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8話 役目のある人

 無能の俺とは違って役目がちゃんとある人もいる。それが姉ちゃん( 名はヴィエネ。歳は25。身長170cmほどで黒髪短髪。身体は鍛錬で引き締まっている。男勝りの性格で周りを引っ張っていく様なタイプ )だ。

 身体能力・仁力潜在量が突出しており、年に1度だけ村で開催される男女混合の格闘試合で毎年優勝している。この村で一番強いという事に加え、困っている人にすぐ手を差しのべる優しさもあるので、皆からの信頼は自然と厚くなった。現在は他の屈強そうな男を差し置いて狩りで指揮を取るまでに至っている。皆からは次期村長だと言われているが、本人は否定。ところが、その謙虚さが良いとされて更に皆からの評価が上がっている。

俺も皆の言葉に賛成で姉ちゃんが次期村長に相応しいと思っている。というか、姉ちゃん以上に優秀な人が他に居ない以上そうなるのは必然だ。そんなわけで、姉ちゃんの現在の役目と今後の役目はちゃんとある。


 いつも期待以上の活躍をみせる姉ちゃんに対し、偶に「やっぱり天才は違うなぁ」という人が居る。俺はこの言葉に対し、毎回心の中で『姉ちゃんは全然天才じゃない』と怒る。姉ちゃんは天才じゃなく、凡人だ。その理由は姉ちゃんの一日の過ごし方にある。


 朝。外がまだ薄暗い内に起床して村外周の走り込みに出かける。聞くと、俺が走り込みを始めた時期よりも前からやっており、いつから始めたかは覚えていないらしい。物心つく前から誰に言われるまでもなく体力づくりを始めるのは異常だと思う。

 走り込みでついていけるのは最初の10分だけで、そこからは差が徐々に開き始めて見えなくなり、最後には周回遅れにされる。ここまでなら年期の差ということでショックは受けないのだが、姉ちゃんはただ走り込みをしているわけではなく仁力を自分にかけている。自分に仁力を加えると、筋肉が圧迫されて動きは相当鈍くなるはずだが、それありきでも俺より速いのだ。なお、その状態での鍛錬は通常の走り込みより運動効果が大きいとの事。こんなのを続けられたら、そりゃ差もつくって。

 朝食後は、村の重役会議に参加。ここでは冬季に備えての食料の備蓄や魔物への防衛対策など村人の生活に関わる問題が提議され、その解決案を議論している。狩りや採取で指揮を取ってつねに現場最前線で物事を見ている事もあり、父曰く姉ちゃんが参加するようになってから会議の進行が早くなったとの事。


 昼は薬草採取組5人の護衛も兼ねて森へ。で、3時間ほどで帰ってくる。あくまで俺の記憶内だが、姉ちゃんが同行した採取組で怪我を負って帰ってきた人を一度も見た事がない。ちょっと森に入れば魔物が普通にいるので、遭遇確率は高く危険。そんな中、怪我がないという事は、魔物に対して圧倒的優位となる力を持っているからに他ならない。

 余った時間は、狩りや採取の知識を子供達に教える先生のような事をしている。というか、子供達から“ヴィエネ先生”と呼ばれ、慕われているので立派な先生だ。


 夕方。夕飯までは特殊銃を使った的当て訓練を行う。この時、胸当てや篭手などの特殊防具も装着。これらは魔石が混合されており、仁力を込める事で硬度が増す性質を持っている。魔物の攻撃を生身で受ければ致命傷だ。よって、それを防ぐ為に戦闘中は防具に仁力を供給し続けることが必須。かつ特殊銃での攻撃も並行しなければならないので、たとえその戦闘が10分ほどだったとしても、それに伴う仁力消費量は多い。つまり、めちゃくちゃ疲れるという事だ。

狙う的の方もユニークで、ただの薄っぺらな的は使わずに厚さ50㎝の鉄製的やひらひらと薄い紙のように風に舞う的などがある。これらの的当てを毎回仁力がなくなる一歩手前まで行うのだが、この後からが強烈。なんと、その仁力がなくなった精神疲労限界の中で両手両足に10kg重りをつけて走り込みを行うのだ。しかも走るペースは朝の時より速い。一応俺も同じように重りを装着してついていこうとするが、ほぼ全力疾走に近い状態なのもあり、2分ほどでばてる。最初の頃は10秒でばてていたのでこれでも少しは進歩したのだが。そんな情けない俺とは違い、姉ちゃんはその状態で20分くらいの疾走維持が可能。ただの化け物である。しかもこれを毎日やっているときたらもはや化け物を越えた何かである。

そんな化け物は、俺が全力疾走を30秒にして何本かに分けて出し切ろうとしているのをみて「男なのにそんなものなの?」と息を切らしながら勝ち誇ったかのように笑って話しかけてくる。


「…そんなものだよ」

「情けないわね」

「うん。情けないよね」

「それなら別にやめてもいいんじゃない? できない事を続けてもそうやって落ち込むだけだし、意味がないわよ」

「やめないよ。俺は無能で、できる事よりできない事の方が圧倒的に多いから、できない事が普通なんだ。だから、そのできない事に対して、自分なりにすっきり行く形で“できない”って思いたいんだよ」

「つまり、自己満足だけで続けているってわけ?」ニヤ

「そうだよ! 悪い?」

「全然。でも、それならもう少し粘ったらどうなの? まだできるでしょ?」ニヤニヤ

「そのつもりだよっ!」


 姉ちゃんの煽りのおかげで3本おかわりして無事に地面へぶっ倒れる事ができた。

 姉ちゃんはこうして俺の事を煽ってくる事がよくある。まるでそうすることで俺の気力を振り絞らせることができると分かっているかのように。

 無能の弟を持つ有能な姉。しかも周りからの評価も高い。そんな立場であれば、俺の事を疎ましく思っていても納得がいくのだが、そんな素振りを一度も見た事がない。いつも弟を弟として時に厳しく、時に優し……くはないが一応人として扱ってくれる。そんな俺の事を無視しないでくれる村の数少ない人間の1人だ。


 さて、姉ちゃんの1日を説明したわけだが、天才要素はあっただろうか?

 俺の中で天才は、未習得の技術をちょっと見ただけですぐに習得する人としている。それを踏まえると、姉ちゃんの行っている行動は逆だ。普通の人が耐えられないような強度の鍛錬をこなしている。それも毎日。天才ならば、ちょっとやればできるので努力する必要がないはずだ。だから、姉ちゃんは天才じゃない。ただの努力家の凡人だ。ただ、だからこそ尊敬する。

 スタートラインは皆と変わらない所だったが、そこから自分で険しい道を選択し、自己鍛錬を図ったのだから。誰にでもできたけど、結果誰もがやらずに諦めていったコースを走り続けたからこそ今の姉ちゃんの実力がある。なので、それを“天才”と言う言葉で片付けられると、その頑張りを知りもしないで表面だけで適当に評価した感じがするので、姉ちゃんに対して失礼だからやめてほしい。しっかりとその人を見ているならばそんな言葉はでないはずだから。

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