52話 無能な王
クーア王国の城下町を抜けた奥に聳えるクーア城。そこの会議室では現在、王と王補佐5人が集まり、定例会議を行っていた。ここでは国の経済状況や事業の進捗状況の報告などが行われる。
「報告は以上となります」
「むぅ… やはり国民からの不満の声は大きいか…」
と、小柄な王・ターロがチョビ髭をいじりながらため息をつく。
「はい。ワイル国との戦争の長期化で軍税による家計の圧迫が原因となっております。不満を取り除くには急ぎ戦争を終わらせる必要があるかと。終わらせるには和平条約を結ぶか、こちらが勝つかの2択がありますが、ワイル国王は我が国に相当な因縁があるという事で前者は不可能。よって、我々には“勝つ”という選択肢しかありません」
「なら、試作品の新兵器・多段大砲を使うのはどうだろう? あれを使えば敵兵を一気に減らせるし、防壁も破壊しつつ円滑に進軍できるぞ」
「それはならぬ。たくさんの負傷者が出てしまうではないか」
「しかし、敵ですよ…?」
「敵もまた同じ人間。ならば、彼等にも彼等の帰りを待つ家族が当然いる。彼等が死ねば、その家族は悲しむ。そしてそれを奪った我々を恨み、新たな敵となる。恨みを買えば、新たな敵が生まれるのだから、いくら敵を倒したところでキリがないと思わんかね?」
「…おっしゃる通りです。さすがターロ様、思慮深いご意見感服いたしました」
他の補佐役もこれに続いて「さすがだ」を連発し、拍手をする。こうして、称賛が数分続いた後、いつの間にか会議はその空気のまま終了した。
会議室を出ていく所で一人の補佐役が冷ややかな笑みを浮かべる。
(またこのパターンか…。綺麗事を並べるだけで結局何も進展していない。本当にさすがだよ、無能様)
この中肉中背の男はオールト。無精髭を蓄え、厳格そうな顔つきで歳は40。先程良からぬ事を考えたが、仕事はきっちりこなす真面目な性格だ。その性格が王に大層評価され、補佐役の中では最も地位が高い“代王”という称号を得ている。代王は王が病気になった時や急死した場合に次の王が決まるまで王の権限を持てる称号だ。
彼は合理的主義者である為、相反的な考え方である王の何も生み出さない思いやり精神に嫌気がさしていた。なので、先程の様に心の中で嘲笑する事で平静を保つ術を身につけ、日々をやり過ごしている。
(また、国民を説得する為に激励に出向かなければならない。尻ぬぐいは全部我々補佐役に回ってくるという現状…これのどこに思いやりがあるというのだ)
イライラしながら早歩きしている所、金髪で短いポニーテールの女性に声をかけられる。
「オールト様、ターロ様がお呼びです。ご同行願えますか?」
「分かった」
彼女はシャロ、王専属のメイドである。基本無口で機械的な行動・言動が特徴。なので、2人共特に会話もなく王室へ入る。
「忙しい所すまぬのぉ、オールトよ」
「とんでもありません。王がお呼びする場所こそ、私が居るべき場所。どうかお気遣いなく」
「感謝するぞ」
「はい。 …ところで、ご要件の方はどういったものでございましょうか?」
「うむ。実は先程の会議の件なのだが、結局国民の不満は解決できていないと思ってな… 余はどうしたらいいと思う?」
(また丸投げが始まったよ。面倒な事があるとすぐそうやって私に聞くよな? 仮にも王なのだから少しは自分の頭で考えろよ、この無能が! 他人に頼ってばかりで他人の指示待ち。そんな思考も決断もまともにできない状態なら王なんて辞めてしまえ!)
震える拳を抑え込みながら、ありったけの力を表情筋に集め、愛想笑いをつくり出した。
「何もしなくても大丈夫でございます。王様はいつも通りお優しい姿で居てください。国民もきっとそれを望んでいるはずですから。厄介事は我々補佐役が必ず何とかしてみせるので安心してください」
「頼もしい言葉だ。やはりお主を代王に選んで良かった。のう、シャロ?」
「全くでございます」
オールトは主人の肯定人形と化すメイドを見て舌打ちが出そうなのを、つばを飲み込むことで必死に堪えた。そして王に笑顔で手を振られながら、愛想笑いを最後まで崩さずに部屋を出る事に成功した。
(呼び出された時からこうなる事はある程度予想していたから問題ない。そもそもあの王には1つも期待していないからな。私が期待するのは“あのお方”のみ…)
◇◇◇
城下町にある下水道は迷路の様にはりめぐらされている。その迷路の中に1つだけ隠し部屋が存在していた。そこへは“あのお方”から声をかけられた選ばれし者だけが入出する事ができる。オールトはその一員である。
今夜はそこで集会がある。オールトにとってこの集会は定例会議より100倍重要なものである。それだけ彼にとって“あのお方の”存在は大きい。
一見何の変哲もないレンガの壁。その内のレンガの形が1つだけ不規則な部分を押す事で隠し通路が出現する。そこから奥へ進むと、城の会議室くらいの広さがある開けた空間があり、複数のロウソクで薄暗く辺りが照らされていた。奥には四角い人一人がのれるくらいの台が用意されており、その上に黒いフードで全身を覆った小柄な人が立っており、台の横にももう1人立っていた。影が濃いので顔はみる事はできないが、それでも集まった5人の選ばれし者は喜んでいる。
「ノーム様!」「ノーム様万歳!」
彼等が熱狂的に叫ぶ。ノームと呼ばれた人は高く右手を挙げてそれに応えた。一斉に拍手した後、急に静まり返る。
「諸君、今宵は忙しい所集まってくれてありがとう」
「滅相もありません!」「とんでもない!」
「知っての通り、私は“悪”が大好きだ。今日はそんな悪にまつわる話をしよう。
『最後に正義が勝つ』なんて言葉があるが、あれは全くの嘘。だって考えてごらんよ、世の中って大体悪が8割・正義が2割くらいの勝率でしょ? 圧倒的に悪が有利なんだよ。そんな現実を誰もが知っているはずなのに“正義”に目を向けたがるのは皆“正しい事”に縋りたいからだ。人には各々美学みたいな固定概念があって正義ではそれが特にでてくる。『騎士として正々堂々、礼儀をつくして戦う』なんていうのがそう。“こうでなければならない”が先行するせいで、戦い方が固定化されて不自由になる。それって相手からしたら先読みしやすいし、凄く倒しやすいんだ。そんな感じで言葉という枷でガチガチに固められた状態で正義側はやって来てくれるから、身軽な悪の方が有利なんだよね。
あと、“正しい事”をしていれば人から評価されやすいし、敵対する事も無い。つまり、やり続ける事で安心を得られるわけだ。安心には高い中毒性があるから、人はつねに安心を『もっとほしい』と求めたがる。ところが、安心っていうのは際限がない。だから、どんなに満たそうとがんばっても永遠に満たされることはないんだ。これは安心と一緒に不安も抱えるって事だから辛いよねぇ?
この辛さから抜け出す方法は1つだけある。それは安心を捨てる事だ。そうすれば、安心も不安もなくなるから辛さも勝手に消える。『でも、今までそうやって行動してきたからそんな事できない』って思うよね? 大丈夫、その為に“悪”がある。悪を信じていれば、負ける事は少なくなるから、落ち込んで立ち止まる心配も少なくなる。そうやって前進を続けていれば楽しくなるから、その時には安心や不安の事なんてどうでもよくなっているはずさ。悪だからこそ勝てる。強いからこそ勝てる。つまり悪とは絶対なのだ」
「おおー!」全員が驚嘆する。
「幸いな事に、諸君は私の夢に協力する事でより純度の高い悪を体感する事が可能だ。内容は完成するまで秘密だが、それでも信じて着いてきてくれるかね?」
「もちろんです!」
「ありがとう。諸君の働きのおかげで私の夢は着実に進行している。これからもよろしく頼むよ」
歓声鳴りやまぬ中、ノームは台から降りて奥の闇に消えていった。
そして、落ち着いた者から順に大量の金貨が入った袋を台横の人へ渡して帰って行く。
「悪こそ合理的! 悪こそ絶対!」
オールトの興奮は中々収まらず、最後になった。
ようやく落ち着いたところで袋を渡す。
「待たせてすまなかったな、シャロ」黒フードの影から金色の髪が現れる。
「いえ。お気になさらず」いつもの無表情・無感情な反応で答えた。




