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93話 罠が罠

 数時間前のブダシヤカ陣営。

 どんな罠を仕掛けるかの質問に対し、コラルドが答える。

 

「それは落とし穴です」

「落とし穴って、あの落とし穴? 深い穴を掘るっていう…」

「はい、それです」


 これを聞いた冒険者達は『さすがにそれはないのでは?』とでも言い出しそうな苦笑いをする。その内の一人が申し訳なさそうに切り出した。


「確かに落とし穴は有効な罠だ。しかし、それは準備にしっかりと時間をかけた場合に限る。穴の底にトゲや毒生物を仕込むのはもちろん大事だが、一番大事なのは形跡をいかに消すか…せっかく罠を仕掛けても相手に警戒され、見つけられてしまったら意味がないからね」


 うんうんと頷く他の冒険者達を尻目に続ける。


「落とし穴は見つけにくくするために草の生い茂った場所を選ぶのが基本。で、そこに仕掛けた後は、自分達の通った形跡を消す為に、草木を踏み倒した跡を整えないといけないから時間がかかる。そういうわけだから、悪いけどその案には賛成できないよ」

「そう思いますよね? だったら尚更“やるべき”です」

「はぁ?」


 この返答に冒険者達は、頭の中が疑問詞でいっぱいになる。誰も会話を続けられなくなった所で、ジャックスが入ってきた。表情は柔らかく、笑みを浮かべている


「落とすことが目的ではない――“落とさない”落とし穴を作るわけだね」

「その通りです」ニコッと笑い返す。

「“落とさない”だなんて、余計に意味が分からない。一体どういう事なんだ?」。

「簡単に言うと、本来の使い方とは別の使い方をするという事です」


冒険者全員が『全然“簡単”じゃないんだけど…』の表情になっていたので、慌てて付け加える。


「ええっとですねぇ… 落とし穴の本来の使い方は、対象を穴に落として弱らせることです。しかし、今回はその使い方をしないという事です」

「それが分からない。落とし穴は落とすだけのものだろう? 他に何に使えるというんだ? モグラにでも住んでもらうつもり――」


 自身が皮肉を込めて発した“モグラ”という言葉により、違和感を覚えたかのように詰まる。数秒の沈黙後、しかめ面だった表情が、パッと明るい表情になって勢いよく切り出した。


「モグラは俺達… つまり、穴を隠れ蓑として伏兵を配置するという事だな!?」

「そういう事です。…落とし穴は落とすものでしかない。その先入観が強く主張するせいで、穴に人が隠れているという考えが浮かばなくなります。

人は先入観に対して意外と無防備です。先程の自分達の姿を思い出してみれば、十分納得できるかと。…だからこそ、この落とし穴の仕掛けが有効なのです」


ジャックスの補足を聞いて冒険者一同は大いに納得。そうして、皆が素直に聞き入れる段階に入った所で、コラルドが落とし穴の場所や設置方法、使用方法について説明する。まとめるとこうだ。


①落とし穴は障害物のない開けた場所に設置する。

わざと見つけやすくすることで落とし穴への警戒を解かせる為。それへの警戒を解くことは伏兵への警戒を解く事と同義。

もちろん付近を通った跡は消さなくていいので、踏み荒らした跡はそのままに。

できるだけ先に東側へ侵攻したワイル兵が通った道上に。味方であれば安心感が増す為、これも多少の警戒を解くための要素となる。


②前列の穴は隠す素材をずらして、穴がわざと見える様にしておく。

対象が素材をめくって穴の中を確認しやすくする為。敢えて中を確認させることで、それが“落とす為”の落とし穴だと認識させる。その認識を固定させる為、前列だけは底にトゲを敷き詰めておく。この時対象は『慌てていてロクな準備ができなったのだろう』とこちらが精神的に追い詰められていると憶測してくれるので、警戒を解かせるのに好都合。

もちろん後列には伏兵が潜む。


③対象が完全に警戒を解いたタイミングで奇襲をかける。

対象がこちらを通り過ぎて後ろ姿をさらした時。まだ警戒しているなら周囲確認のために、振り返る素振りは続けるはず。それがないのは警戒していない証拠。


④落とし穴の作成は最低限のデキで十分。

仕掛けている時に遭遇してはどうもこうもないから。膨張粉爆弾を地面に埋めて爆発させると、人が4人は入れる様な丁度いい穴が、30秒以内にできる。手間は前列の5個にトゲを設置するくらい。


 導入部分でしっかり気づいた上で、コラルドの説明を聞いたので、冒険者達の納得度合いは高かった。そんな冒険者達から「若いのに大したものだ」「さすが指揮官」などと褒められまくる。それを知っていた職員はどこか誇らしげな表情でコラルドを見ていた。ジャックスもその一人である。


(この落とし穴の使い方は彼が火薬に細工したやり方とほぼ一緒だ。さっき聞いた事を今この場で組み立てて自分のものにしてみせた。とてつもない学習能力と適応能力を持っている…。出会った頃はそんなにだったけど、ここまで成長するなんて誰が想像しただろう。…いや、想像できていた人が1人だけいた…!)


 その人物を見ると、何やら唸っていた。思えばコラルドの落とし穴発言が始まった時からずっとだったかもしれない。『何を悩んでいるのだろう』とジャックスが心配するのを余所にその人物は呟きを続ける。


「…先入観、先入観…… そういう事か! なるほどねっ!」


 急な大声にジャックスだけでなく、ここに居る全員が驚いて注目した。

 そうした所で、先程の言葉の意味を悟ったジャックスがひきつった顔をしながら質問する。


「…まさかとは思うけど、今頃気づいたのかい?」

「え? そうだけど…? ってか、やっぱりコラルドはすげーよ。俺、ついていくのでやっとだわ…」

(気づくの遅っ!!)


 全員揃った心のツッコミが入る。この余りの間の抜けた発言のせいで勝手にできた彼の謎賢者設定がこれまた勝手に消えていった。それにより、『コラルドがどうして優秀な人材に育ったのか』という疑問が発生。ヒソヒソ話で軽会議を行った結果、コラルドは彼の教育がなくとも独学で育ったという事で議決された。


こうして、自身の評価を見事な天然発言で下げる事に成功した男は「置いていかれない様に頑張るよ!」と無邪気な笑みを浮かべて、友人に「が、頑張ってね…」と気を遣われるのだった。

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