84話 変わる者と変わらない者
” 見て学べ ”
コラルドは、ある男の天然発言を深読みしてしまったことで、その新たな意図を発見してしまう。通常見て学ぶのは自分の覚えたい仕事が対象になるのだが、彼はこれを覚えたい仕事だけでなく、他の人のやっている仕事にも拡げた。こうすることで、多岐にわたる仕事を倍速で覚える事が出来た。
彼がこの“見て学ぶ”を使う様になったきっかけは、この言葉を教えてくれた人物がそれを実際にやっていた事。しかもその人物は覚えるだけでは飽き足らず、先読みまでして行動している。そんな学ぶべき対象を放っておけるはずもなく、彼は仕事の合間にその人物をよく観察するようになった。この人物のその手の行動は全職員を対象にした規格外な範囲で行われていたので、その人物だけを見ておけば他の職員の仕事も覚えられて効率が良かった。
それにある程度慣れてきた頃、彼は新たな遊びを見つける。それはその人物がフォローしようとした仕事を先読みして処理しておく事だ。その時にみせる『お前、やってくれたな?』という顔が彼にとってのご褒美だった。
今日もそれを発見したので先回り処理を実行すると、案の定怒られる。成功だ。
「おい、俺に構っている暇があったら仕事しろ」
「それ、こっちの台詞なんですけど? 昨日トーさんの忘れていた仕事を代わりにやってあげたのは誰だったでしょうねぇ?」
「うっ…」
レトーは教育係放棄による暇地獄で死にそうになっていた。その地獄から脱出する為にドーベンの下に土下座で教育係の降板をお願いする。一応その妥当性を出す為に「あいつは既に戦力として十分に働ける能力がある。だから教育は不要」と伝えた。実際その通りで、他の職員からの評判も良く、ドーベンもその働きぶりを何度も目にしていたので承諾した。ただし、「半年は最低みるように」という条件付きで。
その半年が経過したのが、つい1週間前の事。解放された瞬間、レトーは今までのうっぷんを全てぶつけるかのように仕事しまくった。もちろんその間も全職員のフォロー態勢は解かないまま。そんな感じで自身のキャパを大きく超える仕事量を処理していたこともあって、前日コラルドにそこをつかれるという失態を犯した。
「…それよりさぁ、最近お前ちょっかいかけに来過ぎじゃない? 自分の仕事をちゃんとや――らなくていいわ、やっぱり。そのまま適当にサボってろ」
「残念ですが、自分の仕事をある程度済ませてからきているのでちゃんとはやっていますよ?」
「本当にちゃんとできているか? 抜けていないか不安だねぇ」
「抜けていたとしても、どうせどこかの誰かさんがいつの間にか処理してくれると思うから不安はないですよ」
「誰だ、そいつ?」
しらばくれるもコラルドのニヤニヤ顔での沈黙詰めに耐えられなくなって、言葉に逃げる。
「…ともかく、人を頼りにし過ぎるのはよくない。自分でできる事はちゃんとやって迷惑かけない様にしないとな」
「そーですね」
レトーはコラルドがこうやって自分にちょっかいをかけてくる時間を増やしたことで、新人らしからぬ仕事量をこなさなくなった事を内心喜んでいた(それでも一般的に見れば多いのだが)。自身の思惑通り、やる気を失ってサボり路線に入ってくれたと思ったからだ。
(どうして急にサボるようになったんだろ? …まぁいいか)
コラルドの尊敬の眼差しがどこに向けられているのか知らない以上、この男がそれに気づくことはないだろう。
◇◇◇
3年後、『見て学べ』を続けたコラルドは、見事全職員の予定を把握する事できるようになった。そこからは職員達の行動パターンから先読みして行動するという次の段階に突入している。難しい課題だが、その先駆者が毎日コソコソと泥棒の様に行動しているので見本には困らず、観察し続けていればいずれ達成は可能だ。
変わった事は他にも。コラルドは調査や魔物討伐を単独で行けるようになっていた。職員としては当然なのだが、7年目のあの男は未だにそれらの仕事でジャックスの補佐が必要な状態なので、彼からすれば大きな変化である。現に今日も遠出するコラルドのその様子を見て羨ましそうにしていた。
「俺がああして1人で調査に迎えるのはいつになるのだろうか…」
「仕方ないよ。君は無能なのだから」
この一言に「ですよね…」と釘を刺されたかのように元気悪く答えるレトーとそれを宥めるジャックス。今やこれはコラルド出張時の恒例やり取りとなっている。
7年目でもレトーは、ドーベンとジャックス以外の職員に対し、相変わらず不愛想作戦を続けている。なので、彼等との会話が最小限なのも変わらずだったが、少し変わったこともあった。それは彼等から1日に3回以上は無言で背中をバシン!と思い切り叩かれる事だ。
これが始まった当初の頃は驚いていたものの、今ではすっかり慣れていた。それにこれは自分が疎まれており、『お前、ウザいんだよ!』『とっとと辞めちまえ!』を行動で表した一例として捉えられたので、『ようやく作戦が成就する時が来た…』と1発をくらう度に喜びをかみしめている。
叩かれた後に笑顔になる彼と同じく、叩いた彼等の方も笑顔だった。彼は当然、これはイライラをぶつけてスッキリした時の顔だと思っているが、実際は違う。それは彼が自分の日頃の行いを見返してちょっと考えれば分かる事なのだが、彼の歪んだ思考が健在の内は絶対に分かる事は無いだろう。
そうして彼が今日も「おっつかれっ!」と背中を思い切り叩かれて『ありがとうございます!』と心の中で喜ぶドMっぷりを披露する平和な空気の中、それを一変する報告が青ざめた顔のフレリードから皆に向かって伝えられる。
「ワイル国がこの町に対して宣戦布告。1週間後、軍を率いてこちらに攻めてくるそうです」




