33話 最適な選択
(何が…起こった…?)
ラルスの目の前には銃を構えるヴィエネの姿があった。右脇腹に拳くらいの穴が開いており、そこから血が溢れるように流れ落ちている。その状態と呼吸の粗さから重症である事が一目で分かった。
ヴィエネの状態も気になるが、それよりも気にしなくてはいけないのは何者かに奇襲を受けたという事。何者かは未だ気配を感じさせず、隠れたままなので正体不明。唯一の手掛かりはヴィエネの穴の先に見えた木に刺さった槍。しかも深く刺さっている。彼女を貫通した後でもこの威力という事であれば、元の威力は相当高いのだと容易に推測可能。
そして、この高すぎる威力のおかげで何者かの正体も判明する。
槍にここまでの威力を持たせられる生物は1種だけ。
そう、魔人だ。
それに気づいたラルスが改めて先程飛んできた槍の軌道を見直す。
(ヴィエネさんが突き飛ばしてくれなければ、間違いなく串刺しになっていただろう… 僕は気配に気づけなかったけど、ヴィエネさんは気づいた。しかも僕達を庇いつつ、おそらく反撃も入れている。
現時点で魔人に対抗できるのはヴィエネさんだけなのに、庇わせたせいで重傷を負わせてしまった。これで今の僕達が魔人に対抗する手段はない。後はただ殺されるだけ… こんな事ならさっき串刺しになっていればよかった……)
ラルスは自分の無力さを悔やんだ。
浮上する絶望。
それは先程から隣でずっと「姉さんが負傷…? そんなのありえない…」と青ざめた顔で永遠と呟いている男の姿を見る事でより一層ひどくなっていく。
ラルスの意識が哀れな隣人の様に現実から遠ざかろうとした所で、ヴィエネが「よし、一先ずは大丈夫そうね」と銃の構えを解いた。それからすぐに傷口を灼熱薬で止血し始める。
絵的に全然大丈夫そうじゃない。ラルスが呆気に取られていると、その顔をみたヴィエネが話し始めた。
「何が大丈夫なんだ、って顔ね」
「ええ、まぁ…」
「あんたなら察してくれるかと思ったけどなぁ。一応相手が魔人だという事には気づいたわよね?」
「はっ…はい!」
「よろしい。なら、次に考えないといけないのはその人数。それが今、1人である事が分かった。ここまではいい?」
「すみません。3秒だけ時間をください」
「3――」
ヴィエネが了解した事を知らせる様に秒読みを開始する中、ラルスが必死で思考を回す。
槍による攻撃と同時にヴィエネが発砲。1人の相手に対しての発砲なので、複数いた場合は奇襲に気づかれているという事でこれ以上潜伏する理由もなく、すぐにでも追撃を仕掛けてくるはずだ。それが無いという事は複数という点が消える。
次に銃弾が相手に命中していなければ、すぐに追撃の一投を放つか、仕留めに直接狩りにくるなどの何らかの攻撃があったはず。それが無いという事は命中し、十分な深手を負わせているという事だ。魔人には自己再生能力があると聞く。おそらく現在はそれに専念しているのだろう。だから、“一先ず大丈夫”なのだ。
「1――」
「理解しました。これからは、再生が完了するまでにこちらも態勢を整えるおつもりですね?」
「理解はあっているけど、これからの流れが違うわ。2人は村に戻ってこの事を知らせる。そして私がここに残って魔人の足止めをする、以上。分かったらとっとと行って」
「行けるわけないじゃないですか! 魔人相手に1人で足止めなんて無茶です。それに負傷中なら尚更――」
「なら3人とも残る? 今の戦力では全滅するだけでしょう?」
「で…ですが…… そうだっ! 今すぐどこかへ身を隠しませんか? 隠れて相手が出て来たところを今度はこちらが奇襲を仕掛けましょう」
「攻撃の瞬間まで気配を消せるほどの相手がこちらを見失うなんてヘマをするものかしら? それはさっきの攻撃に気づけなったあなたが一番分かっていると思ったのだけど」
「うっ…」
「まぁこの状況だから冷静に考えられなくなるのも分かるけどね。できればあんたにはこういう経験を何回もさせて教えてあげたかった。ちょっと残念ね」ニコッ
「ヴィエネさん…」
「あー あと仮に隠れてやり過ごす事に成功したとしても、奴が村の方に行った場合は村の皆に注意喚起できていない状態だから被害が増える事になるし、どの道隠れるって選択肢はないわ」
自分の意見の至らなさに気づきガッカリするラルス。
そんな彼にヴィエネは優しい表情で語る。
「いい? 目の前に選択肢が現れた時、常に最適な方を選ぶ様に心掛けなさい。最適さはメリットが多くてデメリットが少ない方だから、間違えようがないはずよ。そうやって最適を選び続けていれば、自然と最適な自分に近づく。少なくとも私はそうやって成長してきた。おかげで今では村一番になっているのだから“最適”を選んだのは間違っていなかったと思えるわ。だから、ラルス…あなたも最適を選びなさい」
「最適……」
(この場合は一番犠牲が少なくて済む方。僕達が逃げて村の皆に伝える事。これなら犠牲はヴィエネさん1人で済む)
確かに最適だが、恩人を見殺しにする様なもので心苦しさは相変わらずだった。まだ他にはないものかと考えたい所だったが、時間も差し迫っている事を考えるとその余地もない。よって、彼には唇を噛みしめながら「必ず伝えます」と村の方角へ向くしかなかった。
ラルスが最適を選んだ事でヴィエネは一安心する。そして、もう一人の男にも最適を選ばせようとそちらの方を向いた。
男はまだ「姉さんが…」を続けていたのでヴィエネは大層ガッカリした。が、これでも一応は大事な弟で死なれては困る。なので、ぶっ飛ばしたい気持ちは必死に抑えて促す事にした。
「あんたもさっさと最適を選びなさい。でないと、ラルスに置いて行かれるわよ?」
「最…適…?」独り言がようやく収まる。
「そう、最適。それくらいなら、あんたにもできるでしょう?」
「俺に…できる……?」
やや間があった後、男が不気味に笑い出す。
「ふふ… そうか… そういう事だったんだ。分かったよ、姉さん!」
「…あっそう」
変なスイッチを入ってしまった事に引きつつも、一先ずは理解してくれたようで安心する。安心した所で、脇腹の痛みがズシリとのしかかった。今まで2人に最適行動を取らせるのに集中していた意識がなくなり、一気に自分へ向けられた為である。激痛に冷や汗をかきつつも表情には出さない様にして、これが見納めになるであろう2人に声をかける。
「ラルス、愚弟を任せたわよ」
「はい、任せてください」
「あと、村まで全力で飛ばしなよ。じゃないと化けて出るから」
「その方が良……分かりました。これまでの朝練の成果を全て出すつもりでいくので安心してください」
「頼もしいわね。なら、安心しておくわ」
ラルスと最後にガッチリ握手をする。そして愚弟とも軽く挨拶をしようとした所で急に首元にチクリと痛覚が。急いで振り向くとそいつが針を持っている。どういう意図か思考しようとすればするほど思考が遠退いていく。その消えゆく意識の中で聞こえたのは「おやすみ、姉さん」という静かな声、見えたのはニタリ顔だった。




