81話 教育係の利用法
脳内独り言が多くて読みにくい話になっております。
コラルドの初出勤日。朝礼で職員全員への挨拶を終え、いよいよ仕事に入る。
「トーさんが俺の教育係ですか?」
「ああ、残念だったな」
「何がです? 俺は良かったと思っているんですけど」
「あっそ」
社交辞令に無反応をきめつつ、急に真面目な顔になって聞く。
「突然だが、職員として働く上で最も必要な能力は何か分かるか?」
「すみません。分からないです」
それを聞いたレトーが偉そうにため息をつきながら返答。
「適応能力だ。環境は著しく変化する為、それぞれの対応策をいちいち考えていては対処が遅くなる。だからこそ、それらの変化にすぐに対応できる柔軟さが必要なのだ」
「内容的に大分スカスカなんですけど大丈夫ですか? まさか、それっぽい事を言っている自分に酔っているだけじゃないですよね?」
コラルドの、下手に出てからの図星をつく強力な返しでレトーは怯む。そして、コラルドは彼の『違うに決まっているだろ!』待ち。この強がり返答が入る事で彼のおちょくりは完成する。おちょくりを毎日の様に続けたおかげで、彼なりの成功パターンができていた。今回もそのパターンをなぞっているので成功は近い。
ところが、今回は別パターンの返答がかえってくる。
「その通りだよ。よく気づいたな。ちなみに内容がスカスカなのは俺の頭の中もスカスカだからだ。こんな頼りない奴が教育係とはお前もつくづく運が無いな」
「運は良い方だと思いますけど」
突然の別パターンだったが、『あ、自虐路線ね』とすぐに切り替えて対応するコラルド。どうやらレトーの言った適応能力が彼には十分備わっているらしい。
「ところで、今から何を教えてくれるんです?」
「俺が教えられることは一つだけだから心して聞けよ?」
「はい」(やたらハードルを上げているけど大丈夫かな? さっきみたいにコケなければいいけど)
スゥーっと息を吸って吐き出す様に言う。
「見て学べ。以上だ」
「…はい?」
スタスタ立ち去ろうとするレトーの腕を掴んで引き止める。
「業務説明とかしないんですか? 『これをやってくれ』とか」
「ない。…もう一度言う。見て学べ」
「自分のやるべき事は自分で探せと?」
「そうだ」
「それって教育放棄ですよね?」
「そうだが?」
自身の行為が最低である事に気づいているのにも関わらず、尚も謎マウントを取り続けるレトーにコラルドは困惑した。それを隙と捉えたレトーはコラルドの掴みから脱出して再びスタスタと離れる。が、何かを思い出したかのように急に立ち止まり、振り返った。
「あっそうそう。言い忘れていたが、お前の仕事での失態は全て俺の責任になる。お前の評判が悪くなることはないから安心しろ」
「…代わりにトーさんの評判が悪くなるって事ですよね?」
「そうなるな。俺の評判が下がれば、周りが俺を勝手におちょくってくれるから、お前が毎日俺をおちょくる必要もなくなるし、自分の事に集中できる。お前にとっては素晴らしい流れじゃないか。で、うまくいけば俺は――おっと、話はここまでだ。何か質問ある? もちろんあっても『答えは自分で考えろ』って返すけどな」
「…せない」ボソッ
(何て言った? まぁいいか)
「じゃー頑張ってね。…あ、別に頑張らなくてもいいや。好きにやってくれ」
去って行く中で、コラルドが何か呟いているのを聞いていたが“最低限”という単語しか拾えなかった。
(どうせ『最低限は仕事する』とかそういう内容でしょ。まぁこちとらその最低限すら余計なんだけどな)
ニタニタ笑う男が何を考えているか。ここまで彼の思考を散々見せつけられてきた人なら嫌でも分かるだろう。
未経験の者に対し、『見て学べ』という超投げやり無責任発言。
自身が教育係と知ってのこの発言に悪評が重なり続ける事によって起こる事象。
それこそが、彼の求めていたもの。
つまり、自身の解雇である。
(どーよ? 俺のクソ上司っぷりは。これであいつは何もできない。だって何も教えてないんだしな。で、それを見かねた他の職員がすかさずフォローに入る。その時にあいつは俺にやられたことをそのまま愚痴るだけでいい。そうするだけで俺の評価はだだ下がりよ。あっ、元々評価されてなかったから下がるものがなかったんだった)
彼がここで働き始めてからずっとやっている無愛想作戦は、本人的には渾身の策だったが、なぜかうまくいっていなかった。そんな停滞期にやってきたチャンスがこれである。スライム騒動の時にもなんやかんやで失敗しているので『今度こそうまくやってやる』と意気込みを示すのだった。
そんな気合に満ち溢れた状態が5分後に消え失せる。そうなったのは教育係というポジションが原因だ。
通常教育係は、教育対象者がある程度仕事を覚えるまでは一緒に仕事をして業務内容を教えていくスタイルなので、教育係にふられる仕事の数はその対象者と協力して行うことが想定されている。要は仕事量が少ないという事。しかも、レトーはコラルドを丸投げ状態にした。よって、現在彼が抱える仕事の数は必然的にゼロになる。
(暇だー! いつもなら作業のさわりに慣れてきて、没頭している頃だからなー 1分がこんなにも長いだなんて知らなかった。これはこれで地獄すぎる。
…そういえば、コラルドはどうなった? …ほぅ、とりあえず受付席に座ったか。で、そこからどうする? ん? あれは魔物生息量の資料。それを広げたって事は分布図の更新をやるってことだろう。客が来ない片手間時間に別作業をするなんて、新人にしてはやるじゃないの)
感心していると正面入り口から、大剣を背負ったガタイの良い赤髪短髪の中年男性冒険者が入ってきて、一直線にコラルドが座る受付へ向かう。
(あの人は、Aランク冒険者のダンチェインさん。大型魔物討伐を専門とするベテランだ。新人にあの人の相手は厳しすぎる。さすがにフォローに回らないと)
レトーがひっそりと近寄っていくと、何やら2人が楽しそうに話していたので立ち止まる。そして、コラルドが依頼書を取り出して何かを説明。それを頷きながら聞くダンチェイン。話は1分ほどで終了し、ダンチェインが「ありがとう。では、行って来る」と言って出て行った。コラルドはそれを「お気をつけて」と礼をして見送る。
それを見ていたレトーは固まった。
(あいつ、マックモ <蜘蛛型の全身真っ黒な大型魔物> の説明をスラスラ話しやがった…。まだ新人なのに何で大型魔物の説明できんの? せめて中型までだろ。
それに、あの落ち着きっぷりは何なんだよ。何も教えられていない状態だったら普通はパニックになるはずだろ?
あと、手本も見てないのに何でそんなスムーズな接客ができるんだよ。しかも何も教えられていない状態でやってたしよぉ。
知識なし・経験なしで挑んで初っ端から完璧にこなすとか、意味が分からん!)
驚くレトーの事などお構いなしに、これ以降も仕事を完璧にこなしていくコラルド。その姿を見てレトーの『あいつ何なん?』が止まらなくなる。更にそれには『俺の新人の頃の仕事ぶりは相当ゴミだったんだな』と自虐も加わった。こうして、コラルドの活躍に打ちのめされたレトーは『確かに、お前に教えられる事なんて何もなかったよ』と敗北者の様にその場を去るのだった。
その場を離れて暫く歩いた事で元の思考能力が回復したので、今後の予定を立てる。
(やる事がないなら、いつも通り皆のフォローに回るか。
まず、ホイロンさん。今日は確か魔物の解体依頼をこなす予定があるそうだけど、今日の仕事の分量的に15時くらいまでは空きそうもないから結構カツカツだな。なら、14時までにさばけるだけさばいて片付けまでして、あとは仕分けるだけにしておこう。大体90分って所かな。
フレリードさんは資源調査に行っているんだっけ? 結構遠いから帰ってくるのも当然遅くなって、そこから報告書まとめはキツイだろうな。それで疲れているのに、次の日は朝からギルド館の外装補修とか疲労がたまる一方で抜ける気がなしない。となれば、これをやっておくか。高くて面倒な所は俺がやって、低くてすぐにできそうな所を残しておけば大丈夫かな。上部の壁はひび割れ凄かったから結構時間かかるかも。2時間くらいとしておこう。
マキシアさんは朝から今月のギルドの支出・収入額のまとめ。経費関連の書類を片端から読んでいくからかなり時間がかかる。午前中で終わればいいのだけど、量次第でまたぐ可能性も十分あるしな。で、午後には依頼料の見直し… 最新の資源管理資料と市場の需要供給資料を見比べて適正価格を設定するのだけど、これまた数字をまとめていくという地道な作業になる。どちらもめちゃくちゃ難しい作業ではないのだけど、連続でやるってなった場合は集中力が持たないし、かなりキツイ。であれば、せめて依頼料の見直しだけでもなんとかしないと… 市場の需要供給の方は数字がある程度出ていて面倒じゃないから、手間のかかる資源管理資料をまとめて数字化しておこう。…あっ、まとめた書類の作成者が俺だと信用されないんだった。…まぁそこはジャックスにしておけばいっか。これで書類内容は信用されるし、あいつの評価も上がる。いやーウハウハですなぁ。…で、所要時間は多めに見積もって3時間ってところ。
やべっ、3人分を合わせると業務時間ギリギリかも。他の人のフォローは諦めるしかないか…)
自分の処理能力の低さを嘆きつつも、これからの段取りを組み立てていく。
数分後、「よし、行くか」と呟いて今日の作業に向かった。




