75話 いつものあれ
閉館間近のギルド館、そこへ滑り込むようにして入ってくる男が居た。男に気づいた天然パーマでメガネをかけた気の優しそうな中堅の男職員が声をかける。
「レトー君? どうしたのその傷?」
「ちょっと派手に転んだだけです。それより、おやっさ…ギルド長はまだ居ますか?」
「え? ああ…まだ部屋に居るよ」
「よかった。間に合った…」
「間に合った…? あーそういえば、ジャックス君と資源調査に行ってたんだっけ?」
「はい。 …えーっと、ジャックスなんですけど、ワケあって入院中です」
「入院…!? 一体何があったの?」
その反応を見てニタリと笑う。
「いやーとんでもない事がおきましてね。…何と、ジャックスが魔人を倒したんですよ」
「魔人を…!? 魔人って、あの魔人で当ってるよね?」
「はい、あの魔人です」
「それは凄い…! 魔人を倒せるのなんてドーベンさんだけだと思っていたからなぁ。彼の事は昔から強いとは思っていたけど、まさかそれほど強くなっていただなんて…」
「ちなみにこれからもっと強くなると思いますよ」
「だろうねぇ。…ところで、その強くて凄い男がなぜ入院を?」
「実は俺が足を引っ張ったばかりに怪我を負って… でも、ご心配なく! あと、3日で帰って来ますから」
「入院はそういうワケかぁ。 ん? “足を引っ張った”って事は君も魔人と戦っていたって事?」
「はい、一応。ただ、ジャックスの足枷になっていただけで、何の役にもたたなかったですけどね」ニコリ
「そっか…」
その後「ではっ!」と気分よく言って、中堅職員と別れたレトーはギルド長の居る部屋へ。そこでも先程職員にした説明と同様の内容を話す。
「―—というわけです。やっぱ、ジャックスって凄いですよねぇ。まぁいつもですけど」満面の笑み。
「そうだな…。で?」
「…はい?」
「 『で?』と聞いているだろう。分からんのか?」
「…? すみません。さっぱり分かりません」
「はぁ… 分かったもういい…」
「そうですか。ではこの辺で――」
「ちょっと待て。まさかこれから調査の報告書をまとめる気ではないだろうな?」
「え? そのつもりですけど」
「今日は帰って寝ろ。そして明日は休め」
「どうしてです? 俺今日はほとんど何もしていないし、体力有り余っているからまだまだ働けますよ?」
「いいから従え。ギルド長命令だ」
「…でも、報告書をまとめないと――」
「記録書があれば他の者でもまとめられるから大丈夫だ。だから、記録書を提出して早く休め」
その後、数分間ウダウダと粘るものの「命令だ」の一点張りと圧が揺らぐことはなかったので、彼は渋々記録書を渡して帰って行った。ドーベンは部屋を出て行く彼の姿をみて特大のため息をついたそうな。
次の日、出勤日が休みになって暇になった彼は薬屋に来ていた。
急に来たというのにジュリの方は驚く事もなく「来たからにはちゃんと働けよ」と釘を刺す。対してコラルドの方は驚いていた。
「今日って職員の仕事がある日でしたよね?」
「ああ、そうだよ…」
えらく落ち込んだ様子にハッと気づくコラルド。
「…まさかクビにでもされたんですか?」
「そうだと良かったんだけどな…」
(じゃあ、違うって事か。では、何に落ち込んでいるんだろう?)
複雑な男の思考に合わせつつ、何か疑問解決の糸口になる様なものを探す。すると、男の体にやたら擦り傷が多い事にようやく気づいた。
「その傷… 昨日何かあったんですか?」
「…よくぞ聞いた!」
(急に元気になった)
「なんと、ジャックスがあの魔人を倒したんだよ!」
その後、ジャックスの活躍をこれでもかと聞かされるコラルド。その勢いに押され、ただただ笑顔で相槌するしかなかった。
「―—最後にハチの巣にしてみせたのは痺れたなぁ」
「はは、さすがジャックスさんですね」
「そうだろう、そうだろう。分かっているじゃないか、君」
(さっきからずっとこの調子だ。ジャックスさんの活躍描写を畳みかける様に話す。何かに焦っているような感じ…まるで知られちゃいけない別の何かを隠そうとしているみたいだ。…って事は、“いつもの”だな)
途端にコラルドの顔から笑顔が消えて相槌もなくなり、一気にシラけた顔になった。それに気づいたレトーは、思わず尋ねる。
「どうした? 奴の活躍秘話はまだまだこれからだぞ?」
「いや、そろそろ仕事しなきゃと思いまして」
コラルドが顎でジュリの方を指す。
彼女から魔人並みの圧が発せられていた事でレトーの顔が一気に青ざめ、そのまま急ピッチで仕事に入った。それを見たコラルドはクスリと笑いながら自身も仕事に入る。
ジュリが魔人ギレしていた原因は、仕事に入らずにしゃべっていた事以外にもう一つあった。それはレトーがこの店に入って来た時の態度にある。
(シレっとした顔で来たからただの臨時休養かと思っていたけど、全然そうじゃなかったじゃん! 昨日魔人とやってんじゃん! そりゃ休みにもなるわ! ってか、何でそれを開口一番で話さないんだよ! 魔人と戦って生きて帰って来るだけでもえらい事なのに、倒して帰って来るなんてなったら一大事よ? 町の号外ものだよ? それをこいつは…! コラルドが聞かなかったら多分そのまま仕事入っていただろうし、それを想像すると倍でムカつくわ! あーぶっ飛ばしてぇ!)
怒りを手元の塗り薬のこね作業にぶつけつつ昇華……は、できなかった。
(もっとムカつくのは昨日の話の内容だよ。『足手まといになった』以外、一つもお前の行動を話してないじゃん! 一緒にいて詳細にその時の様子を話しているからどれだけ近くに居たかが分かる。だからこそ、それがめっちゃ不自然なんだよ! 居たのに居ない感じでしゃべるって事は、また“あれ”しかないじゃん! だぁーもう! こいつ、めんどくせー!!)
この後、ジュリは「ちょっと気分悪いから出てくる!」と勢いよく作業部屋を出て行ったが、午前中は戻らなかった。この午前中、残された2人が平和で幸せな時間を過ごしたのは言うまでもない。




