72話 本来の運命
突然言葉を発した人間にオヌキスが質問する。
「弱い? お前の事か?」
「…そうなるね。それと、これからあんたもそうなる」
(意味の分からない事を言う人間だ。とても先程の様な攻撃を仕掛けてきた人間とは思えん)
「あとさぁ、人質とって浮かれている所申し訳ないけど、俺にそれは関係ないよ」
「いや、あるだろ。現にお前はこれに釣られてノコノコ出て来たわけだからな」
「違う違う。当たんなくなってきて道具を無駄にしたくないから、当てやすくする為に出て来ただけだから」
「ほぅ…」
オヌキスが悪い笑みを浮かべた後、掴まれていた子供の右肩が突然かける。そこから血が流れ落ち、子供が激痛に悲鳴をあげた。右肩の欠片は魔人の口の中で咀嚼され、ぺッ!と地面に吐き出される。それを見て老人も悲鳴をあげた。
この状況で静かだったのはオヌキスと――
(表情に1つも変化がみられない。『関係ない』と言ったのは本当だったのか? …いや、そうであるならあの道具で攻撃を仕掛けてくるはず。そうしないのはこの人質にはまだ価値があるという証拠。つまり関係ありというわけだ。…となれば、その表情はやせ我慢という事か、健気だな)
勝ち誇った顔のオヌキスにレトーが声をかける。
「その右手、おかしいと思わない? 魔人の再生能力ならとっくに治っているはずだよね?」
「…それがどうした?」
「実は君の右手を破壊した爆弾には特殊な毒を仕込んでいてね。毒の効果が広範囲に拡がらない欠点はあるけど、付着した部分の代謝機能を急激に落とす利点があるんだ。要は自然治癒能力を下げるって事ね。いやー魔人に試すのは今回が初めてだったから、こうして成功して良かったよ」
「私の右手が未だに治らないのはその毒の効果という事か。いやー実に結構。人間の分際で魔人の右手を封じるなんて素晴らしいじゃないか。…だが、それだけだ。右手一本なくても貴様の様な雑魚はいつでも殺せるし、盾もある。私が貴様に負ける要素など何一つない」
見せつける様に子供の体を自分の前に突き出す。
「だからそれ、関係ないんだって」
呆れた顔をしながらポケットから爆弾付きカブリトンを取り出し、振りかぶる。
(ただのフリだ。本当に投げるわけがない)
「おいガキ、しばらく目瞑っとけ。ちぃーっと痛いぞ」
その言葉と共に投げられたカブリトンはオヌキスを『本当に投げやがった。こいつ本気だ』と驚愕させたが、そこはさすが魔人。抜群の反射神経をみせてかわす。続いて爆発による爆風を恐れて距離を取ろうとするが、今回のカブリトンはまっすぐ飛んでいくだけだった。
(爆弾はフェイク? ということは…!)
突如自分の真横に現れた人物から袋を顔に当てられる。袋は破裂して粉をまき散らした。
その粉が目に入るとオヌキスの眼球が燃える様に熱くなる。激痛で目を開けていられなくなって悶え続けた。どうやら先程の粉は灼熱草を粉末状にしたもののようだ。
一方、レトーは子供を回収して老人と合流。灼熱薬とヤックリ薬を使って2人の負傷箇所の応急処置を済ませた。
「おにぃちゃん、たすけてくれてありがとう」
「儂からも礼を言う」
「…助けてはいない。本来あるべき軌道に戻しただけだ」
「……?」
「ここからはあなた達次第」
そう言って紐をそれぞれ2人の腰に巻き付けていく。
2人が疑問に思っている内に眼球の復活したオヌキスがこちらに向かって走って来ていた。それに向かって、レトーがカブリトン2匹を投げる。「幸運を」という謎の激励を添えて。
「数を増やそうが一緒だ。当たるか、そんなもの」ヒラリとかわす。
「でしょうね。“そっち”が狙いじゃないもの」
「何だと…?」
すると、先程よけたカブリトンの軌道上を追う様に老人と子供が地面をかすりながら飛ぶように移動していく。オヌキスはこれを見て、ようやくレトーの狙いを理解した。
「ちっ、逃がすか!」
「いや、逃がしてやりなよ。それが彼等の元々の運命なのだから」
2人を目で追った隙にレトーがすかさず爆弾を投げ込み、爆風でオヌキスを反対方向へ吹き飛ばす。その後も態勢を整わせまいと次々と爆弾を追加した。
現在使用している爆弾の爆風には粉末状にした灼熱成分の他にソックリ草の麻痺成分も含まれており、それらがオヌキスの皮膚に付着する事によって確実に弱らせていった。
が、毒蛾の毒爆弾と違い、こちらの粉末爆弾は広範囲の為、使用しているレトーも弱体化させていき動きは鈍くなる――はずなのだが、彼の動きは鈍らなかった。それは毎日の様に爆弾の使用練習をしていて慣れているからだ。
所詮慣れなので、しっかりと麻痺や火傷は聞いているのだが。今の彼にとってそれはどうでもよい事。目の前の敵を可能な限り弱くする事しか頭になかった。
それから10分経過。
ハイペースで粉末爆弾を使いまくった為、とうとうすべてを使い果たしてしまう。
怒涛の投げ込みが終わって、急に静かになった事でそれをオヌキスは察する。だが、まだ何か隠し持っていそうな気がした為、少し牽制しながら遠距離攻撃として石を思い切り投げる。すると、何の反撃もなく対象の左足首を貫通した。
(なぜ避けない? なぜ反撃してこない?)
その答えは地面に倒れる対象を見てすぐに分かった。
息を切らして、足や腕が痙攣している。
重なり続ける火傷や麻痺、疲労に耐え、レトーの体力・精神力は既に尽きてしまったようだ。
その状態でも尚も歯を食いしばりながら、もがいて立ち上がろうとする姿は、オヌキスにとっては滑稽の的でしかなかった。
そんなレトーの目にキラリと光が差し込んで目を瞑る。そして、それが余程心地よかったのか、力なく笑った。その様子を見てオヌキスが嘲笑する。
「“最後”に笑うか… 本来なら勝ってから笑うものだぞ?」
「ああ、“だから”笑った」
次の瞬間、連続する銃声と共にオヌキスの体に無数の穴が開いた。




