97話 上の上を行く者
(おっと、つい考え込んでしまった。戦況は…まぁシャロなら問題ないだろう)
2人が交戦していた方を向くと、血まみれのコラルドの姿が見えた。
(ほーら、やっぱり。…あの様子だともう仕留めちゃったあとかな。残念、見逃しちゃった)
少しも残念そうでない様子でニタニタを続ける。
とりあえず、知らない内に決着は着いていた様だ。
ターロはそのままシャロを労う為に歩いて近寄っていく。が、その途中で予想外のものをみてしまいニタニタが一気に消えた。
その予想外のものとは――
(どうしてシャロの右腕が血まみれなんだ?)
――シャロの深手。腕の皮膚をえぐるように何本もの切り傷がついており、肉が見えそうなくらい溝が深かった。深い溝の割には、切り口が細かったので、刃物によるものではないと判断できる。
右腕はブランとしており、使い物にならない様子。そこから流れる血がコラルドに垂れていた事から、コラルドの血と思われたものが全てシャロのものだった事になる。
コラルドは驚いた表情のまま動かない。シャロも動かないが、目を閉じて意識を集中している。
(まさかスライム野郎がやったのか…? …違うな。もしそうならなぜ奴が驚いた様に固まっているんだ? やった側なら固まらずに追撃を入れていくはずだ。…となれば、シャロを攻撃したのは――)
ターロが気づいた途端、シャロの後ろ辺りで爆発音が。その爆発音の後に空気を切り裂くような鋭く高い音が続く。この音を捉えたシャロが素早く横跳び。すると、シャロが丁度避けた場所の近くにあった木が網目状に裂かれた。
(やはり伏兵がいた。どういう類の武器かは分からないが、威力の高さと速さがあって、とてつもなく厄介なものであるのは確か。シャロの身体能力だからあれをかわせたものの、私が対象だったら間違いなくあの木の様になっていた所だ)
切り刻まれた木片を見てゾッとする。そんなターロに向かって黒く四角い拳サイズのものが投げ込まれた。投げ込んだ人物の場所は特定できなかったが、投げ込まれたものは何となく特定できる。
(爆弾だ…!)
急いで木陰に避難しようとするもやや遠くて間に合いそうもない。爆風をくらう覚悟で身を固めている彼の前にシャロが現れる。瞬間、光の後に爆発音。今度は音の後に無数の小さい針が続く。シャロは地面を思い切り蹴り上げて地面や土を隆起させて針の勢いを殺した。7割はそれで防ぎ、残った針は左腕に持った愛用武器を高速で振るう事によって叩き落していく。一通りさばききった時点での状況。ターロは無傷、シャロには数本だけ針が左肩に刺さる程度だった。
辺りは静けさを取り戻す。が、それがむしろ不気味でもあった。
(また何か仕掛けてくるに決まっている…!)
ターロはそれに備えて距離を取る為に駆け出した。そう思っていたのはシャロも同じらしく、ターロに気を配りながらも再び目を閉じて神経を張り巡らせた。そんな彼らに向かって、またしても何かが投げ込まれる。今度は黒光りの高速物体。まっすぐにシャロ目掛けて。風切り音でその物体の軌道を読んだシャロは次々とそれを打ち落としていく。打ち落とされたのは――
(カブリトン? どうしてこの魔物がここに? なぜ私目掛けて飛んでくるのでしょう?)
木の蜜のない場所の付近には生息せず、蜜がなければ勢いをつけて飛ぶことはない魔物。どの条件も当てはまっていないのが不自然だった。だが、それが現実で起こっているという事実。となれば、その条件を満たす為の要点を誰かが揃えたという事になる。
(つまり、これは偶々ではなく意図的な攻撃。カブリトンを道具として利用しているという事ですね)
魔物を攻撃道具として使うという前例のない事象。その前例のないものを巧みに操る相手なら、これの他にも厄介な道具を隠し持っているに違いない、と推測。
シャロの中では敵を倒すことではなく、ターロの安全を確保する事が優先される。そんな彼女がこの得体の知れない奴を相手にするのは危険だと判断した。となれば、彼女の取るべき行動は一つ。
シャロは左腕の武器をターロに持ち替え、逃走を開始。全力だったので、すぐに見えなくなるくらい遠くへ行ってしまった。
2人が去った後で、動かないコラルドの下に1人の男が現れ、声をかけた。
「いやーすまん。逃がしちまった。でも、それも予定通りだろうから勘弁して。ってか、俺一人に任せるとかキツすぎだし、期待しすぎ…」ブツブツ
「何が予定通り何です? …とにかく助かりましたよ、トーさん」
「予定通りの事に対して、何が“助かった”だよ。またおちょくりか? こんな時までやらなくていいからな」
「違いますよ。本気でそう思ったんです。トーさんが来てくれなければ、死んでいたでしょうから」
「なるほど、今日はあくまでもそのスタンスを貫くわけだな。…分かった、もう何も言うな。ムカつくから」
(さっきから話がかみ合っていない感じがする…)
そう思ったコラルドは記憶を辿る。最新の記憶は、シャロにマウントを取られた時に、後ろの方で、光の反射を使って合図を送ってくれた事。あの時の「どうして」は自然と口から出てしまった言葉。そして、右腕を振り下ろされて絶体絶命の時に、糸切爆弾で攻撃し、右腕に深手を負わせた事。その後、2人には逃げられたものの、それすらも“予定通り”で済ませようとしている事。この“予定通り”が不自然だ。
(一先ずトーさんにとってこれが全て予定通りだったという事は、助けに来てくれたことも予定通りだったという事。俺にとっては全然予定通りじゃなかったけど。だから、俺に予定通りだと確認するように言うのはおかしい。それだと俺がまるでそれをあらかじめ指示していたみたい――)
違和感。コラルドの記憶が高速で巻き戻り、それを検索する。
そしてある場面で再生。
――「ついていくのでやっとだわ…」
(元々、俺の思考を先読みして敵陣営を制圧した所から違和感があった。そんな先読みをできる人物が、俺の落とし穴の件でその発言をするわけがない、と。おそらくあの時、トーさんが考えていたのは――)
瞬間的に、自分の上を行く者の顔が頭をよぎる。
「――敵の未来の行動だ。俺が陣営で1人になっている所を狙ってくるだろうと読んでいたんだ。で、俺が陣営に1人で残ると言い出した時から、それが敵をおびき寄せる為の罠だと判断した。俺にはそのつもりは全くなかったにも関わらず、ね。
…ようやく“予定通り”の謎が解けた。トーさんは“あの時”から俺を助けるつもりでいたんだ」
先読みに先読みを重ねてようやくたどり着く場所。そこに男の言う“予定通り”があった。これを知ったことで苦笑いする。
(何が『ついていくのでやっと』だよ。ついていく所か、前を歩いてるじゃん…)
ひとしきり理解を終えたコラルドが男に話しかける。
「予定通りを終えた後はどうする予定です? 皆の援護に向かいますか?」
「いや、まだ終わってない。お前が俺に秘密で伏せていた隊があの2人を足止めしてくれているからその援護に行くんだろ?」
「え…?」
「そこでとぼけるボケはいらないから。ここからがお前の作戦の真骨頂だろ?」
――「逃がしちまった。でも、それも予定通りだろうから勘弁して」
(まさか、そこまでが“予定通り”だったって事…?)
驚愕しつつも理解したコラルドは、申し訳なさそうに返答する。
「すみません。伏兵は用意できていないです…」
「そうなのかぁ、残念。まぁ戦では不都合がよく生じるっていうし、仕方がないよな。切り替えて味方の加勢に行こうぜ」
「はい…」
歩き出そうとした時、コラルドの中でのモヤモヤが1つ解消されたので、それの確認をする為に質問する。
「あの時『ついていくのがやっと』と言ったのは、ここまでを想定していたからですね?」
「そういえばそんな事言ったな。…ああ、そうだよ。お前や他の皆には、すぐに理解できることが俺にはできないんだよ。だからあの発言をした時、皆引いていたんだろ? ごめんな、察しが悪くて。能力だけでなく頭の方も無能なんだわ、俺って!」
逆切れして自分の事を侮辱し出した男を宥めながらも思う。
(という事は、先を歩くどころか走っていたわけか。追いつける気がしないや…)
一時は落胆して崩れていた人物の像が元通りの姿に戻る。その像はこれからも彼の心の支えとなり、目標にもなり続けるだろう。




