7話 俺の役目って何だろう?
ココエト森の奥地。ここに人口50人ほどの小さな村がある。木造の家が立ち並ぶ村の名はココヤト。薬草が特産物のどこにでもあるような村だ。今回はそこに住むどこにでもいなさそうな少年に注目していこう。
◇◇◇
俺の名は…って名乗るほどの者ではない。
なぜなら、無能だからだ。
この村では5歳の時に仁力測定が行われる。水晶の様に丸く加工された魔石に仁力をこめると赤黒く光り、その光量で潜在仁力量が測定可能だ。他の子が順調に光らせる中、俺だけが唯一無反応。つまり、仁力なしということが分かった。仁力は人によって大小があっても誰にでもあるものなので、なしは特異とされる。前例がなく、その内発現するかもしれないということでその場は流れた。が、毎年測定しても結果は同じで、歳だけが15歳と変わった。
魔物の耐久力は高く、銃や剣など普通の武器では対処不可。よって、仁力がなければ、魔物を倒せない。そして、この村周辺には魔物が住んでおり、つねに襲われる危険がある。この2つの点から仁力がないとこの世界で生きていけない事が子供でも分かる。そしてそんな役に立たない人間を無能と呼ぶことも。
同じ年の子が大人の魔物狩りに参加して経験を磨いていく中、俺は彼らが次に使うであろう武器の不備個所を修理し、磨いて整えるくらいしかできない。昔は『何で俺には仁力がないんだ』ってよく悔しくなって泣いたものだ。
俺には3つ年の離れた姉と両親がいる。で、父が村長。この親権限のおかげで今まで俺は、仁力がないことでの暴力・罵倒などのいじめを受けていない。でも、ほとんどの人達に無視はされ続けているけど。最初はそれが気になっていたけど、今は何も感じなくなった。その理由は、8歳の頃から父が5日に1度夕方に行う説法会に参加しているからだ。
この会は自由参加で毎回10人前後集まり、1時間ほどで終了する。「世は無常。故に自然の流れに身を任せよ」で始まり、「弱い者が強い者に奪われるのは自然の流れで仕方がないこと。これに対し、憎しみを持ってはいけない。すべて流れに身を任せるように受け流すのだ」で終わる。この時、父は必ず俺の方を向いて『分かっているな?』というような目で睨んでくるので、黙って頷くようにしている。これが今は定番化した。
この説法で「見えない部分を見よ」という部分があるのだが、 俺の中で“見えない部分”を人の心や立場というものに変換して勝手に解釈している。それにより、今まで自分を無視している人達の立場で物事を考えることができるようになった。自分がもし彼らの立場だったら『無能の息子に優しくするってことは、村長にこびているようで卑しい』や『将来的に考えて無能と仲良くしてもこちら側に得はなく、保護しなくてはいけないという損だけが残る』と考える。自分も自分を無視するという選択をとるという事。このように納得いく答えが出たので今は何も感じなくてすんでいる。
また、「なすべきことがないと悩む必要はない。なすべきことをなそうがなさまいが、どちらにせよ土に還る運命は同じなのだから」という言葉も気に入っている。人間はどの道死ぬ運命にあるのだから、そこで責任を果たせなかったからどうこうと悩んでいるのが馬鹿々々しいし、責任の有無が発生するのも馬鹿々々しいという考え。これにより、他の子達から置いていかれる感覚に悩まされずに済むようになった。とりあえず、自分がなすべきことが来るまでどっしり待機していようと思う。
無能になすべきことなんて発生しないだろうけど、万が一発生した場合に動ける状態でないと困る。無能だからこそ心配事も多いし、準備もたくさん必要だ。
俺がそう思って始めたのが、朝の1時間ほど走り込みだ。とりあえず、何をするにしても体力があった方が良いと無能なりに考え抜いた答えである。走る場所として森の中は危ないので、村の外周を走っている。1か月ほど走って慣れてきたら息の上がりやすい変則走も行うようにしたり、足場の悪いところをわざと走るなどして、心肺機能向上に努めた。
これを10歳の頃から始めて5年間続けている。そのおかげで体力だけは他の子達の並以上になった。1番にはなれないけど、無能でもやればある程度まではできるのだ。そう考えると、今まで無能だから何もできないと決めつけていた自分が気の毒に感じる。無能だから何もできないんじゃなくて、何もしないから何もできないのだ。無能を言い訳に行動を渋っていただけ。そんな当たり前だけど大事なことに気づかせてくれた走り込みには感謝している。だからこそ、続けているのだ。
走り込みと並行して、次なる準備を始めていた。それは仁力なしで魔物に対処する方法を編み出すこと。倒すことはできなくても怯ませることができれば、狩人達の助けになるのではないかと考えた。これに関しては有効な道具の選定と開発が必要そうだ。あとは唯一の取柄である体力を使って彼らが攻撃を当てるまでの囮となって時間稼ぎができればよいと考えている。
とにかく、実際に魔物と対峙して試さないと何も分からない。そこで、狩人達に狩り同行を相談してみた。仁力の低い者が狩りへ参加できないことは暗黙の了解で決まっているのだが、親権限を酷使して無理矢理参加することに成功。もちろんめっちゃ嫌な顔はされたが。
参加中、狩人の邪魔にならないタイミングでヴェンダちゃん相手に、持ち込んだ道具を使って怯ませるのに有効なものを探る。
まず、ソックリ草の粉末袋。袋ごと投げ、破れて飛散したものを吸わせる。一応効果はあるのだが、麻痺が効き始めるのに10分以上かかった。怯まない上、これなら特殊銃で仕留めた方が遥かに早いので却下。
続いて三日月草( 成長しても膝くらいの高さにしかならない草。葉が三日月の様に湾曲しており、鎌のような硬度と切れ味を持っている。この草に気づかずに藪こぎした人の足が切断される様から別名・足切り草とも呼ばれる )を先端に括り付けて、さらにソックリ草のエキスを塗布した矢を放つ。矢は刺さりはしたものの怯まない。すぐに払われてしまう。が、5分ほどで麻痺効果が見られた。どうやら、吸引より皮膚からの浸透の方が早いらしい。なお、人の場合は皮膚に触れた瞬間に麻痺効果が出るので、それを踏まえると先端が刺されば刺さるほど効果は高くなりそうだ。そこまで刺すのが容易でないことは別としてだが。
他にも色々試してみたが、どれも怯ませるには至らなかった。しかし、何が効いて何が効かないかの感覚はつかめた気がする。このような失敗の経験をくれた狩人達には感謝だ。これからは自分なりに有効な道具を改良していこうと思う。なので、もう狩り連れていってほしいとねだることはない。狩りの同行はこちらが迷惑になると考えてとった行動なので、冷たい視線がモロに効いたのもある。
その後、もう同行しないことを知って狩人達が心底喜んでいたのは言うまでもない。
そんなわけで、現在も絶賛準備中。
やることがなんとなく決まってからは日々が充実している気がする。
そんな中、ふと現れる疑問。
俺の役目って何だろう?