35話 思わぬ存在
サミュレはドーベンとつながりの深いものを探す中で、彼が定期的に出入りする村・ココヤトを発見する。偵察で村人との親交具合も良好である事を確認。これなら彼への十分な精神攻撃になると考え、滅ぼす事にした。もちろんただ滅ぼすだけでは勿体ないので人間捕獲・売買による営利目的を兼ねて。
滅ぼすにあたり、村の戦力を事前に調査した。村人の殆どは大した力を持っていない事が分かったのだが、1人だけ厄介そうな人物を発見する。それがヴィエネであった。
村を襲撃する前に彼女の暗殺を企てるも、つねに周囲を警戒している様で容易に近づけずにいた。どうしたものか悩んでいた所、急に降りてきた方法によって暗殺成功を確信する。
それは人間の思いやりから生まれる行動“庇う”を利用したもの。人間の強者はどういうわけか弱者を庇いたがる傾向があるのを知っていたので、ヴィエネ本人ではなく近くの弱者を狙う事にした。自分への防御や回避は簡単だが、他人の防御となると難しい。当然その防御はままならず簡単に重傷を負わせることができる。あとはなるべく少数で行動する機会を窺うのみ。多数いれば仲間を呼ばれたり、反撃態勢を取られたりして時間がかかるから。
方法が見つかった事でサミュレは村の襲撃を決行する。10人程の傭兵を後方の少し離れた所に待機させ、自分はヴィエネ暗殺の為に村近辺で身を潜めた。彼女の暗殺成功を村襲撃の合図とする予定だ。
そうして待つ事5日。ようやく理想の機会が訪れた。彼はそれを活かし予定通りヴィエネに重傷を負わせる事に成功する。ところが、その代償として彼女の反撃をくらう。咄嗟に腕で防御したので重傷は防げたが、動作に不自由さが生まれる状況。万全を期する為、自己再生を実施。もちろん逃げられた場合に追いつく時間を逆算して可能であると判断してから。結局相手は逃げずにその場に留まっていたので、その逆算は無駄になったわけだが、結果が同じならそれでいい。彼はすぐに遠距離攻撃を開始した。
自己再生能力の他に人間の知らない魔人の能力がもう1つある。それは仁力感知能力。魔力を目に込めることで仁力が物陰越しでも感じる事ができるので場所の特定が容易になる。その精度と感知距離は魔力量に比例する。サミュレは魔人の中でもそれがずば抜けて高い。精度が高いほど人の形がより鮮明に黄緑の影として映る。だからこそ、正確な遠距離攻撃が行えたのだ。
その能力で再び位置感知したサミュレは、ヴィエネの近くにいたそこそこ仁力の高い人間・ラルスを次の標的とする。ヴィエネはどうせ負傷で逃げられないと踏んでの行動だ。
予備で持ってきていた槍に魔力を込めて思い切り投げる。この槍も特殊銃と類似しており、魔力を込めることで威力が上がる仕様。厚めの岩や大型魔物の堅い皮膚をも貫くので、急所に当たれば即死である。それだけの高威力なので多少木に当たっても軌道は変わらない。そんな凶器は高感知精度によってラルスの心臓目掛けてまっすぐ飛んでいた。
サミュレはラルスが動かない様子を感知し、必殺を確信した。人間が死ぬと青い影が消えるのでそれが知らせとなる。
が、数秒待っても影は消えない。それどころか、2つの影が移動し始めた。サミュレは慌ててナイフに魔力を込めて影へ投げ込んだ。ナイフは槍と比べると威力が落ちるので多めに。しかし、影の動きは止まらずに遠ざかるだけ。結局感知範囲外まで逃げられてしまう。焦ったサミュレはすぐに追跡へ向かった。するとそこで人間を見つける。
居るはずのないものを見つけ、思わずそれと目を合わせてしまう。今一度それを視界に入れながら探知を行うも影は現れなかった。感知できない程の低い仁力。そいつの放つひ弱そうな雰囲気が瞬時にそう結論づけた。警戒するに値しない底辺の存在。自然とそれを見る目も憐れみ対象というより嘲笑対象へと変わる。そんなに弱いのになぜこの場に居るのか興味が出たので尋ねると、その弱小生物は虚勢を張り始めた。精一杯の見苦しい虚勢は哀れさを際立たせ、ついにはサミュレの慈悲の殺意を引き出す。それにより、目の前の生物は瞬殺される予定だったが、小賢しい道具を使い防がれ続けて今に至る。
(時限爆弾で近接攻撃を仕掛けてくる相手は初めてだ。自分も被弾する恐れがあるから遠距離攻撃にならざるを得ない。それ故、最初は動揺させられ、こちらの対処がおろそかになってしまった。おそらくそれこそが奴の狙い。膨大な実力差を埋めるには虚をつくしかないからな。であれば、先程から煽りを必要以上に続けるのも合点がいく)
分析によって冷静さを取り戻し、目の前の生物がただの弱小でない事に気づく。
そうこう考えている内に奴のカウントが終了。爆発と共に針の雨を浴びた。腕でガードして防ぎながら、木を盾に防いでいた奴を手刀により、その木ごと破壊して攻撃を当てようとするも、自爆による爆風でまたしても距離を取られる。奴は後ろに吹っ飛びながら、にやけた顔で声を上げた。
「魔人っていうのは大した事ないですねぇ! 全然死ぬ気がしないんですけど!」
「ふっ…」
(被弾による出血の方は灼熱薬で止血している様だが、痛みによる体のこわばりは隠しきれていない。それでも虚を成立させる為に煽り続けないとならないとは…大変だな)
冷静になった事で余裕を得ていたサミュレは、奴の煽りを1%同情のこもった嘲笑で返す。
(この針はおそらく奴の事だから何かしらの毒を塗っているはず。しかし、この爆風の威力では皮膚の深層までたどりつかないから問題ない。仮に毒に侵されたとしても再生能力でどうとでもなる。
煽り、距離取り、毒針。これでこいつの目的が時間稼ぎである事は確定した。実力差があるのに1人で残ったのは命懸けであの2人を逃がす為だろう。人間特有の自己犠牲の美学…全くもって愚かな思想よ。そんな事をした所で結果は何も変わらんというのに)
サミュレは目標物を逃げた人間2人に変えた。目の前の人間は時間稼ぎするだけで自身に害を及ぼすに値しないものと判断したからである。
(まだ数分しか経っていない。負傷した人間を運んでの移動だからすぐに追いつく。村までの距離から考えても余裕はある)
本来優先しないといけない事は自身の暗殺未遂情報が広がるのを防ぐ事。これにより、最悪人間と魔人の貿易や友好関係に少しだけ悪影響を及ぼしてしまう可能性があるからだ。その為にも未遂を完遂させなければならない。
しかし、この最優先事項は思わぬ存在の思わぬ行動によって一時的にあやふやにされてしまった。これにより、時間にしてたった数分ではあったが、完璧な時間稼ぎをくらったのだ。
(その部分だけに関しては認めてやらんとな)
優先事項を終わらせる為に駆け出したサミュレが嘲笑する。余裕たっぷりの表情で。
そんな彼の脳に突然、痛覚信号が入る。
信号は右足から。
見ると右足の脹脛に拳サイズの穴が開いており、そこからポタポタと血が垂れ落ちていた。何が起こったか思考する前に、顔が反射的にその原因と推測される方を向き、それと目が合う。
それは怒りを誘発するのに十分すぎるほどのニタリ顔をしていた。




