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68話 失われた倫理観

 ある日、レトーがドーベンの個室に呼び出される。


「用は何でしょうか?」

「1つ確認しておきたい事があってな」

「確認…?」

「そう、確認だ。…今回のスライム騒動で一人の女性が亡くなっている。この事は知っているな?」

「はい、ジャックスから聞きました」

「それなら話は早い。今回確認しておきたいのはその事についてだからな」

「はぁ…?」

「…お前は女性が亡くなった事に、何か思う所はあるか?」

「別に何も。相手はあのスライムですし、それに襲われて弱者が殺されるのは普通の事じゃないですか?」

(やはり、か…)「では、それに対して悲しみも同情も無いという事だな」

「はい」真顔で答える。

 

(非人道的な言動。本来なら正してやるべきだが、この子の過去を知っているからこそ、それができない。この子が今正気でいられるのは、この弱肉強食思想を心から信じているから。正せば唯一の心の支えがなくなり、過去の悲惨な状況を思い出しては後悔するというのを繰り返し、廃人になってしまう可能性がある。さて、どうしたものか…)


 しばし言葉に詰まるドーベンに、レトーが付け足す。


「あー、俺がもしスライムを誘導した人物なら『何で全スライムを誘導してその人を助けようとしなかった? ひどい奴め』的な説教ってわけですね? そもそも俺、誘導なんてやっていないですし、その説教自体が成り立たないんですけど、一応俺がその人物だったと仮定して返答します。

 助けなかったのは、そもそも助ける必要がないからです。その女性が弱者だった。だから、強い者に命を奪われた。当たり前ですよね? 弱いんだから。どんな時も弱い方が悪い。ただ弱者が強者に奪われるという当然の事象が起こっただけですから、そんな自然の摂理に対しておかしいと思う事の方がおかしくないですかね? 

 まぁおやっさんは超善人だから“救える人間は全員救うべきだ”という気持ちが生まれるのも理解できますけど、それは自分の事を他者に与える事のできる強者だと認識しているからこそ生まれる気持ちですし、弱者の俺には生まれない気持ちなんですよねぇ。

 とりあえず今回は、スライムがどっかにいってくれなければ、もっと死者が出ていた可能性もありますし、それだけの犠牲で済んだのは快挙なんじゃないですかね? だから、悲しんでないでもっと喜ぶべきだと思いますよ?」

「…そうだな」


 力なく返答し、彼を帰した。

 帰した後も難しい顔を続ける。


(あの子は犠牲者が犠牲になる現場に居合わせていない。今まではあくまで想像上の現実。自分の目の前で“それ”を見た時、どう反応するだろうか? …いずれにせよ、選択を迫られる時が必ずやって来る。その時の決断で、自分の本質を知る事になるだろう。あの子はどっちになるのだろうな? まぁどちらだろうがあの子はあの子だ。さっさと受け入れて好きに生きればいい。とりあえず、私がそれを見届けるまでは先に死ぬなよ?)



◇◇◇



 ある日、薬屋の休憩時間。


 レトーがつくっている薬をジュリが眺めていた。


(あの橙色で派手な毒蛾は確かヒトコロガ。普通の毒蛾なら毒針毛が刺さっても皮膚の炎症程度で済むけど、こいつはその程度では済まない。毒に代謝機能を激減させる成分が含まれていて、炎症が人の自己治癒能力で治らずに悪化していくから、刺さった部分周辺を早めに切断しないと炎症が広がって最悪死ぬ可能性もある。

 さすがにちゃんと殺してからここに持ってきているとはいえ、そんな危ないもの持ってくんなっての。幸い、私もばぁちゃんもこの手の事に詳しいから近づかないけど、詳しくない奴がいて、そいつが不用意に近づいたらまずいでしょ? 

 それにしても、こんな危なそうな薬作って何するつもりなんだろ? こいつ、まさか人殺しでも考えているんじゃないだろうな? さすがにそれは考えすぎか…)


 薬を塗られて苦しむネズミを見て「よっしゃ、いい感じだぁ…」とニタリ出す。


(あり得るかもしれない…)


 その不気味な表情に恐怖する。最悪の場合は誰かを殺しに入る前に殺すという究極の選択を迫られるジュリであった。



◇◇◇



 ある日の夕方。町の人気のない林にて、レトーの日課となっている罠実験にコラルドが付き合っていた。

 

 この日は爆弾と糸を使った罠。シンカイコと呼ばれるカイコから作れる糸は他のカイコのものと比べ、強度が高く切れにくい。その為、衣類だけではなく、張った状態で木材を切断するのに使われたりもする。

 今回の罠はその切断能力を活かしたもので、張った糸を対象(今回は岩)を覆う様に張り巡らせ、爆弾で張りの抑え役の木を破壊する事で張りを一気に解除するというもの。


「糸の設置完了です」

「分かった。なら離れようか」


 糸が暴走しても大丈夫なところまで距離をとってから「いくぞ」とレトーが木に向かって爆弾を投げる。木が折れて張ってあった糸の収縮が始まる。その先にあった岩は、音もなくサイコロ状にカットされた。


「いいねぇ」とニタリ顔するレトーと考え込むコラルド。


(何て威力と速さだ。一瞬で岩がああなるなんて… あれが人だったらと考えると恐ろしい。まぁ使うのは魔物に対してなんだけどね。…とにかく、この威力なら小型の魔物は仕留められそうだし、中型の魔物を怯ませるくらいか、うまくいけば致命傷を与えられそうだ)


「でもちょっと物足りないかな。爆弾を使っているのだから爆風もしっかり利用できたらもっと威力が上がるかも。それに、設置に時間がかかり過ぎるのも難点だな。改良の余地あり過ぎて困る…」ブツブツ


(あれで満足しないとか、この人は一体何と戦おうとしているんだろう… 大型魔物が目標とか?) 


「もっとめちゃくちゃにしたいなぁ…」ニタニタ


(うわぁ…)


 何にせよ『間違っても人には使わないでほしい』と思うコラルドであった。

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