67話 職場天国
俺はホイロン。ギルド職員をやっている。以前はクーアの方で働いていたが、そこがいきなりスライムに襲われ、非難したのをきっかけにブダシヤカで働くことになった。噂ではこの町のギルドは評判が良く働きやすい環境だとか。それが本当なら是非とも働きたいと思ってはいた。
でもまぁでも噂だから。世の中、どの業界も同じ様なものだから。ひどい現状知っちゃっているから。そんなわけで俺の脳は噂に対してあまり期待しない様にできている。
だって、期待して裏切られたら辛いじゃん?
だったら最初から期待しない方がマシじゃん?
ここがクーア以上にひどい可能性だってあるし、そうなったら向こうが落ち着くまで我慢してとっとと戻ろう。このように、悪い方で考えておくと心の準備がとっくに終わっている状態で動けるから変に期待するよりうまくいく。これこそ、俺が今まで働き続けて会得した秘技“期待逆張り”だ。
そんな感じで、ギルド職員採用試験に挑んで無事突破。はれてこの町で働く事になった。最初の1週間は中堅の人に付いて粗方流れを覚える。向こうと大して変わらない内容だったので控えめに言っても余裕だった。だからこそ、反動(良からぬ流れ:クレーマー対応の押し付け、経費集計の押し付け、納期が間近になっている依頼処理の押し付け)が恐ろしい。
だが、問題ない。俺はそれすらも受け入れる。そんな『来るなら来いや』モードの俺に死角はない。
え- そんなこんなで1カ月が経ちました。月日が流れるには早いものですねー
えっ? 『何でそんなに脱力しているんだ』って?
そんなの決まっているじゃないですか――
ここが、とんでもなく良い職場だったからだよ!!
『何が良いんだ?』って?
よろしい。
説明してやるよ。
まず、クレーマーが1人も来ない所。これはこの町が冒険者と依頼人を面接で選別しているからだ。このおかげで、クーアでは蟻の数ほど居たクソ客が見事に駆除されている。おかげで客対応が死ぬほどスムーズ。あまりに楽過ぎて最初の頃、感動で思わず泣いちゃったわ。
次に、業務内容がきちんと管理されている所。各箇所での進捗状況をベテラン職員がしっかり把握しているから、適切な人員配置が可能になっているのかと。それによって、納期ギリギリになる案件が減り、皆が余裕を持って仕事できる。そして、その余裕によって仕事の効率が上がって、更にそのような案件の発生率を減らすという正のループが発生。
正直エグイですわぁ、この流れ。俺が前職場で大変お世話になった“社会の厳しさを懇切丁寧に教えてくださった人格者の方々“だったら考えられないよ? あの人達、責任とか仕事を押し付けて場を荒らし回るだけだったからね? しかも自分の失敗を認めない、絶対謝らない、仕事しないのないない人間で終わってる。それに引き換え、ここでは同じ人間とは思えない程優秀な方が上に就いていらっしゃる。頼もしい事この上ないね、まったく。
で、極めつけは他の職員が親切な所。困っていたら、それを察して助けに来てくれるという良対応。前の職場では皆仕事に追われていたから、例え精魂込めて頼もうが助けなんて来なかったというのに…。多分仕事に追われていないから皆そんな余裕があるのだろう。“良い環境は良い人間をつくる”というのは、どうやら本当の事だったらしい。
皆余裕があって視野の広い状態だから、各々が仕事のフォローをし合うという微笑ましくも素晴らしい流れが生まれる。それもあって、ここの職員の人達は気配りが上手過ぎる。正直引く位に。
特にやばいのは、レトー君。シレっとやって来ては、人の仕事を手伝って半分以下の作業量にしてくるし、挙句の果てにはこちらに振られそうな仕事を先読みして勝手に減らしていきやがる。あいつマジ何なん? その行動理由は、俺を推薦した責任を感じているからとか何だろうけど、さすがに過保護。こっちも社会人なんだからそれなりに働くよ?
他にも細かい良い点はたくさんあるけど、長くなるから今回はこの辺で。
俺は今、何十年ぶりの“暇”という状態を堪能している。こんな事が起こるだなんて、1カ月前には想像もしなかった。
ん? 『結局戻る話はどうなったんだ?』って?
あんな地獄に戻るわけがないだろ?
ここは天国。本当に来れてよかった。
スライムには感謝しなきゃいけないな。被害にあった人には申し訳ないけど。
あっ、そうそう。スライム騒動での素晴らしい功績が評価されてドーベンさんが近々ギルド長に就任するんだって。元々現ギルド長がご高齢で後継人を探していて、今回の件がその決め手になったのだと。
でも、これにはドーベンさんや職員の人達が「評価されるべき人物が違う!」って反発。だけど、その人物を公の場で評価してしまうと、その人物がクーアにスライムをけしかけたと疑われる可能性がある。それだけスライムの誘導は難しい事だから。それもあって公では評価されなかった。
あと、当の本人はずっと「スライムの誘導? 俺にそんな事できるわけがないでしょう? 俺は無能ですよ?」と否定し続けていたんだけど、何か全員に無視されてた。確かに彼の言う通りだし、彼が誘導したという証拠が無いから、本来なら否定は通るんだけどね。通らないのは、皆彼の見えない部分を評価しているからなのだろう。かく言う俺もその一人。彼との付き合いは短いけど、あれだけ毎日ちょろちょろ動くところ見ていたらさすがに気づく。
で、結局反発は流されたんだけど、その後ドーベンさんが彼とよく分からないやり取りをしていたのが印象的だった。
やり取りは、ドーベンさんが彼に向かって「お前、ひょっとしてこの為にスライムを1匹だけ残したのか?」と聞くと「何の事ですか? わけ分からないんですけど」と答えるというもの。このあと、ドーベンさんがしかめ面で去るのを彼が勝ち誇った顔で見送ったんだけど…… な? よく分からないだろ?
まぁこんな分からない話は一旦おいといて、これの次の日の話。これが地味に傑作。
昨日の謎の一件で彼は上機嫌で出勤。と、ここまでは一緒なんだけど、彼が作業机で依頼書訂正を行おうとした時に変化が起こった。中堅女性職員が「それやっといたから。貼り出すだけでいいよ」と言って去って行く。彼は目を丸くするもとりあえず言われた通り、貼り出して次の仕事・魔物分布図の更新に取り掛かった。が、今度は中堅男性職員から「もう終わってるよ、それ。いつもの所に貼っておいて」言われる。
この後も彼が作業に取り掛かろうとする度に「やっといたよ」が入る。これにはさすがに「俺に気を遣わないでください!」とブチ切れるも皆華麗にスルー。
その後、彼が負けじと他人の仕事先読み奪取作戦を実施するも、予想の範疇だったらしくわざと奪取されたあとに「やってあるよ」を入れるという見事なカウンターで対処された。
結局、この日の彼は平和な接客をするだけであとはひたすら暇をしていた。休憩時間には職員手作りお菓子が彼に渡され、試食を頼まれる。手作りという事で残すわけにもいかず、食べきる事を余儀なくされた。思えばこれが今日の彼にとっての唯一の仕事だったのかもしれない。
彼がこのような目に合っているのには昨日の事が原因だ。
皆、大体の事情は知っていてお礼を言いたいけど言えない。そのもどかしさで溜まったイライラを全て彼に対する気遣いにぶつけているのだ。
ぶつけられた彼は魂の抜けた様な顔をしていたが、ぶつけきった職員達はスッキリした顔をしていた。




