4話 感謝は妥協しない事
ようやく家(雑貨店)に到着。すでに閉店しているので裏の玄関から「ただいまー」と言いつつドアノブをひねる。すると、中からドタドタと慌ただしい音が聞こえ、勢いそのままにこちらへ近づいてきた。
「おかえりー! 最後の依頼どうだった? 達成できた? できたよね?」
「うん…」
「よかったぁー! これで冒険者になれたって事ね? おめでとう! まぁニーナの事だから必ずなれるとは思っていたけど、ほら… 万が一ってあるじゃない。でもニーナの事だからその万が一もないかぁ!」
「そうだね…」
この聞き手の事など一切考えずにマイペースで話す人物は、私の母。外見は小柄で、中身も小柄なのが特徴だ。
「あっ! そうだ! お父さんにも伝えないと。お父さーん! ニーナ、冒険者になれたって! あれ? 遅いなぁ。お父さーん!」
家の奥の方から寡黙な大男が現れる。
「聞こえてるよ…」
「それにしては遅かったじゃないの。聞こえていないのかと思った」
「母さんの声は家のどこに居ても聞こえるからそれはないよ」
「それならもっと早く来てよね」
「善処します…」
この見事に尻に敷かれている人物こそ、私の父だ。父は基本口数が少ない。それなのにどうしてこんな正反対の人とくっついたのかが未だに謎である。
「頑張ったな…」
「うん」
「それだけ? もっと言う事あるでしょ? “さすが俺の娘だ!”とか、“これは始めの一歩に過ぎん。これからも初心を忘れるな”とか!」
「いや、そういうのはニーナなら言われなくても分っていると思うから…」
「そういう過信が危ないのよ。言わないと分からない場合だってあるでしょ? まぁニーナの事だからそれは万が一でもない限りあり得ないと思うけど…とにかく、言って損はないのだし、言っておくべきよ!」
「ああ、お腹すいたなぁ! 朝から何も食べてないからお腹ペコペコだよ!」
「あら、私としたことがうっかりしていたわ! 夕飯はもうできているから、食べましょうか。でも、先にお風呂に入りなさいよ」
「はーい」
母はそう言うと慌ただしく居間の方へ戻っていった。父が私に微笑み、“ありがとう”を込めて頭を下げる。母の舵取りは慣れてしまえば簡単にできるのだが、未だに父にとっては難題らしい。
自分の部屋に荷物を置き、着替えをもって風呂へ直行。
体を洗い湯船に浸かり、ふと両親の事を考える。
冒険者は不安定な職。難易度によっては死ぬ確率も高い。その為、世間の印象は悪く、子供が冒険者を目指すのを反対する親も多い。にもかかわらず、両親は反対せずに、むしろ背中を押してくれた。私の事を尊重して好きな事に打ち込める環境をつくってくれたことには感謝の言葉しかない。それが特に身に染みたのは森で冒険者訓練も兼ねたサバイバルをしている時だ。
父は普段から私と挨拶以外はせず、ほとんど会話しない。だが、私が何かに困っているとすぐに助けてくれる。いわゆる見守り系だ。サバイバル期間中は、他人の力を借りるわけにはいかないので、両親や友達には“手助け無用”と伝えた。ところが、森の中で視線を感じることが度々あった。それは夕方過ぎの辺りが暗くなってから。ちょうど雑貨店が閉店してちょっと経った頃だ。何かの視線を感じる事は不快な事だが、その視線には不快さはなく温かみがあった。私が小さい時からいつも感じているものだから。食料調達がうまくいかなくて不安な時もこの視線のおかげで安心できた。なんだかんだ手助けされている感じだが、一応これは“手助け”ではなく、“目助け”ということでかなり苦しい言い訳ながらも妥協させてもらった。父さん、ありがとう。
私がサバイバルへ行くとき、母は家でのおせっかいな言動はあまりせず、いつもより口数少な目で送り出してくれた(それでも5分くらい“あれは大丈夫?”、“あれ、ちゃんと持った?”のあれあれ地獄が続く)。最初の1週間ほどは食料や水、寝床の確保でバタバタして食料調達がろくにできずに腹ぺこのまま朝を迎えることがよくあった。そして、いよいよ空腹で食料を探しに行く体力がつきて動けなくなった時、何か役に立ちそうなものがないかバッグの中身を全部出して考えを整理する事にした。そうしたところで違和感が。中身を全部出したのに、バッグにまだ重みがあったのだ。不思議だと思って中に手を突っ込んで探っていると膨らみを発見。見ると、なにやらパッチで縫い付けてあった。縫い目をナイフで切るとそこからは包装された丸い小さな玉のようなものが10個でてきた。兵糧丸である。私はほとんど無意識でそれを口の中に入れて味わっていた。普段はうちの店の隅の方にあって目立たず、ひっそりと売られている商品。で、味は薬品っぽく、まずくてこんなもの誰が買うんだと思っていた。今、その自分が嫌悪していたものにより、空腹が満たされ活力が溢れてくるのを感じる。この瞬間、高速で手の平返し。この商品は私の中でのベスト商品の一つとなった。
そのまま4個食べた所で、バッグを何気なく持つとまだ重さがあった。まさかと思い手探りを続けると、別のパッチがあった。それも複数あって、計4か所。その中にはまたしても兵糧丸があり、これらで計50個になった。そして兵糧丸とは別に軟膏や包帯が入った緊急医療セットもある。“手助け無用”と言った私に対し、こんなおせっかいを入れられる人物はこの世界に1人しかいない。さておき、これは手助けかと言われると微妙なところだ。手は出しておらず、ものを出しただけだからだ。そんな半ば無理矢理な言い訳で今回も乗り切った。ありがとう、お母さん。
以上、おせっかいという意味では似た者同士な両親。その支えがあったからこそ、今の私がある。そして、両親の支えやジャックスさんの助力など様々な要素が積み重なって冒険者になれたのだ。
(本当にありがとうございました)
目を瞑り、支えてくれた恩人たちを思って再度心の中で深く感謝した。