63話 手懐け切れなかった善人
同僚と合流し、技を使ってしまった事を伝えるドーベン。しばらく仁力が使えず、今後の戦闘で大きく足を引っ張ってしまう事を思ってか、少し申し訳なさそうな表情だ。そんな彼に「お前はすべきことをやっただけだから気にすんな。あとは俺がカバーするから任せとけ」と笑顔で声をかける。これに救われたのか「お前にカバーされるまでは落ちちゃいないよ」と冗談交じりの余裕ある返答をした。
そんな彼らの下に正門へ向かっていた同僚1人が戻って来た。
「こちらは大丈夫か?」
「ああ。さっきドーベンが一匹仕留めたから少し楽になるはずだぜ」
(という事は既にあの技を…)「さすがだな、ドーベン」
「当然だ。それよりもこちらに来たという事は――」
「うん。ちょっと分裂体の相手をしていたらいつの間にか本体を見失っててね。もしかしたら奴らがこっちに逃げて行って、あんたらがそれを押し留めてくれていると思ったんだよ」
「そうか… 通路・水路をずっと見張っているが、さっきの1匹以外は見つけていない。下流側に流れていたとしても、避難誘導組から報告がくることになっている」
「で、その報告は?」
「一度もない」
「って事は向こうも今の所は無事って事かぁ。じゃあ、奴らどこへ行ったのだろう? …とりあえず、また戻って他の連中と一緒に捜索を続けてみるよ」
「ちょっと待て、少し話したい事がある」
そう言って同僚にスライムが知性を持っている危険性を伝える。同僚は「嫌なこと聞いたなぁ。…まぁ気をつけるよ。他の連中にも伝えておくね」と渋い顔をしながら戻った。
多数の分裂体の猛攻をくい止めながら核を所持する本体を見失わない様にするのは困難だ。増してその本体が複数いるとするなら尚更。ドーベンの様に一撃必殺を持っているのなら分裂体ごと仕留める事が可能だが、それを持たぬ者ならば逃がしてしまうのは仕方がない。
彼等は“スライムは仁力を好む”という性質を知っている。なので、自らを餌にして町中くまなく捜索した。しかし、その後はその甲斐もなく、町内で一匹も探し出す事はできなかった。
スライムが外に潜伏している可能性もあったので、避難誘導組に外の安全が確保できるまでは待機する様に命じていた。
(いつの間にか正門開いているし… 誰か外を捜索しに行ったのかなぁ?)
町内を捜索し終わって手が空いた職員は、そのまま町の外周の捜索も始めたが、辺りが薄暗くなってきていたので、この日の捜索は断念。町民を広い集会場に集め、職員が交代で周囲を見張って夜を明かす事にした。
一方、クーア王国はいつも通り平和だった。しかし、ターロの方は内心穏やかではない。10日経過したというのに「戻ったら家で待機していろ」と命じていた魔物使いがまだ戻って来ていなかったからだ。
(家族を人質に取られているのだからすっぽかす事はない。…もしかして、過労で死んだとか?)
珍しく落ち着かない様子で自室をグルグルしていると、執事から「ブダシヤカに集金に行っていた騎士がお話ししたいそうです」と報告を受けた。ブダシヤカの現状を知る人物が現れたという事で急いで騎士の待つ玉座の間へ向かう。
「こんな夜分までご苦労であった」
「いえ、とんでもございません。それでお話なのですが、私が丁度集金を終わらせた時にブダシヤカにスライムが現れまして――」
「何? スライムとな!?」目を見開く。
「はっ、はい。しかも複数現れまして」
「複数!?」鼻息荒く。
「はい…。複数のスライムが相手となれば、ドーベンが居るあの町でも対処しきれないかと。なので、もしよろしければブダシヤカに援軍を送っていただけないかと…」
「そうであったか! 確かにそれは大変だな!」どこか嬉しそう。
(ん? これは好感触。いけるか?)
「だが、すまぬのぉ。軍の資金・人材が今の状態でギリギリの状態。故に援軍を出すわけにはいかんのだ…」
(やっぱり、無理か。すまない、ドーベンさん)
「でしたら、仕方が無いですね。話を聞いていただけでも満足です。ありがとうございました」
「うむ。こちらこそ言いにくい事を、勇気を出して話してくれた事に礼を言う」
自室に戻ったターロは数時間前の重い顔はどこへやら、上機嫌で心軽やかになっていた。
(これであとは何もせずとも人材がこちらへ勝手に流れてくる。いやー 一時はどうなる事かと思ったけどよかった、よかった。やっぱり、家族を想う人の力って凄いね。大したものだよ。そんなわけで、彼は戻ってきたら盛大に葬ってあげないとね)
明日を楽しみに待ちながら眠るターロであった。
次の日。昨日よりもスッキリとした気持ちで目覚めたターロは自室で事務作業を行っていた。そこへ執事から突然報告が入る。
「ターロ様! 町にスライムが現れたそうです!」
「何っ…!?」
『何がどうなっているんだ?』という気持ちのまま急いで補佐官や騎士長が集まる玉座の間へ向かう。
部屋に入るや否や、騎士長に尋ねる。
「スライムが現れたそうだが、状況はどうなっているのだ…?」
「はい… 侵入を防ぐ為に門を閉めたのですが、止められずに隙間から侵入を許しました。現在は騎士総出で対応にあたっており、民の非難も同時進行しています」
「迅速な対応、ご苦労。さすがは騎士長だな。このまま被害を最小限に避難を進めてくれ」
「…そうしたいところですが、相手はスライム4匹。対応が容易ではありません。いつ被害が増えてもおかしくない状況です」
「…4匹。今、4匹と申したか?」
「はい、そうですが…」
(ブダシヤカに3匹、ここへは4匹。いくらなんでもタイミングが重なり過ぎている。スライムが奥地からわざわざ人の住むところへやって来て襲うのは稀な事象。つまり、この状況は偶然ではなく必然で起きている。という事は、あの男の仕業か…? 既に家族が殺されている事と自分がこれから殺される事を悟っての裏切り行為だとすれば辻褄が合う。
…全く、余計な事をしてくれたね。この線は9割確定しているが、一応確認してみるか)
「…スライムが現れた時、誰かがスライムに追われていなかったか?」
「よくご存じで。門番が助けを求める男を見たと言っていましたよ」
「…その男は誰か分かるか?」
「いえ… フードで顔が隠れており、門を閉める作業に追われた事もあって確認できなかったそうです」
「そうか」(これで10割。確定だな)
スライムを扱えてかつそれなりの動機がある人間は、魔物使いであるあの男しかいない。それがこの確定の裏付けだ。
(ノームの姿ではいつも顔を隠しているからこちらの素顔はばれていない。だからこそ、町民をできるだけ殺して、その殺しの渦に私も巻き込むつもりだろう。怖いねぇ。
おそらく奴はこの町に潜伏し、町民が殺されていくのを見物している。で、殺し切るまで復讐は終わらないから、スライムを外に誘導して助けてくれるのは期待できない。そんな考えだから当然町民を避難しようとしたら、追撃でスライムをけしかけてくる可能性がある。結構詰んでない? やるじゃないの
折角積み上げた地位だけど捨てないといけなくなるかもね。まぁ地位なんてまた築けばいい。お金も善人がこの世にいる限り、いくらでも騙して生み出せるから別にいいや)
そんな投げやり気分になりつつも騎士長に激励を送り、現場に戻ってもらった。
その後、自室に戻って非難の身支度を済ませた。




