れない利用価値がある。

 ひょっとすると今回のセレスティアとの結婚騒動も、ギルベルトを利用せんとする王都の企みの序章かもしれない。その可能性はけっして低くはない。


 アレンの懸念は正しいものだ。おそらくこれまで最善ではなくとも最良の方法でギルベルトのことを護ってきたのだろう。

 だったら、その末席にセレスティアも加えてほしい。

 ここに来るまでは、油断して足をすくわれたのだという苦い思いがあったけれど、ひょっとすると全てこのひとに出会うためだったのかもしれないと思えたから。


「お心遣い感謝致します。この地を踏んでいる間、ギルベルト様のために尽力させていただければと思っておりますわ。もちろん結婚の心づもりもできております」

「見た目によらず強情な御仁のようだ。そして見た通りに責任感も強いらしい。まあ、負担にならない程度によろしく頼む」


 まずは、結婚に対するスタンスが後に引けなくなったからでも責任感があるからでもないことを知らしめるところからだ。

 そして半年後に追い返されないことを目標に関係を育んでいこう。そうしよう。


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