34話 俺の役目
意識を失ったヴィエネを彼が抱き留めた。それを見ていたラルスが怒号をあげる。
「何をしているんだ、君は!」
「何って、眠らせただけだよ。睡眠薬でね」
「はぁ!? さっきのヴィエネさんの話を聞いていなかったのか?」
「もちろん聞いていたさ。“最適を選べ”だろ?」
「だったら何で眠らせた! これのどこが最適な――」
「姉さんを頼む」
唐突に抱えられたヴィエネを差し出された事により、無意識で受け取ってしまう。
「おい! ちゃんと説明をし――」
瞬間、彼が膨張石で岩壁を発生させて表面にグニ爆弾( 手の平サイズの黄土色の丸型爆弾。衝撃を与える事で破裂し、中から弾性力の高いグニグニ成分が飛び出して対象に付着する )を投げた。それと同時に岩の反対側から砕ける音が聞こえてくる。音はすぐに接近して貫通。中からは槍の先端が現れた。岩を貫通しても勢いは残っていたが、グニ爆弾による膜がその勢いを吸収していく。槍は腕一本分くらい膜を延ばしたところで停止し、膜で覆われたまま地面にゆっくりと落ちた。
ラルスが突然の事象に混乱しているところで彼が「やはり致命傷を受けていなかったか。道理で回復も早いわけだ」と呟きながら淡々と辺りに岩壁をつくっていく。その後を追う様に岩壁は次々と破壊されていった。槍の方は無くなったらしくナイフに切り替わっており、槍の時よりも若干威力は落ちている。が、それでも数発当たれば岩をも砕く威力である。
ラルスはその光景をみている内にようやく冷静さを取り戻す。
(ヴィエネさんの狙撃は威嚇の様なもので必殺を狙うものではない。ならば、すぐに自己再生を終えて攻撃してくる事も当然予想できる)
訳の分からない行動をしたくせに今度は訳の分かる行動をする。彼の行動目的はよく分からないままだったが、この場を何とかしようとする気構えは窺えた。それを踏まえた上で先程の『姉さんを頼む』を考える。が、これはわざわざ考えるまでもない。あのまま逃げていれば、ヴィエネが殺されていたのは確実なのだから、それを選ばなかったのはヴィエネを救う為である事は明白。そして自分にその命を任せたのは、ヴィエネを連れて逃げてほしいという事。これにより、時間稼ぎ役は必然的に彼が代行する事になる。
それはつまり――
「君は……死ぬ気か!?」
「そんなわけないだろ? 生き残る気満々なんだけど。俺が今までどれだけ回避技術を磨いてきたかは、お前が一番知っているはずだが?」
「言われてみれば…」
「だから心配すんなって。それよりも村に着いたらすぐに助けに来てくれよ。さすがに魔人相手じゃ長くは持たないからな」
「分かった。すぐに戻るから絶対死ぬなよ!」
「もちろん」
ヴィエネをおんぶして急かされる様に村へ急ぐ。そんな2人を数本のナイフが襲うが、爆弾の爆風によって軌道を逸らされ周囲の木に刺さる。それを耳で感じつつ、微笑むラルス。
その後もナイフが彼等に投げ込まれ続ける。が、尽く防がれる。
(ここまで防がれたらこっちじゃなくって、防いでいる方を狙った方が得策だと思うけど……まさかね)
少々疑問が生まれたが、今は村に帰還する事を最優先とする様に切り替えた。
2人が完全に見えなくなった所でナイフ連投も止まる。それに彼は安堵した。
(うまい事行ってくれてよかった。ああでも言わないとあいつは自分が残るとか言い出しそうだったからなぁ)
彼はラルスに嘘をついていた。魔人と自分にどれだけの差があるかは知っているし、仁力による防御手段のない自分が生き残れるはずがないと思っている。だから、彼には生き残る気など微塵もなかった。むしろここで死ぬつもりだったのだ。そう決意したのはヴィエネによる最適選択強要が原因である。
姉の言葉を受けて彼は自分なりの最適を考えた。そうして生まれたのが、姉とラルスが生き残る確率のある選択。有能である2人が生き残るという大きなメリット。そして、無能の自分が死んでも大したデメリットにならない。よって、これは彼にとっての最適となった。
しかし、いくら最適選択でも成功確率が高くなければ実行するのは躊躇われる。彼も躊躇った。ところが、そんな躊躇いをヴィエネの『あんたにもできる』という言葉が吹き飛ばす。彼にとって姉の存在は絶対的なものであり、当然その決定も絶対感があった。それにより自身の最適選択が『姉さんができるというのだからできるんだ』と脳内肯定される。こうして彼は、この選択を実行するに至った。
彼が色々と設置している所、急に牛型魔人が現れる。目が合う2人。魔人の方は少しだけ首を傾げて薄ら笑いを浮かべながら見下した様に話した。
「何だ、人間がもう1人居たのか。気づかなかったわ」
「そうですか。随分と目が悪いのですねぇ。ここに村一番の狩人が居るっていうのに」
「貴様がか…? 笑わせる」
「おや…? 力量差も分からないなんて頭の方も悪いみたいですねぇ。大丈夫ですか?」
「どうやらすぐに死にたいらしいな」
「それはこちらの台詞で――」
途端に間が詰められ魔人が目の前に現れ、心臓に向かって手刀が突かれる。ノーガードなら貫かれて終わりだが、今回は貫かれておらず、代わりに勢いに押されて後ろへ飛ばされたのみ。よく見ると彼の胸部に黄土色の膜が現れていた。それにより、即死は待逃れたようだ。
後方へ吹き飛ばされながら「3…2…」とカウントを呟く。そんな事お構いなしに魔人が追撃の為に彼に接近。覆いかぶさる様に魔力を込めたナイフで刺そうと構えた。その時、魔人の後方で破裂音が聞こえ、魔人の背中に無数の針が突き刺さる。
「守ってくれたみたいで、どうもすみません」ニヤニヤ
「貴様ぁ…!」
怯まずにめった刺ししようとして来る魔人と彼の間で爆風が発生し、縮んでいた距離が再び開いた。彼は破裂片によって負傷して飛ばされながらもまたカウントを数えている。
(こっちの爆風なら耐えられるけど、あっちの一撃をまともにくらえば即死だ。まぁ死ぬのは構わないけど、ラルス達が逃げ切る時間くらいは稼がないといけないよな)
追い詰められてはいるものの彼には充実感が生まれていた。それは無能な自分が有能な人間の役に立っているというこの状況と自己犠牲によって自分の命が使い捨てられているという感覚から。
(そうか…これが俺の役目だったんだ…!)
子供の頃から頭の隅にあった疑問。その答えがようやく出た事で彼の表情が輝いた。




