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44話 生きないといけない地獄

 事務員としての初めの3週間は、冒険者・依頼者の対応手順を覚えるので精一杯だった。なんとか上司の人に教えてもらってついていけている感じ。

あと、作り笑顔が一番きつい。いくら相手の警戒心を解いて話しやすくする為とはいえ、楽しくもないのにするのは不自然だ。だから、この町に来てまず損消したのは接客する仕事についている人達である。こんなストレスの溜まる行動、俺にはとても真似できない。


 笑顔づくりの方は順調ではなかったが、職場での評判落としの方は順調だ。初日に歓迎会を「すいません。用事あるんで」ですっぽかした事が最高の出だしとなった。そこからは会話を必要最低限にして、昼食も同席を断り続けることで親睦を深める機会を閉鎖。これにより、早くも話しかけにくいオーラを纏う事に成功した。今や職場内での会話は挨拶と仕事のやり取りだけである。

あと、おやっさんに「俺の過去を他の人に話さないでほしい」と念を押していたのも効いている。もし話していたら不愛想キャラでも「可哀そう。それなら仕方がないよね」って、変な同情を誘ってしまうから、今みたいに距離を保つことは難しかっただろう。


 1つだけ順調じゃない要素もある。それは俺への教育係に任命されたジャックスって人の存在。俺と同じくらいの歳で2年前から職員として働いていて周りからの評価も高い人で尊敬すべきなのだが、俺にはできない。理由はしつこいから。

この人、俺が毎回断っているのに何度も昼食を一緒にとりたがったり、趣味や普段やっている事とかを聞いてきたりする。そこまでするのは教育係としての責任からだろうけど、こちらがせっかく話しかけにくい奴オーラを出しているのだから放っておいてほしい。


そういうのをやられると思い出したくないものを思い出してしまうんだわ。

本当に勘弁してほしい。


 そんな感じでモヤモヤしていたらあっという間に一か月が過ぎた。

 ギルド長から給料の入った封筒を手渡しで渡されて困惑する。というのもこれまでお金を見たことはあるが、所持したことはなかったからだ。おやっさんには「好きなように使っていいぞ」と言われているが使う習慣がなかったから何に使えばいいかが分からない。

食は食堂があるから困らないし、住むところ(寮)もある。仕事で必要な物資も支給される。服も誰かからおさがりをたかれば良いから、現状で生活に何一つお金が必要だと思えない。 

貯金という選択肢もあるが、それは生き残る確率の高い有能な人がとるべき選択肢で会って、いつ死ぬか分からない無能な俺がとるべき選択肢ではない。一先ず給料の使い道は保留である。


 次の日の休日、朝の日課を終わらせて町を歩き回っていると“孤児院”と書かれた看板に目がいった。看板の奥には木造のやや古びた長屋がみえ、玄関前で初老の男が箒で掃除している。目が合ったので軽く会釈した。


「どうも、子供達随分と元気そうですね」

「ええ。よかったら見ていかれます?」

「は、はい」

 

引き取り人と勘違いしたのか、すんなりと管理人が中へ招く。今更断りにくい空気になっていたこともあり、つくり笑いをしながら渋々受け入れた。


「ごゆっくり」


そう言うと管理人は掃除に戻った。ちょっと防犯的にどうなのか危機感を持ったが、きっと管理人には人の無害・有害を見抜く力があるのだと信じる事にした。

庭では子供達が楽しそうに追いかけっこをしていた。『なごむなー』と心の中で思っていると、それとは対照的に1人木に腰掛け俯いている小柄な少年を見つける。目が虚空を見つめていて、生気を感じさせない雰囲気。


(まるであの時の俺だな)


 ここに居るという事は自分を庇ってくれる親や親戚が居ないという事。自分の命以外すべてを失い、ただ生きているだけの存在。現在に夢も希望もなく、どうしようもなく暇になると出せる雰囲気だ。何もすることがなく、ただ時間が過ぎるのを待つというのは地獄である。孤児院で養ってもらっているという恩(責任)がある以上は将来的に引き取られるまで勝手に死ぬ事は許されない。それが彼等の仕事だから。

そんな生きたくないのに生きていないといけない状況。その自己矛盾による葛藤が逐一襲ってくるのがキツイ。さらに、それによって精神が疲弊し気力がなくなっていくのはもっとキツイ。

おやっさんが俺に命令して無理矢理この町に連れて来てくれなければ、俺もこうなっていたかもしれない。そう思うと不思議と彼に共感が持てた。と、同時に放っておけなくもなった。

俺の体は自然と移動し、彼の隣に腰を掛けていた。彼は一瞬もぞっとしたが、それ以降はちゃんと俺の無視を続ける。


(そりゃあ、その反応するわな。しかし、これからどうしたものかね。鼓舞しようにも彼はすでに頑張っているわけだからウザいだけだろうしなぁ… 目的がないから辛さが続く。だったら、目的をつくってあげればいいのかな? でも、目的って…?)


 彼は嫌々ながら“生きる”を継続している。という事は少なくとも責任感がある人間だといえる。責任感さえあれば、大体の事は対応する事が可能だから最低限一人でも食っていけるだろう。

 あと気になったのが建物内ではなく、外に居るという所。外に居ればこうして俺の様な変な人に遭遇する可能性もあるわけだから面倒事が増える。これ以上“生きる”以外に面倒事を増やしたくないはずなのにどうしてだろうか。

 ふと彼の視線に注目する。虚空を見つめていると思われた彼の視線は、目の前で遊ぶ子供達の方を向いていた。


(そういう事ね… だったら……)


「俺は弱者が嫌いだ。で、弱い者いじめが大好きだ」

「……」

「ここに来たのはお前らの様なゴミ弱者を引き取って生まれてきた事を後悔したくなる様な苦痛を味あわせる為だ。どいつがいいだろうなぁ… あそこのガキなんか良さそうだなぁ… あの幸せそうな顔をよぉ、一生できなくなるくらい拷問してやりてぇ」


 金貨をちらつかせながら邪悪な表情をすると、少年がこちらにようやく視線と殺意を向けた。


「その前にお前を殺す」

「いいのか? そんな事をすれば殺人者を出したって事で孤児院の評判が落ちてあいつらの引き取り先がなくなるぞ? それにここの経営は寄付金で成り立っているんだろ? 評判が落ちれば、その寄付金もなくなるなぁ」ニチャリ

「クズめ…!」

「心外だな。弱者はいつだって強者に奪われるだけの存在。どう考えても弱い方が悪い」

「……なら、最初に連れて行くのは俺にしろ。他の奴には手を出すな。俺はこの中では一番弱いからあんたを十分に楽しませる事ができると思うぜ」

「弱者に選ぶ権利はない。弱者は黙って強者に奪われ続けるしかないんだよ。…だが、ただ奪い続けるのにも最近は飽きてきたからなぁ。…そうだ、1つ賭けをしてみるか。 お前が勝てば奪わないでおいてやるが、やるか?」

「…弱者に拒否権はないって話なら、やるしかない…だろ?」

「理解が早くて助かる。では早速、賭けの対象についてだが… お前はヤックリ草で傷薬を調合した事はあるか?」

「…ないよ」

「よし、ならばそれにしよう。1週間以内に商品化できるレベルの傷薬を調合できるようになる事。1週間後にまたここに来るからその時にこの場で調合して完成品をみせてもらう事にするから、作り置きとかは当然禁止な。質問はあるか?」

「…ないよ。ってか、何を驚いてんの?」

「“1週間は短すぎる!”とか駄々をこねだすと思っていたから意外でな」

「拒否権が無いなら延長権も無いって事でしょ? ってか、もう話は終わりでいいよね?」

「あ、ああ…」

「じゃあ、もう行くから」


 少年は管理人に外出許可をもらい、そのまま急いで出て行った。方角的に図書館の方向へ。


(“調べるのと実際の調合練習時間の事考えたら1秒も無駄にできない”という事かな? それにしてもこちらの意図を組み取り、即座に対応する頭の回転の速さは恐れ入る。あの子、ひょっとしたらとんでもなく賢いのかもしれない)


 懸けの対象は少年の成長速度。期限が短い程行動は限定せざるを得なくなり、余裕がなくなる。余裕がなければそこから暇という概念は勝手に消える。つまり、あの少年はこの期間だけは暇という虚無地獄から解放されるのだ。そうして成長を続ければできる事が増えて自然と自己肯定感が増すので行動意欲を維持できる。

 一応管理人にはこの賭けの意図を伝えた。「そういうわけでしたか」と急に少年が活動的になった訳を知れて納得。「勝手な事をしてすみません」と謝ったが「いえ、そういう事でしたらどんどんやってください」と逆に背中を押してくれた。どうやら彼は少年の事を日々気にかけていたらしい。その証拠に最初よりも表情が朗らかになっていた。

 一先ず出禁になる事はなくなったので、これからは管理人に背中を押された様に俺も少年の背中を押し続けたいと思う。

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