76話 あれのあと
退院したジャックスがドーベンに報告中。
「魔人を逃がした? 倒したのではないのか?」
「はい。気絶していたので最後まで確認していませんが、彼が“逃がした”と言っていたものですから」
「…そうだとすると、なぜあいつは“倒した”と嘘をついたのだろうか?」
「嘘…? そもそも“倒した”って何です?」
「…ああ、あいつからお前が魔人を倒したと聞いていてな」
「何ですって!?」
「…その反応、やはり嘘だったか」
「ええ、大嘘です。確かに狙撃で一度は倒しましたけど、結局再生されましたし…」
「では、それを評して“倒した”とわざわざ表現したのだろうか? これなら一応嘘にはならない」
「…だとしても、かなり苦しいですよ。僕はそれまで彼が弱らせて、チャンスを作っていた所へ仕上げに入っただけですから」
それを聞いてなぜかドーベンが笑い出したので、呆気に取られるジャックス。
「…いやぁ、すまんすまん。本当に嘘だらけだと思ってな」
「どういう事です?」
「…ざっくり言うとだな、あいつからはお前が老人・子供を庇いつつ勇敢に戦って倒したと聞いている」
「そんな馬鹿な… 彼等を安全な場所に非難させたのは彼だし、僕が銃弾を揃えて戻るまで勇敢に戦って時間稼ぎしていたのも彼だ。それに僕が負傷で動けない時も、魔人を攻撃で誘導して僕から距離を離してくれた… 全て逆ではないですか!」
「フフ…確かにその通りだ」
驚愕するジャックスに反し、落ち着いた様に微笑むドーベン。どうやら彼は、真相の8割以上は掴めたらしい。
「どうしてこんな嘘を…」
「なあに、簡単だ。あいつはお前の評価を上げるだけ上げて、自分に目がいくのを防いだのだよ。お前の凄さが際立てば、誰もあいつを気にしなくなるからな。もっとも、あいつがお前の事を評価しているのは本当の事でそれを伝える熱量も本物だったことだろう。そんな天然部分も混じっているからこそ、この嘘は余計にタチが悪いものになってしまった」
「“評価されてほしい”という善意が根本にあるから、嘘を怒ろうにも怒れないという事ですか…」
「そういうことだ」
「…加えて彼は他の皆にも同じ嘘を伝えていますよね? すぐに嘘を正したい所ですが、そんな事をすれば、僕が謙遜しているように見えて逆に彼の嘘の信憑性が増してしまう。ここまでが天然だとしたら“タチが悪い”の域を越えていますよ…」
何かに完敗した様な力のない笑顔をみせるジャックス。そんな彼にドーベンが尋ねる。
「もう一度確認するが、あいつは民間人を見捨てずに戦ったわけだな?」
「はい、そうですが…?」
(よかった…じゃあ、あいつの本質は――)
「どうかしました?」
「いや、何でもない」嬉しそうな顔をするドーベン
(その顔は、何でもないわけないと思うけど…)
「あっ、そういえば彼の話の中で本当の部分も見つけましたよ」
「何…?」
「彼に僕が気絶したあとどうなったか聞いても、『逃がした』しか答えてくれず、濁らされるだけだったんです。僕にはそれが不自然に感じた。で、戻って来てみると『倒した』事になっている。しかもそれを自信満々に報告しているわけじゃないですか。もしまだ魔人を逃がしていたのなら、すぐに近辺の町でまた人さらいが起きるでしょう。そして、その報告がこの町にくれば、僕の『魔人を倒した』という評価は一瞬にしてなくなり、人々から大嘘つきのレッテルを貼られてしまう。彼がそんな事を許すと思いますか?」
「許さないだろうな。待て、という事は――」
「そうです、彼は倒したのです。倒したからこそこの嘘を、自信を持ってばら撒いているワケですよ」
「なるほどな… しかし、嘘の中に真実も混ぜるとは、分かりにく過ぎる。相変わらずあいつは面倒だな…」
「同感です」
ドーベンは呆れるも、ジャックスは嬉しそうに笑った。
その日のギルドでの休憩時間。
中堅男性職員が、黒髪長髪の眼鏡をかけた中堅女性職員に「フレリード、今日は随分とご機嫌ね」と声をかけられる。
「ジャックス君にこの前の話を聞いて、答え合わせをした後だからね。聞きたい?」
(長くなりそうだから聞きたくないし断ろ――)
「もぉーマキシアは聞きたがりなんだから。分かった、特別に聞かせてあげるよ」
(何も言ってねーし! おいこら、椅子を引くな。長期戦確実じゃん)
不機嫌ながらも素直に座ってあげるマキシア。本質は善い人の様だ。顎に手を置いてあからさまに怠さをアピールする姿は別として。
フレリードはそんな彼女には目もくれず、楽しそうに語り出す。
「結論から言うと、彼の話はやっぱり嘘だった」
「彼って、レトー君の事ね」
(会話始めていきなり結論とか、唐突過ぎて訳分からんわ。私じゃなきゃ理解できないでしょ、これ)
「そう。ジャックス君は魔人との戦闘に関しては何も答えてくれなかったからね。調査報告に関してはちゃんと話してくれたのに」
「触れられたくないからでしょーね。で、それがどう嘘と関係するの?」
「魔人を倒した事は、とてつもなく良い事だ。それを、悪い事でもしたみたいに黙るのはおかしいだろ? この反応はどうみても後ろめたさを感じている時の反応。自分が『魔人を倒した』と言う事に負い目を感じている。つまり――」
「彼が魔人を倒していないかもしれないって事ね」
「それ、俺の台詞!」
「あっ、ごめんごめん」(ざまぁ)
「まぁいい。まだこの話はもう一段階飛躍するからね。ふふふ…」
(キモいんだけど。つーか、はよ話せっての)
「突然ですが問題です。ここで人さらいの話が彼等が魔人と遭遇した近辺の町から流れてきた時、ジャックス君の評判はどうなるでしょうか?」
「地に落ちるでしょーね」
「正解! さっすがマキシア、分かってるぅー」
(うざっ。つか、今の問題は誰でも分かるだろ)
「これで魔人を倒した事になれば、ジャックス君が嫌な目に逢う事は分かったと思う。そこでさらに追加でもう1問。普段から気遣いを絶やさないレトー君がそんな友人を裏切る様な嘘をつくでしょうか?」
「つかないでしょーね」
「大正解!」パチパチ
(答えたというより、答えさせられたって感じだし、ほぼ誘導尋問じゃん)
「加えて、彼は自分が魔人との戦闘で足手まといになったと言っていた。普段気遣いする人間が足手まといのまま終わるわけがない。そして、それを示すかのように彼は傷だらけの姿で帰って来た。つまり――」
(また分かっちゃった。言おうかなー? …でも今回はさすがに譲ってあげるか)
「魔人は2人で協力して倒したという事だよ」
「そーだったんだー すごーい、良く分かったねー」
「なーに、日頃から推理していればこれくらい朝飯前さ」
(ちなみに今は昼飯前な)
「2人のこの友情プレーは戦闘が終わった後も続いている。レトー君は自分の手柄を全て譲る様に差し出した。ジャックス君がそれを否定すれば、レトー君の善意を踏みにじる結果になるからこそ言えない。このお互いを想い合う行動こそまさに友情。素晴らしいとは思わないかい?」
「そーだね」(若干ジャックス君に押し付けられた感じになってね?)
「そこへ更にギルド長の優しさが加わる」
「あーこないだ『あんな傷だらけの奴、休ませんわけにはいかんだろ』って言ってたやつね」
「そう。この時点でギルド長は察していたんだ。彼が嘘をついていた事に。気づいていたけど敢えて問わない。これもまた友情…。そして、ここにも1人察していた者がいる」
「えー? 誰だろー?」(めんどくさ…)
「こ・の、俺だよ!」グッと握って親指で自分を指す。
「へーじゃあそれもまた友情ってことだね」
「そのとーーり!」
今回はキリのいい所で休憩時間が終わらず、時間いっぱいまでフレリードに拘束されるマキシア。そんな自分を『今日の私、可哀そ…』と心の中で慰めるのであった。




