82話 最低限が最大限
コラルドが職員になってから1か月経過。
彼は初日で新人らしからぬ動きをしたにも関わらず、日が経つにつれて時間当たりの仕事量が増加し、こなせる仕事の種類も増えていった為、既に戦力となりつつあった。
レトーが彼の初出勤日の時に感じた嫌な予感が現実に。彼の活躍を現場で見る度に悪夢を見ているかのような険しい表情になっていた。そのあまりの精神的過酷さから「どうしてこうなった…」と立ち止まりながら呟く姿を他の職員に目撃されている。
レトーはその過酷さを少しでも緩和するべく、凄まじい勢いで事務作業をさばいているコラルドに向かって声をかける。
「おーい、コラルド君」
「何です?」
「新人なのだから、もう少し手を抜いてやってくれてもいいんだぞ?」
「無理ですよ。失礼ながら、今が最大限に手を抜いている状態ですから」
「…聞き間違いかな? それだと今は最低限の力で仕事しているってことになるけど」
「えっ? そうですけど」
「嘘、だろ…」
「本当ですけど。何ならさらに処理速度上げましょうか?」
「結構です!」(これ以上やられると自分の劣悪ぶりに押しつぶされて死んじゃうって!)
「それは残念。…では、やってほしい時はまた声をかけてくださいね」
「おぅ、分かった」(2度とかけねーよ)
それから急に用事を思い出したふりをしてコラルドから緊急離脱した。
今回の声掛けの目的は彼に不真面目になってもらい、あわよくば仕事をさぼる状態に持っていくことだった。そうすることで、教育係である自身の悪評を高める為である。
一応彼が手を抜いているという事だったので、やる前から目的達成していたのだが、彼の手抜きのレベルが凡人の上位レベルだった為、目的が一気に破綻した。手を抜いていても十分な仕事ができるのなら、コラルドはサボりとみなされず、むしろ大変よくやっていると評価される。そうなれば、彼を教育している自分も評価されるという事故が起きてしまう。
彼に『仕事をするな』と伝える事も考えたが、何も教えていない教育係の分際で、そんな事を言えるはずがなかった。
(ってか、あれが本当に1か月目の動きか? どう見ても3年目の動きだろ! あいつ…1年経ったらベテランの風格出してるよ、きっと)
天才と凡人の成長格差問題を直で感じて落ち込むレトー。そんな彼にホイロンが声をかける。
「どうしたの、疲れた顔して?」
「何でもないですよ。ちょっと『コラルドはすごいな』って思っていただけです」
「本当にすごいよね、彼。まだ1か月目でしょ? 1か月であんな動きはできないって」
「ですよね…」
「…でもさぁ、レトー君も凄いと思うんだよね」
「えっ…?」
「彼があそこまで仕事ができるようになったのはもちろん彼自身の力だと思うけど、そうなるように指導したのはレトー君でしょ?」
「指導って… 俺は何も教えていませんよ」
「またまたー」
「本当ですって! 現に仕事中はあいつとほとんど話していないでしょ?」
「どうせ裏でこっそりと丁寧に教えているんでしょ? あまりに熱心過ぎると恥ずかしいからってそこまでやるかね」
「いや、だから俺はやってな――」
「あ、ごめん! 急遽片付けないといけない仕事があったんだった。彼の教育についてはまた聞かせてねー!」
手を振りながら急いで退散するホイロンを呆然と見送るレトー。結局弁明はできずに“自分がしっかり教育している”という虚実だけ残った。
恐ろしい事にこの後、ホイロンだけでなく他の職員達からもコラルドの成長絡みの話をされる。そして、その度に「何を教えたの?」「教え方うまいね」「そりゃ教育係に選ばれるわけだ」などと散々言われて“優秀な教育係”という虚実が膨らんでいった。
これによりレトーは、悪い事をしていないのに(本当はしているのだが)悪い事をしたような気持ちになって、頭が重くなる。それが嫌で一刻も早く逃れようと弁明を必死でやっても、それが謙遜しているとみなされて無駄に評価が上がってしまうので、余計に首を絞める結果となった。そして、彼に残された手段は沈黙だけとなる。
コラルドの急成長には理由がある。
彼はレトーから毎日の様にジャックスの活躍話や他の職員の人の仕事での良い所を聞かされていた。それを始めは『他の人の良い所を話すのが、この人にとっての愚痴になるわけか』と珍しい人間を観覧する様なスタンスで聞いていたのだが、ある男を尊敬する様になってからは目標が職員になる事に変わったこともあって、その話の内容から職員の業務内容を探る様になる。疑問に思った部分や情報が足りないと思った所は、訓練の時にジャックスやレトーに質問した(本人達は覚えていないだろうが)。その甲斐あって、業務内容の知識がかなり蓄積され、結果的に初日から『何をすればいいか』という疑問が浮かぶことなく行動に移れたというわけだ。
もちろんコラルドはレトーの歪んだ企みに気づいていた。そして、その企みが成されればどうなるかも。彼は自分の尊敬する人物から色々学びたかった。だからこそ、その人物が居るギルド職員になったのだ。
それなのに、その人物が居なくなるかもしれないという状況が出勤初日にやってきた。彼からすれば、これはもう“阻止する”の一点張りだ。どうやら自分の評価が下がらなければ、阻止できる様なので、必死でその評価を下げない様に仕事した。さらに、自分の評価が上がれば、その人物の評価も比例して上がるみたいなので、その人に悟られない様に「最低限の力でやっている」とごまかしながら。
本当は最大限でやっていた。
すべてはその人の評価を最大限に上げる為。
――『絶対にそうさせない』
これが彼なりの尊敬する人物に対する最大限の気遣いだった。




