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62話 瞬間の選択

 正門からの侵入で時間をくったスライム達は追っていた大きい仁力反応を完全に見失う。好物を逃した際の空腹感は大きく、それを満たす為に周りにいた手頃な生物を襲い始めた。丁度いい事にその生物らには仁力反応があったので、空腹を満たすのには丁度良さそうだ。

同じ場所で固まると食料調達が奪い合いになって難儀になると考えたのか、各々が散らばって行動を開始した。

 開始したはいいが、少し散った所で武装した生物に取り囲まれる。その生物は小癪にも一定以上の距離を保って石を投げたり、槍でつついたりして煽ってきた。近づけば、取り込まれる危険性を理解している行動に時間を取られるスライム。時間経過で増していく空腹感によって、怒りも増していき、いつの間にか粗っぽくなって動作を単調にさせられていた。足掻くスライムは得意の分裂や高圧水鉄砲を駆使して単調の脱却を急いだ。

 

 そんな時間稼ぎを掻い潜った1匹が排水溝を伝って町中央に到着。ここには武装生物も少なく、餌も豊富にあった。存分に食い尽くそうとした所で、近辺に大きい仁力反応を感じる。これには覚えがある。丸一日追っていたものと類似していたから。

すぐに発見してそれめがけて突進するが、入れ物に入っていた為、弾かれる。散った水滴を集めて形状を修復しながら、今度はその入れ物を覆う程、自身の体を薄く広げた。そして入れ物ごと体内に取り込む、体内で木を消化しながら、同時に大きい仁力反応も消化していく。シュワシュワと溶けて取り込まれていくそれに快感を覚えながら、しっかりと堪能。


 空腹を満たしたスライムには心の余裕ができていた。そして、“遊びたい”という別の欲求が生まれる。遊びは知性あるものの特権。この欲求が芽生えたという事は――



◇◇◇



 ドーベンを含む5人のスライム対応組は町中央に来ていた。ここを最終防衛ラインとし、避難組が集合する反対側の門までの進行を防ぐ。ここに2人を置いて残りは正門の方へ向かった。重要なラインなのでここにはもちろんドーベンがいる。

 彼は正門へ向かった仲間がうまくスライム達をあしらって、町外へ連れ出してくれることを期待していた。優先すべきは町民の安全。その為、事前に「倒す必要はない。元々大人しい魔物なのだから、大人しくなるまで相手をしてやって帰してやればいいだけだ」と伝えてある。

倒すのは無理でも無害にするのは可能。こうして、複数のスライム襲撃という絶望的な状況に活路を開く。そんなドーベンに仲間達は、口では言わないものの感謝していた


 そこへ急に悲鳴が入る。2人が駆けつけると、若い女性がスライムに取り込まれていた。女性は中で圧縮されているかのように体液(ほとんど血)を噴出して白目を向いたまま絶命。それと同時に覆っていたスライムが女性の口に勢いよく入っていく。

 数秒後、ボキボキと関節を不自然な方向に曲げながら、自立しない操り人形のような姿で立ち上がった。どうやって立っているのかが分からないくらい奇妙な姿に呆然とする2人。そんな2人の事などお構いなしに、足首が折れ曲がった状態で強引に姿勢を維持しながらヨタヨタと近づいてくる。


「こいつ、人を弄びやがって…!」

「待て、不用意に近づくな。…あれは奴の戦略。人が誰かを助ける事や逆上すれば近づいてくる事を知っているんだ。そうしておけば、自分は動かなくても向こうから近づいてくるからな」

「なら、あれは釣りって事か? 何てえげつない方法を使いやがる…本当に魔物か? まるでずる賢い人間が思いつくような方法だぞ?」


(そう…それだ。私達を取り込みたいのであれば、こんな事をわざわざするよりか、分裂攻撃や水鉄砲で弱らせる方が遥かに早い。まるで自ら望んで遅延行為をしているかのように。明らかに私達を煽っている。

 そして、驚いたのが先程の行動。一旦体内に取り込んで体液をすべて吐き出させて脱水する事で自分の入れる入れ物をつくる。これは人間の半分以上に水分が含まれているという構造を知らないとできない行動だ。スライムが人を操るのは初めて見るし、おそらく奴もこれが初めてだろう。にも拘らず、ぎこちないながら操る事に成功している。これは学習し、適応した事を意味する。

 このことから、奴に我々と同等の知性が芽生えているのではないかと推測できる。…非常に厄介だな。逐一学習されては、思わぬところで手痛い反撃にあう可能性も高まるし、連れ出す誘導がうまくいかないかもしれない)


 冷や汗をかくドーベンに苦笑いをしながら声をかける。


「さすがのあんたもお手上げかい?」

「…いや、まだ上げるには早い。あの釣りを続けてくれる間は核もジッとしてくれているから好都合だ」

「あーなるほどね。距離を取りながら釣りに付き合ってあげれば、とりあえず奴をここに留めておくことができるしな」

「ああ、その間に避難を進める」

「分かった。じゃあ、ここは任せるぞ」

 

 黙って頷くドーベン。

 同僚はそのまま他のスライムを警戒しつつ、近くの町民に集合場所へ急ぐ様、呼びかけていった。


 残ったドーベンは後ずさりを続けながら一定距離を保った。近くにいた町民は同僚が粗方離してくれたので気を遣って移動する必要はなくなっていた。

 ところが、そんな所に路地裏から急に女性が飛び出してきた。そして、奇怪な操り人形を見て「あんた、大丈夫かい?」と不用意に声をかけながら近づく。「離れろ!」というドーベンの大声に驚き、尻餅をつく。そこへさらに路地裏から男性と女の子が追加。女の子が「お母さんどーしたの?」と言っていた事から親子だと推測。

スライムは釣りが成功したとみて、入れ物の口だけでなく耳の穴や目から噴水の様に溢れ出た。そして、丸形状になって高圧の水鉄砲を母親に飛ばすが、ドーベンの棍棒によって防がれる。


「早く逃げてください!」

「は、はい…でも、さっきので腰が…」


 すかさず担いでいた荷物を捨てておぶる父親。


「良い判断です」


 ドーベンに父親が軽く会釈し、娘を連れて場を離れようとした所で、今度はスライムが分裂してきた。そして、水鉄砲を一斉放射する。

 避けるのは無理だと判断し、妻と娘を守る為に覆いかぶさる父親。


(駄目だ。まともな防具を装備していないとスライムの水鉄砲は貫通してしまう)


 ドーベン1人なら切り抜けられる状況だったが、無防備な一般人は違う。

 娘が「助けて―!」と叫ぶ中で決断を迫られる。


(今後の事を考えれば、ここで“一撃”を使うのは愚行。だが、目の前に救える命があるのにそれを放置できるわけがない。…躊躇うな。今、この瞬間の最優先を実行するのだ!)


 カッと見開かれたドーベンの目に殺気が宿る。それを感じ取ったスライムは反射的に逃れようと核が距離を取る為に後ろへ飛び、それを守る様に分裂体が囲う。が、そんな小さな足掻きは、ドーベンの一振りによってすぐに無意味になった。一振りから多数の空気の刃が生まれて広範囲に広がり、それによって水鉄砲や分裂体共に核が粉々に砕け散った。


 一瞬過ぎて何が起こったか分からず呆然としている家族。 

 ドーベンはその中でも一番驚いていた娘に向かって優しく声をかけた。


「大丈夫だったかい?」

「…おじさん何者?」

「冒険者兼ギルド職員ってところかな」

「じゃー私、将来おじさんみたいな強い冒険者になるー それでお父さんやお母さんを守るんだー」

「ははは、期待しているよ」


 笑顔でブンブンと手を振る娘と何度も頭を下げる両親を見送ってから、防衛ラインに戻った。

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