83話 気遣無双
相変わらずな仕事ぶりをみせる部下を尻目に、今日も皆のフォローに回ろうとした所、異変が生じる。なんと、昨日自分がフォローしようと予定をたてていた仕事が片付いていたのだ。
(どういうことだ…?)
一瞬フリーズするも、すぐに切り替えて別の仕事に回ろうとする。が、それも片付いていた。同様に、そのまた別の仕事も。
結局、自分のフォローできる仕事が1つも見つからず、途方に暮れる。
(昨日までは確かにあったはずなのに…)
急に仕事が消える現象。これにはきっと理由があると踏んでそれを必死で考える。
(そもそもフォロー用の仕事が無いのは、その人が早めに気づいて仕事を終わらせたという事… 何でわざわざ早めに行動したのだろう? その余裕は無いはずなのに)
『うーん』と唸っている目の前を、やたら笑顔な職員が通過する。始めは気にならなかったが、それが1人…また1人と増えて行く事でさすがに異常を感じた。
(あのやってやった感溢れる笑顔は何だ…? 何をそんなに誇って……)
突然の異常と湧き上がる嫌な予感。考え続けた彼に1つの仮定が舞い降りる。
( “やった”のは、俺のフォローする予定だった仕事か…? 俺にやられる前に終わらせたからあの笑顔をしているって事? かなり限定的な仮定だけど、やたらしっくりくるのはどうしてだろう…。
これが真実だとして、皆はなぜ急にこんな行動を取ったんだ? その顔をする為だけにやるなんて、ふざけた事はしない善い人達だから動機が別にあるはず……ん?善い人…?
ひょっとして、これは彼らなりの善意では…? 俺にフォローされるのを申し訳ないと思った彼等が、少しでも俺をラクさせる為に気を遣ってくれたんじゃ…)
ありえない仮定だったが、毎日の様にフォローを入れられていたのと、教育放棄によって生まれた余白時間を全てフォローに回していたこともあったので、職員達に申し訳なさが蓄積する可能性は十分にあった。そのことからこの仮定が確かなものとなる。
彼等の善意により、レトーは自由になった。しかし、自由になった事で膨大な余白時間と戦う事になり、『俺に居場所は…ない』とノイローゼになったのは言うまでもない。
空いた時間は冒険者の依頼をこなすこともできたのだが、そうした場合コラルドの近くを離れる事になって万が一の事態が発生した時にフォローに入れない。自分で教育放棄したくせに、なぜか最低限の役割を果たそうとする謎律儀ムーブによって自縄自縛状態になるレトーであった。
そんな彼が生きる気力を吸い取られたかのようにフラフラしていると、コラルドが依頼書の更新作業を先延ばしにしている事に気づく。
(どうしていつもみたいにさっさとさばいていかないんだろう。ひょっとして、忘れているとか? …いや、優秀なあいつに限ってそれはない。だとすれば、何だ? 恐ろしい考えになるが、“優秀だからこそ”さばいていないとすれば――
俺への助け舟…俺が暇で死にかけている事を気にかけてわざとさばかずに与えてくれたという事か…? なんて奴だ、3カ月目のくせして教育係に仕事を振るとは…しかも俺はお前の教育を放棄したクズ野郎だぞ? そんな奴にも情けをかけるなんて、器広すぎだろ…)
目頭が熱くなるレトー。自分のクソみたいな行動を部下の聖人みたいな行動で浄化させられたようだ。
彼の助け舟はおこぼれを貰う感じになるので、プライドが許さなかった。が、浄化された事により、そんな事は一気にどうでもよくなる。
(そのおこぼれ、有難く頂戴いたします…!)
プライドを捨てた彼は飼い主が投げた物を喜んで拾ってくる犬の様に従順になる。そして、この後も度々与えられるおこぼれを確実に拾っていくのだった。
◇◇◇
コラルドもコラルドで地獄の日々を過ごしていた。ある人物の評価を最大限に上げる為に自身の能力キャパの限界に近い仕事量をこなしていたからだ。『これを終わらせたら、次はこれ』『10分後にあれを終わらせた後、優先順位高いそれを終わらせよう』などと頭の中であれこれをフル回転させる。毎秒毎に気が狂いそうな量の情報が入って来るので、普通なら数分で頭がショートするだろう。それでも持ちこたえているのは彼が本当に優秀なのと耐えなくてはいけない理由がしっかりあるからだ。
しかし、彼がいくら優秀だからといってもミスは当然する。膨大な情報量の中に思考からたまたま抜けてしまったものがあって、それを忘れてしまう。一応情報を回転させながら周回しているので思い出す機会はあるのだが、どうしても遅れてしまう事があった。
(しまった…! 依頼書の更新作業に手をつけていなかった。今日は午後から常連の冒険者さん達がたくさん来る日だから優先順位が高かったはずなのにどうして忘れていたんだよ)
慌てて取り掛かろうとするも、時刻は11時半。13時まではどう考えても間に合わない量だった。
(どうする? 他の職員の人に手伝ってもらうか? いや、そんな事したら俺が仕事のできない奴だと思われる。そうなれば、あの人の評価も……)
本来なら手伝ってもらうべきなのだが、自身にかした強力な縛りによってそれを封じられる。なので、彼に残された道はギリギリまで足掻く道しかなかった。
行っていた作業を中断し、更新予定だった依頼書を確認すると――
(べアールの討伐依頼… ん? 更新日が今日になっている。内容も最新のものだ。昨日分布図を更新していたから間違いない。…次の依頼、魔石採掘…… これもだ…。これも今日更新されている)
その他の依頼書も全て更新されており、結局それを掲示板に貼り出すだけでいい状態になっていた。
貼りながら考える。
(一体誰が… 皆自分の仕事で忙しくて俺のフォローなんて回れないはずなのに…… いや、1人だけいた!)
その人物は目線は向けていないもののこちらを気にしている様子で掃き掃除をわざとらしくしている。
(あの人、教育放棄したはずじゃ… あ、なんだかんだいって完全には放棄してなかったってパターンか。やっぱり相変わらずだなぁ、あの人は)
『誰が?』の疑問が解消し、微笑むコラルドだったが、新たな疑問が発生する。
(でも、どうして討伐依頼の更新が遅れているのに気づいたのだろう? 結構な作業量を抱えているからそれだけを見つけて処理するのはおかしい。そんなの俺の作業予定を把握していない限りは無理―― って、もしかしてそうなの!?)
昼食で他の職員と一緒に雑談している時、聞いた事がある。『忘れていたと思っていた作業が気づいたら終わっていたなんて事はよくある。多分彼の仕業だ』と。しかもこれは1人に限った事ではない。ほとんどの職員がその人物に助けられた経験があったそうだ。その事を思い出した事でとんでもないことに気づく。
(つまり、あの人は他の人の作業予定も把握していたって事…? ありえない。だって、30人はいるんだよ!? 30人分の予定を覚えておくなんて不可能だ)
明らかに処理不可能なキャパ。
だが、もしそれを『今月はこの人の仕事に注目してみよう』と1人ずつ覚えていくスタイルにしていたなら。
そしてそれを、人を替えて毎月・毎年と続けていたのだとしたら――
(できる、かもしれない…)
そう思ったのは、現実でそれを実現させているかのようにスムーズにフォローに回っている人物が確かに存在しているからだ。
(これで『自分は頭の中がスカスカだ』なんてよく言えたもんだよ。めちゃくちゃつまってるじゃん)
苦笑いしつつ、その人物が唯一教えてくれた事を思い出す。
(確かにこの技術は『見て学ぶ』しかない。詳細に教えられてできる様なことじゃないし。この言葉には重要性はなくて俺の評価を下げたい理由で言っただけで、何の意味も内容もない言葉だったのだろうけど、ここにきて効力を発揮するとはね。これだから天然は恐ろしい)
なんだかんだしっかりと教育させられていた事に気づくコラルド。そんな彼はその気持ちを大事にして見て学んでいくのであった。
仕事で忙しいのに見て学ぶ余裕はあるのか、って?
それは心配ない。彼には…というよりこのギルドには、その余裕をつくり出しては何事もなく消えていく気遣無双がいるからだ。




