89話 能無しならぬ脳無し
ワイル国軍を率いる兵長はどこにでもいる様な人柄の中年男性。その害がなさそうな風貌を活かして誰とでも隔てなく接した結果、周りからの信頼を得て長に任命された。実力があったから任命されたわけではないので、軍略知識が浅く、指揮が疎かになる事が予想された。そんなのでも他の兵達が文句を言わないのは、それだけ彼の人柄に惚れているからだ。なので、足りないところは自分達がフォローすればいいと好意的に受け入れていた。
そんな兵士達の信頼関係をターロは微笑ましくみていた。
もちろん善意ではなく、悪意に満ちた目で。
(皆の為に全力を尽くそうとする能無し。もう一方はそれを輝かせるために奮闘しようとする間抜け共。友情ごっこで戦に勝てると考えるなんて笑っちゃうよね。そんな甘い考えで挑めば、相手側にちょっとできる軍師がいた場合、その策を看破できずにボロ負けする。どうしてこんな簡単な事を予測できないのかなぁ、能無しって。
自身の安易な判断が大きな損害をもたらす。戦は遊びじゃないのだから、『皆で力を合わせればなんとかなる』みたいな楽観思想は捨てて、自身らの隙を減らし、敵に与える損害を大きくさせる策を畳みかける様、徹底して詰めていかないとすぐにやられる。敵も必死だから、それを上回る覚悟と行動を示さないとやられるのは当然だよね。能無しはこの“当然”が理解できていないんだよなぁ。
欠点だらけの能無しだけど、ちゃんと利点もある。それは、脳が足りてないから簡単に誘導できる点だ。それは能無しの特徴である“他人の意見に流されやすい事”が関係している。奴らは自分で考えて自分の意見を出すという行動を放棄し続けてきた結果、自分に自信が持てなくなった。だから、何を選択するにしても『これは正しいのか』と不安になる。で、その不安を解消する為に奴らがする行動は、他人の意見や評価を参考にする事だ。選択肢が発生して自分では決められないからと、ラクして不安を解消する為に何の事情も知らない他人に委ねるという愚かな行為。正しさは自分の思考の中にしかないのだから、それが正しいわけがないだろう。自分の事なのに他者に依存するのは滑稽極まる。
これらの行動は自分が選択を間違えた時の嫌な気持ちを、他人を使う事でやわらげるのが目的。つまり、自分が失敗したときの責任を他人に押し付けたいだけなのだ。表面では『意見ありがとう』やら『評価してくれてうれしい』と言っておきながら、裏では『失敗したのはあいつらのせいだ』と、自分の失態の擦り付けを平然と行う。そういう所は、悪人である私よりも悪人しているからそこだけは唯一能無しではないね。代わりにゲスにはなっているけど。
奴らにとって評価の数は多ければ多い程、高ければ高い程いい。あればあるほど多数正当性が働いて肯定感が増すから。で、そこへ地位の高い者や専門知識を持った者の評価も加われば、さらに増す。奴らの様な社会的弱者にとって社会的強者の意見は絶対だからね。普通なら『おかしいぞ?』と思う所を気づきもせずに受け入れる。本当に能無しだよね。あっ、脳無しだったか。
そいうことだから、奴らが反発してくる可能性は低く、“正義の為に”とか“効率的”とか“賢いやり方”みたいな自身らの正当性を高める言葉を適当に並べれば気持ちよく動いてくれて、誘導しやすくなるってわけ)
実際に、能無し認定された兵士達はターロの助言(誘導)通り動いてくれた。それは確かにターロの策が理にかなっていた事もあるが、軍団に加わる前に王から「この人は現在クーアと戦っている軍団にいる軍師の師匠にあたる人だ」という紹介(大ボラ)が効いている。自分達が既に賢いと認識している人を出した事で想像しやすく、すぐに『この人も賢い人だ』と認識させられた。ターロが先程考えていた通り、彼等は社会的地位に従順なようだ。
辺りが薄暗くなってきたところでブダシヤカ付近に到着。森の中に陣営を構える。その準備中、偵察していた兵士から報告が入った。それを聞いて、驚く兵士達。が、ターロだけは静かに笑っていた。
◇◇◇
半日前のブダシヤカ・ギルド館。
コラルド司会の下、職員・冒険者を集めて作戦会議をしていた
「ワイルが期限を詰めて攻めてくる可能性があるだって?」とフレリード。
「はい。可能性は高いと思います」
「…確かにそれをやられたら痛手だけど、そうでなかった場合はこちらも痛手じゃない? 待機中は準備を進められないから、期限通りなら中途半端な準備で迎えうつことになるからね」
「確かにそうですが、前者の方が後者よりも痛手は大きい。今重要なのは、いかにして痛手を最低限に抑えるかという事です。こちらは数でも兵器でも劣っている余裕のない状況ですから、大きい痛手を浴びてしまえば再起不能になってしまいます」
「小さい痛手なら再起可能という事か… 確かにそちらの方がまだマシだね」
「ええ。ですから、皆さんには早急に町外周辺に陣営をはってほしいのです。反対の方はいらっしゃいますか? 多ければ後者で話を進めますけど」
「分かっているくせに… 意地悪な聞き方だね」
一同から「賛成」の言葉が溢れる。
この後、戦が開始する事を踏まえての作戦説明も行われた。
先程のフレリードとのやり取りが効いたのか、皆真剣な様子で聞く。
1時間程で会議は終了し、陣営配置が急ピッチで進められた。
準備中、冒険者達がヒソヒソ話す。
「コラルド君…だっけ? 彼は何者?」
「今年で3年目の職員だよ。一応Bランク冒険者でもある」
「ふぇー、あれでまだ3年目なのか。指示が的確で作戦もしっかりしていたからもっと年数が長いのかと思っていたよ」
「あの若さを見て年数が長いと思うのはどうかと思うが、彼がしっかりしているというのは同意しよう」
「ん…? 若いって事はどこかでそういうのを学んだって事だよね? さすがに初期レベルでああなったとは考えられないし…」
「…彼の後ろに立っていた人いるだろ?」
「ああ、レトーさんね」
「彼はコラルド君の教育係だったらしい」
「えっ、そうなの? …では、彼がコラルド君を優秀になる様に育てたわけだ」
「そう」
「…待てよ。って事は、育てた彼はコラルド君よりも賢いって事?」
「そうなるな」
この噂は冒険者達の間に広まり、本人が全く知る由もないまま、謎の賢者設定が出来上がったのだった。




