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48話 善人とクズ②

 湖を越えて森の入り口に到着。

 入り口付近で腹や足に傷を負った男性2人を発見する。簡易治療しながら話を聞くと、娘の夫がまだ中にいるとの事。2人を安全な場所に移動してから森へ入った。

入って少し行った所でヴェンダちゃんに襲われている男を発見。レトーがヴェンダちゃんを引き寄せている内に救出する。大分衰弱しており、虚ろな目のまま力のない声で「どこにいるんだ…」と呟くだけだった。そのまま彼を背負って森の入り口まで一旦戻る。簡易治療を済ませた後、安全地帯の2人に預けて再び森へ。

 途中クマ型魔物のべアールに遭遇する。べアールは縄張り意識が強く、単独行動を好む。その為、少しでも自分の領域に入る者がいれば構わず攻撃してくるという好戦的な魔物だ。

剛毛と厚い脂肪を持つ為、仕留めるには特殊銃に加えて先の鋭い特殊弾丸が必要になる。


(くそ、こんな時に限って銃が無いなんて…!)


 宅配依頼が済めばすぐに帰る予定だったので、身軽さを重視の装備となり、銃は持ってきていない。イレギュラーが発生する事を想定していなかった自分の未熟さを恥じた。

 とにかく今の自分は隠れてやり過ごす事しかできない。十分な距離を保ちつつその場から離れた。


 更に奥に進むとまたもやべアールを発見する。さっきと同じ様に注意しながら通過しようとすると、べアールから少し離れたところの茂みが少し動いたのに違和感を覚える。しばらく注目していると茂みの隙間から人の肌が確認できた。


(まさかあんなところに…)


 細心の注意を払いつつ、その茂みに近づいていき、その茂みの丁度隣にまで移動する事に成功する。すると、隣から極小の声が聞こえた。


「…さん…ジャックスさん…聞こえますか?」

「ああ、聞こえているよ…」

「娘さんは無事でしたよ」


 その証拠と言わんばかりに、隣の枝の隙間からか細い手が伸びてきた。その手を優しく包み込む。


「無事でよかった… よく頑張ったね」

「茂みの中でじっとしている所をお兄ちゃんが見つけてくれたんだー」


 小声で「ねー」を言い合う2人。随分仲良くなったみたいだが、そいつは女の子を見殺しにしようとした人物であることを忘れてはいけない。それを思い出したが故にこの男の行動には狂気が感じられた。


「あとはこのお兄ちゃんが守ってくれるからしっかり言う事聞くんだよ」

「うん、分かった」

「じゃあ、そういうわけであとは頼んます、先輩」


 僕が「どういう事だ…?」と聞き返す前に交互に「またねー」が聞こえ、彼の気配が遠くなり始めた。そうして彼の気配が完全になくなった事でようやく気づく。彼は僕達を見捨てて自分だけ逃げたのだと。

 幼い女の子と一緒にバレない様に隠れ続けるだけでも難しいのに連れながら安全地帯へ移動するのは困難だ。僕一人なら例え見つかったとしても木を障害物に逃げ切る事は何とかできるが、女の子を連れてとなると確実に捕まる。それは移動で万が一見つかってしまった時に助かる保障がないことを意味する。よって、こちらの動きは完全に封じられたわけだ。もうべアールが勝手に離れてくれることを祈るしかない。

 となれば、気掛かりは女の子の体力。昨日から丸一日何も食べていないに違いないし、お腹もすいている事だろう。非常食は持ち合わせていなかったが、一応聞いてみると「さっきのお兄ちゃんからもらった」との事。せいぜい自分が逃げ切るまでは餌として元気でいろといった所だろうか。皮肉が利きすぎて震えが止まらないよ。


「お兄ちゃんどうしたの? おしっこ?」

「違うよ。ちょっと寒気が来ただけ」

「おからだ、大丈夫? クマさんにみつかっちゃうかもだから、もう少しがんばって…!」

「うん、頑張るよ」


 幼い女の子に励まされるという失態。この屈辱を晴らすべく絶対にここから生還する。僕の決意は固まった。


 昇っていた太陽が徐々に沈み始め、やや暗くなってきた。相変わらずべアールは近くに居座っている。この緊張状態の中、女の子は僕の左手を握りながら器用に眠っていた。「大物だな…」と思いながら苦笑いしていると遠くから草を踏み鳴らす音と木に何かがぶつかる音が聞こえてきた。その音は時間が経つにつれて大きくなる。べアールもこの音に気づき臨戦態勢を取る中、その音の主が物陰から現れた。

 主は2人いる。1人は「助けて―!」と叫びながら走るクズ男。もう1人…というより1匹はべアールだった。どうやら彼は運悪……良く見つかってしまって逃げるのに失敗したらしい。


(あれは前に遭遇したべアールか? 過ぎた時間を考えればもうとっくに森の外のはず。それなのにまだいるという事は今までずっとこいつから逃げていたのだろう。その体力だけは尊敬するよ)


 汗だくで逃げ回る男を冷笑する。表情的に大分限界そうだったので彼が捕まっている内に女の子を連れて逃げる事を決意する。


(見捨てるのはさっき君もやった事だから文句は言えないよね)


 そうやって機会を窺っていると予想外の事が起こる。なんと、べアール同士で喧嘩し始めたのだ。激しく殴り合っているので、今なら抜け出せそうだ。寝ている女の子をおんぶして茂みからひっそりと出ると、男がこちらにニヤニヤしながらやって来た。


「しばらく協力といきませんか」

「は? 何で?」

「森にはまだ魔物がいます。その状態で応戦しながらじゃ逃げ切れないでしょ? 俺が先導するんで着いてきてください」


 これはどう考えても嘘だ。きっと僕らを魔物に万が一襲われた時の囮にする為だろう。ついさっき見捨てた実績があるのだから確信できる。


「早く! でないとべアールに巻き込まれますよ」


 確かにそうだ。今は彼の言葉に従いこの場から早く離れる事にした。


 べアール達から十分に離れた後、今後の行動について考える。


(彼がこちらを囮にしようとしているのなら、逆に彼を囮にできないだろうか。例えば、彼が逃げようとした瞬間に、頭に石を思い切りぶつけて気絶させるとか)


 そうやって考えを出しつつ、小走りで進む。彼はこちらの移動できる最大の速度に合わせて前を走っているので距離はずっと一定。その為、頭への標準も合わせやすかった。『いつでもこい』と思いながら魔物が飛び出してくるのに備えるも一向に魔物は現れない。


(森に入ってから数回は魔物に遭遇してやり過ごしているのにどういう事だ…?)


 いくら何でも運の良すぎる状況に困惑する。そして、その運がいつか切れる事に警戒を強めた。ところが、結局その運の良さは切れることなく続き、森の外へ出る事ができた。僕が驚いた顔をしているとそれを見透かしたように彼が「いやー運が良かったっすねー」とニヤニヤしていたのを見て本当ならイラつくところだったのだが、この時ばかりは少し違和感を覚えた。しかし、この違和感の正体は分からずにそのまま安全地帯の大人達と合流し、町へ戻った。この時、娘の父親に報酬金の支払いについての話を受けたが「ギルドで依頼を受けたわけではなく、ただ捜索手伝いをしただけなのでお構いなく」と断った。


 町に着いて泣きながら感謝する母親に女の子を引き渡したところで、彼女がようやく目を覚ます。


「あれ…? お母さん?」

「うん…! ああ、本当に良かった。もう勝手に知らない所へ行っちゃだめよ」

「はーい。 …あっ、お兄ちゃん。またあったねー」

「おうよ。約束したろ?」


 笑い合う2人。ここで彼と女の子の「またねー」を思い出す、


(もしかして……)


 先程の違和感が鮮明になり始める。


 親子や教員の方と別れた後、ブダシヤカへの帰り道で彼にそれとなく話しかけてみた。


「べアールがあそこで運良く同士討ちしてくれて助かったよね。運が良かった」

「そうですねー」

「でもあれって、べアールの縄張り意識が強いっていう特性が働いたからだよね。だとしたら運じゃなくて、実は必然だったりして」

「いや、それはないです。運でしょう」

「そう? じゃあ、そういう事でいいや。あっそういえば、森から出る時に一匹も魔物と遭遇しなかったのも運が良かったよね」

「そうですねー」

「でも、僕が入った時には結構魔物と遭遇したから1匹も合わないなんてありえないんだよね。誰かが魔物を一匹残らず誘導して遠ざけたか、始末したかのどちらかをやったんじゃないのかなぁ? だとしたら運じゃなくて、必然なんだよねぇ」

「いや、それはないです。運でしょう」

「そう?」

「そうです」


 落ち着いた様子で返答しているが、声に若干の震えがあったのを聞き逃さなかった。

 そして、彼の体の至る所にある止血痕…。


 どうやら僕の予想は当たっているらしい。


 今回の一件で女の子に教えられた事がある。

 それは素直に自分の直観を信じる事。

 彼女はそれができていたからこそ、あの状況で惑わされる事なく約束を最後まで信じられたのだ。


 僕もこれを見習って誓いたい。


 例え虚構だらけでも、自分の信じるものを信じ抜くと。

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