91話 危険と抑止
東側から聞こえる大砲の発射音。
その大きな音はコラルド達が控えている北側のブダシヤカ陣営まで届いた。
これにいち早く反応したのはコラルドである。
(敵別動隊による兵器攻撃の標的は東側だったか。…現在こちらの戦力は4方に20人ずつ送っていて、残りはトーさんとジャックスさんの10人小隊が2つ。対する敵側は、偵察が知らせてくれた情報だと、4方に50人ずつの分配だった。総勢300人だから、まだ100人残している計算になる。内、数十人は兵器攻撃に行かせたのだろうか。
…いや、それだけではないかもしれない。大打撃を与えられると踏んで残りの100人全てを向かわせた可能性もある。そうだったら最悪だ。一応町にはギルド長の小隊が控えているとはいえ、戦力的に持ち堪える事はできないだろう。今から急いでこちらの残りの戦力全てを向かわせても20人加わった程度では太刀打ちできない。
…ただ、このまま何もせずにここで黙ってやられるのを待つよりかはマシか。最後くらいは、最低限足掻かないと後悔しちゃうしね)
覚悟を決めたコラルドが口を開く。
「今からここに居る全員で東側の加勢に行きましょう」
「えっ、何で?」とぼけた顔で返すレトー。
「何でって…俺達が兵器攻撃を抑えている内に、町民に避難してもらう為でしょうが! こんな時にボケをかまさないでください。一つも笑えないですよ!」
「いや、ボケじゃないんだけど…」
「それはどういう意――」
コラルドの声が突如発生した大爆発の音によってかき消された。
音は東側から。音的に先程の大砲の発射音とは別ものだ。
その謎音に対する答えがすぐに見つからず、沈黙するコラルド。
対してレトーとジャックスは逆だった。
「あの音って…そういう事だよね!?」
「おうよ! やっと正解を当ててくれたな、奴ら」
「うん。それにしても思った以上に大きな音で驚いたよ」
「多分あれがいっぱいある所の近くでやっていたんじゃないかな?」
「そうかもね」
「…お二人とも随分と楽しそうですね。よろしければ、その理由を聞かせてくれませんか?」
会話の流れ的に大爆発の真相を知ってそうな感じ。
さらに、コラルドの予想通りなら2人はとんでもない事を秘密で行っていたことになる。
「――で、フレリードさんを探しにワイル城の地下を動き回っていたら、偶然弾薬庫を見つけたわけよ。結構な量だったから、きっと今回の戦争の為に準備したものだと思ってな。そこにあった火薬の一部に特製膨張粉火薬を混ぜようってなった。この火薬は拡散範囲が広いから、兵器はもちろん近くの火薬を巻き込んで大損害を与えられると踏んでな。あっ、もちろんこの素晴らしい案を提案したのはジャックスな」
「はいはい、そういうのはいいから。全部君が率先してやっていた事でしょ。あと、弾薬庫は偶然見つけたんじゃなくて、2人して必死で探して見つけたよね? 話を劇的な感じにしたいが為に盛る癖、やめてもらえるかな?」
「何で? 1つも盛っていないのに」
「はぁ…めんどくさ…」
レトーが説明するのを聞いていた職員や冒険者は目を丸くしたり、「えぇ…」と引く中で、コラルドだけはイライラしていた。
「…という事はお2人共、大砲での攻撃が始まった時点でこうなる事を予測していたという事ですね?」
「そうだけど」「そうなるね」
「どうしてそれを俺に教えてくれなかったんですか!」
「こいつ・彼が、もう伝えていると思って…」
「あーなんかもういいです…」
報告・連絡・相談は基礎中の基礎であり、社会人なら最低限守らなくてはいけないもの。それを疎かにした人物が後輩ならまだしも、自分の上司となればそのガッカリ度は相当なものである。さらに、今は町の命運のかかった大事な局面であり、ちょっとのミスが大損害に繋がるシビアな状況。そんな時に行き違い凡ミスをかますのは論外だ。
2人は結果的に敵の主戦力である兵器を破壊するという成功を収めたわけだが、後輩1名の尊敬を損なうという失敗も犯した。
聞いていた職員や冒険者達も最初の方はその妨害工作を称賛したものの、コラルドとのやり取りを見て、いつの間にか称賛する気も失せて一気に冷静になる。そうして、意見交換が始まった。
「敵がまだ兵器を残している可能性もあるし、迂闊に出ていくのも危険だよな」
「だな。…出ていって多少安全なのは残りが少ない時だけ。膠着状態は変わらずか」
「いや、それに関しては大丈夫ですよ。敵はもう兵器を使いません」と、コラルド。
「なんで使わないって分かるの?」
そう聞かれると、懐から包装された握り飯を1つ取り出した。
「この握り飯の中に一粒だけ毒入りの米が混ざっています。毒は猛毒で、一粒でも即死してしまうもの。あなたはこの握り飯を食べたいと思いますか?」
「…思わない。多分お腹がすいていたとしても」
「ですよね。敵が兵器を使わない理由もこれと一緒です」
「一緒って……あっ、もしかして『まだ暴発する火薬が混ざっているかもしれない』と、警戒してしまうから使えなくなるって事?」
「そうです。人って、普段は小さい事を気にしないのに、自分に大きな危険が迫っていると知った瞬間、小さい事を気にする様になるんですよね。そんな人の習性を利用する事で警戒という抑止効果を生み出したわけです。ちなみに敵が火薬に問題があると思っていなくても、工作されていたという事実があるせいで、『別の部分にも仕掛けがあるかもしれない』と勝手に警戒を広めてくれるから問題ないかと」
「抑止かぁ…何か納得したよ。ありがとう」
「いえ」
(反対に、危険から遠いどうでもいい状況だと、人はずぼらになる。おそらく兵器の試し撃ちや点検をしていたはず。ただ、その時はあくまで練習のようなものだから緊張感が生まれない。だからこそ、注意が散漫になる。その結果、火薬は表面上の見える部分の異常を確認するだけで、全体を細かく見る事は省いてしまったのだろう。
同じものが無数にあって、それが続くのであれば、『どうせ全て一緒だろ?』とまとめて処理してしまいがち。これは脳の疲労を最小限に抑える為の処理で、誰でも起こりうる事。だからこそ、工作の成功率を上げる要素としてうまく機能する。
普段はただがむしゃらに人間観察して人の習性を学ぶ一方で、要所となればしっかりとそれを応用してくるのは、いかにもトーさんらしい。良い手本を見せてもらったから、こちらも負けない様に頑張りますかぁ)
気力回復したコラルドが次なる作戦を伝える。
「東側は大爆発で一旦は落ち着いたものの、砲撃で門が破られているでしょうし、そこへ主力部隊を投入されたら厄介です。なので、そうなる前に東側の道中に罠を仕掛けて足止めと迎撃の両方をできたらなと。幸い敵はまだ現状把握で忙しいでしょうから、仕掛ける時間は確保できると思います」
「罠ね、分かった。で、どんな罠を仕掛けるんだい?」
「それは――」




