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74話 無意識の力

 自分の力が最も発揮されるのはどういう時だろうか?


 気分が良い時、頭がスッキリしている時、緊張していない時など様々。

 だが、これらはすべて自身のその時感じた“気持ち”という酷く曖昧なものを媒体にしている。気持ちという概念には内容がほとんど無い為、明確な意味や定義などの縛りはない。要はおそろしく適当な言葉というわけだ。

 ところが、人はそんな曖昧な言葉を崇拝しており『今日はやる気がないから何もしない』『気分がのったらやる』の様に自ら“気持ち・気分”という曖昧な概念に縛られるのを好む。 

これは他の動物からしたらかなり滑稽な思考回路である。そして、これに振り回されて自身に行動制限をかけている事に関しても。


 これらの事から少なくとも気持ち・気分が、自分の力の発揮とは関係していない事が分かる。

逆に、そういったものに縛られていない時こそが自身の力を発揮できる可能性が高いのではないだろうか。その理由として、気分・誘惑・意欲などの無駄な情報が全てカットされれば、目の前のやるべき事にしか目のいかない状態になるので、強制的に集中モードに入れるからだ。

この欲求に振り回されていない状態は“無意識”と呼ばれる。無意識と言われれば『何も考えてないわけだから意識している時よりもまずい状態じゃね?』と思われがちだが、そうでもない。なぜなら、人が成功して成果を出す時というのは大抵この無意識の時だから。

 意識が働くと『いつもよりうまくやってやろう』『完璧にこなして評価されたい』などの欲求が発生しやすく、これが精神的な縛りとなって緊張を生んでしまう。結果、失敗しやすくなり、思った以上の成果をあげられない。


 普段の練習ではうまくいっているはずなのになぜ本番で失敗するのか? 


 それは『もっとうまくやろう』と、普段の練習では考えなかった事を新しくやろうとするからだ。新しい事を急にやろうとするわけだから、急な無茶ぶりに体が適応できずに失敗するのは当然の結果だ。できる事以上のことはできないわけだから。

 

 普段の練習は“できる”を淡々とこなす作業。この時にあれこれ考えながらやっている人は少なく、重要なポイントだけを抑えてやっているはず。つまり、練習している時はほとんど無意識というわけだ。


 本番も練習も一緒。結局できる事以上の事はできないのだから、無意識に任せていいのだ。そうして結果を意識しないでいくと面白い事がたまに起こる。意識的制限がかからない状態で挑む形になることで行動に余裕が生まれ、その余裕分を吐き出す様に行動の精度を勝手に改善していくのだ。それにより、思った以上の成果があげられる事象が発生する。


 このように、無意識は潜在能力を引き出す可能性を秘めている。どうせ意識的にやっても無意識以下になるわけだから、始めから無意識に任せてしまった方が楽である。


 レトーはこの“無意識”の使い手である。父親の説法からこのヒントを得て、普段から『自分がどの状態の時に一番力を発揮できるか』を考え続けた結果行き着いた。考え続ける事ができたのは彼が無能で他の人よりも効率的に努力しなければいけない状況にあったからだろう。


 彼の普段の練習は壮絶だ。姉の鬼特訓のキツさをそのまま引き継いだせいで、常に限界よりちょっと上まで追い込む様、頭の中にインプットされている。息が激しくあがって、呼吸が辛くなってきてからが本番。そこから更にもう一段階キツさを越えなければならない。

 

 奇しくもその状況は、現在彼と魔人が戦っている状況と同じである。


 よって彼は今、“無意識”を発動していた。


(こいつの体力は限界だったはずだ。それが、ちょっと休んだ程度でなぜここまで動き続けられる? なぜ呼吸が粗いのに動きが鈍くならんのだ?)


 オヌキスは顔に出さないものの内心驚いていた。その答えは彼の無意識にあるのだが、今のオヌキスがその答えに行き着く事はないだろう。

 とっくに倒れているはずの人間が倒れないどころか、逆にこちらを倒そうとしてくる奇怪な状況に混乱。これにより、確実にオヌキスの精神力は削られていった。

 それは体力も同じで、いくら麻薬によって一時的に増強しているとはいえ、再生を高頻度で繰り返させられれば、体力は尽きていく。状況を変えて立て直そうとするも「こんなものなの?」「強者が奪われるなんてダメダメじゃん。それじゃあ、弱者と一緒になっちゃうよ?」などと煽られ続けた為、思考の集中を削がれていた。


 それが続いた後、とうとうオヌキスに変化が起こる。


(再生が遅くなってきた。という事はそろそろ薬切れか… やむを得まい)


 自身の限界を悟り、イシツブテをまき散らしながら撤退した。


◇◇◇



 リージェという町の小さな病院。


「で、結局逃がしたわけかい?」

「ああ」


 あれから老人・子供と合流し、気絶していたジャックスを急いで病院へ運んだので、彼の処置は間に合った。元々止血処理をしていたのも効いて、そこまで容体はひどくならずに3日後に退院できるそうだ。


「僕に構わず仕留めてくれればよかったのに」

「いや、構うだろ。お前みたいな有能な奴はまだまだ生きなくちゃいけないからな」

「それは嬉しいのだけど、奴を生かしておくことで他にも多くの有能な人物を失う可能性があると考えてごらんよ? やはり仕留めておくべきだったと思わない? 折角あと少しの所まで追い詰めていたのに勿体ないよ」

「その件に関しては問題ない」

「どういう事…?」

「さぁな。何でもないよ」


◇◇◇



 オヌキスは草原から大分離れた洞窟で静かに座って回復を待っていた。


(思った以上に重傷だ。再生も遅い…。今夜はここを動けんな……)


 憂鬱になっていた彼の膝の上にポロッと何かが落ちた。

 

 それを何か確認しようとすると、右目の視界が暗い事に気づく。

 違和感を覚えながら左目でそれを確認すると――


 それは眼球だった。


 もしやと思い慌てて自分の右目を確認すると、空洞になっている。

 途端に激痛が一気に押し寄せてきた。耐える為、拳を握っているとまたしても膝の上に何かが落ちる。それはミミズのような形でウニョウニョと気持ち悪く動いている。これには彼も見覚えがあった・


「サイデンチュウ… どうしてここに…?」


 野生動物の肉を生で食べたり、川の水を飲むなどといった経口侵入を許すような行動はとっていなかった為、それが自身の体内にいる原因が分からなかった。


「いつ侵入した? いつその機会があった?」


 必死に思い出そうとするも思い出せない。頭をかいている間も、自身の耳の穴、鼻の穴、しまいには腹を突き破って虫が元気よく飛び出していた。


 薄れゆく意識の中である人間の言葉を思い出す。


――『いや、狙いはばっちりだよ』


「まさかあの時には既に…? ならば、狙いというのは“これ”か…?」


 彼はその人間の真の狙いに気づく。その狙い通りなら、そいつはわざと再生が必要となる攻撃を多用する事で、虫から注意を逸らしつつ、再生によってうまく体内に侵入させていたことになる。そして、侵入を成功させた後も攻撃を続けたのはこちらの体力を削る為。これにより、仮にあとで虫に気づいて寄生部位を切断して処置を行おうとしても再生する体力が残っていないので何もできなくなる。


 そして唯一できるのは、死を待つ事だけになる。


「笑えるなぁ… 弱小の人間に殺されるなんて… いや、奴は少し違うか……」


 腹周りが喰い散らかされ、上半身が地面に落ち、下半身と完全に分離する。


「奴は…弱小のフリをした……者よ」


 脳が喰い散らかされた事で今度は意識も分離した。

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