5話 喫茶店でひと愚痴り
翌日、ギルド館で受付の人からCランク認定カードを受け取る。今後何か依頼を受ける際はこのカードの提示が必須だ。
依頼は各々用紙に書かれており、館内の大きな掲示板に貼りだされている。やりたい依頼があれば、その依頼用紙だけを外して受付にもっていく流れだ。
掲示板はA・B・Cランク用と3つあり、その中でさらに期限が短いもの順に並べられている。私は早速Cランクの掲示板から薬草採取の依頼の用紙をみた。
期限は5日以内。場所は前回と違うココエト森だが、距離はそんなに違わないので問題ない。報酬は銀貨8枚だ。
この町では通貨に金・銀・銅貨が使われている。
銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚分だ。相場例として、リンゴ1個が銅貨1枚、宿の1泊料金が銀貨2枚、一般成人の平均月収が金貨30枚となっている。なお、冒険者の平均月収はCランクが金貨20枚、Bが30~90枚、Aが100枚以上。そして、Cランクの依頼1つの平均報酬が銀貨4~8枚、Bが金貨1~5枚、Aが6枚以上だ。これだとCランクの平均月収越えは難しく感じるが、依頼を30回こなすと最大3個まで依頼のかけ持ちが可能になるので、うまく利用すればそこまで難しくはない(例:依頼1が依頼2の近くの町への物資運搬なら、依頼1のついでで依頼2をこなせる)。
現段階の私の目標は月金貨20枚以上を安定的に稼ぎ、Cランク冒険者としての実力と信用を定着させる事だ。その先に次なる目標のBランク昇格が待っている。
Bランク昇格試験には中小型の魔物との実戦がある。戦闘はまだまだ経験不足で不安だらけなので、仕事の合間に魔物討伐塾( ギルド近くにある戦闘訓練特化型の塾。塾内で開かれる討伐試験に合格すると“魔物討伐士”の資格がもらえる。なお、この資格は小・中・大型と3種ある )の対中型戦闘修練を受ける予定だ。Aランクまではまだ遠いし、夢のギルド長クラスの冒険者となると遥かに遠いが地道に頑張りたいと思う。
薬草採取の用紙を握って受付に向かうと包帯小僧が居た。
どの面を下げて座っているのだろうか?
裏切りの事はジャックスさんから報告されただろうに、なぜ解雇されていないのか?
他の職員の人は不思議に思わないのか(特にジャックスさん)?
いくら何でも寛大すぎないか?
など多々疑問が出てきた。世の中色々な事情があってうやむやになっている事もたくさんあると想像していたが、早速想像以上だ。
(幸いにも私はジャックスさんのおかげで無事に依頼を達成したから、ただ結果だけに注目すれば問題ないということになるの…か?)
大人の事情は納得できないし、訳が分からない。そんな社会人として初の理不尽さを味わった。そして、わざわざ小僧のところのカウンターまで行って用紙を提出する。もちろんイライラをぶつける為に。
「昨日はどうも」
「こちらこそどうも。昨日は途中退却してすみませんでした。あの後、大変だったでしょう?」
「いえいえ、お陰様で良い社会勉強になりました」
「それはよかった」
(ちっともよくねーよ!)
皮肉をおみまいするも全く効果なし。さらにイラつく。無言のまま依頼用紙をカウンターに置き、それを小僧が見て簡単な説明を開始した。
「注意事項は読みましたか?」「やむをえず、辞退する場合は早急に連絡をください」「依頼物は受付にお渡しください。報酬と交換いたします」などのマニュアル通りの説明。
殴りたい衝動を必死に耐えた。先程の会話からは反省ゼロの印象しか受けなかったので余計に腹出たしい。そんなわけで、小僧が説明中はずっと睨んでいた。
「以上です。何か質問はありますか?」
「ないです」
「では、お気をつけて」
(お前の方こそ、夜道は気をつけておくんだな)
館の出入り口前でもう一度小僧をにらみながらその場を後にした。
家に戻り、明日の依頼の為の道具準備を始めた。用紙の注意事項にも再び目を通す。そこにはココエト森の危険区域が地図付きで示されていたり、ヴェンダちゃんに出会った時の対処法も記載されていた。
“金属板を爪でひっかく音で5秒くらいひるんでくれます”
“近くに障害物がない状態で耳発射攻撃をやり過ごすときの為、膨張石とお湯入り水筒を携帯しておきましょう”
図鑑にのっていない実戦的な方法が書かれていた。この依頼書をつくっているのは、経験豊富なギルド職員と考えるとこの内容も納得できる。そんな経験者の知恵も取り入れて、準備を終えた。
その後の空き時間は5年くらいの付き合いになる友人・ミイネの喫茶店へ。木造で木の茶色が主体となって全体的に落ち着ける空間となっている。来た理由は、昨日バタバタして冒険者になったことを報告しそびれていたのでその報告とあの男の愚痴を聞いてもらう為だ。
ドアを開くと私と同じくらいの年齢の小柄で笑顔の似合う女性が出迎えてくれる。彼女がミイネだ。
「いらっしゃい、ニーナ。…冒険者にはなれたの?」
「なれたよ! 報告遅れてごめんね」
「別にいいよ。良い結果を聞けたんだし。…そっかぁ、これでニーナも晴れて冒険者か。いずれうちの店の担当になってほしいな」
「いずれね…」
彼女が10歳の頃に母親が他界して以来、父親と2人で喫茶店を経営している。コーヒー豆や香辛料の仕入れは他の町からする事が多い。昔はこの町周辺でそれらが採取できたが、心無い人達によってとりつくされてしまったからだ。仕入れの移動手段は徒歩なので、店を経営しながらの仕入れは難しく、道中は魔物に襲われる危険性もあって仕入れを依頼するようになった。
他の町からの仕入れという事で、当然ながら向こうの在庫不足や収穫不良などの問題が発生し、一定の仕入れ量を確保できない時がある。今この店を担当している冒険者はその不良不足時期でも期限内にいつもの報酬額で仕入れてくれた人らしい。なお、依頼の担当は依頼者の要望と冒険者本人の同意があれば可能だ。担当指名はその恩があってのことだろう。そんな担当者を差し置いて、私がこの店の担当になるのは容易ではない。
(まず、不足時における別購入ルートすら知らないしなぁ。何年後になることやら…)
他の町での情報網や交流関係が皆無。現状はミイネに対し、苦笑いで答えるしかなかった。
机に座り、注文を何にするか考えていると、ミイネが来てコーヒーとオムライスを2セット机に置いた。
「お父さんから、冒険者になれたお祝いだって。あと、私のつきっきり接客サービス付きだよ」
「気をきかせていただいて、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。話聞くの楽しみだし」
カウンターのマスター( ミイネの父。長身・筋肉質で強面だが根は良い人 )がこちらに向かって、白い歯をキラリとさせて微笑み、グッと親指をたてていた。私は席を立ちあがって礼をする。
ミイネの期待に応える為、この前の依頼の話をしようと思い出したところであの小僧の顔が思い出される。せっかくほっこりしたところなのに台無しだ。再燃したイライラを起爆剤に私はあったことすべてを話した。特に裏切り場面は重点的に、かつ憎しみを込めて。
「――というわけなのだけど、ありえないでしょ? ジャックスさんにボコボコにされて反省したのかと思ったら、次の日は何事もなかったような顔しているんだよ!?」
「お疲れ様。ニーナはよく耐えたよ」
「ありがとう」
いつの間にか隣に座って聞いていたミイナに頭を撫でられる。
共感されることがこれほどうれしいとは。そして、人に思い切り愚痴ったことで数日ぶりにすっきりした気分になった。そうなったことで自分の空腹に気づき、目の前のオムライスにようやくスプーンを入れる。すっきりした気分で味わうケチャップ風味のライスは最高だ。私の顔は自然と笑顔になった。そんな私をミイナは笑顔で見つめていた。
ひとしきり雑談をした後、再度マスターとサービス嬢に礼を言ってから店を後にした。
(明日も頑張るぞー!)
帰り道、スッキリした気持ちで明日の依頼へ向けて気合を入れた。
◇◇◇
閉店30分前の喫茶店。一人の男が荷物を抱えて来店する。
「すみませーん。依頼品のお届けでーす」
「はーい。いつもどーも」
「中身の確認、お願いします」
マスターが荷物の包装を開けて確認する。
「大丈夫です」 ※依頼の報酬金はギルドに前払い
「では、こちらにサインを」
マスターがさらさらと受取証明書に名前を記入。
「では、またうちのギルドをよろしくお願いします。失礼します」
男はさっさと帰っていった。この間1分。
この愛想最低限な男こそ、先程話にあったこの店担当の冒険者である。
「今回も予定納期より早かったね」
「ああ。彼はいつもそうだ」
彼は担当になってから2年間、一度も依頼に失敗したことがない。
だからこそ、ミイネはあることが気にかかっていた。
依頼者の期待を裏切らない人が果たして人を裏切るか、と。
担当者と裏切り者は同一人物であり、彼女はニーナにこの疑問を話せば、話がややこしくなると考えてあえて黙っていたようだ。真実は分からないままだが、その人がまだ解雇されていないという事からなんとなくそれは想像できた。
「“いつもそう”ってことはやっぱりそういうことだよね」
「何がだ?」
「何でもない」
そう言ってミイネは笑顔で店の掃除に戻った。
説明回の読破、お疲れ様です。次回からはマシになるかと