31話 どうでもいい事
ヴェンダちゃんの群れ騒動から3日後、ラルスは捻挫が完治し喜んでいたが、介護をしていたクリミアの方は少し残念そうだった。
怪我明けの朝練を何とかこなす。少し休んだ後、採取組の護衛へと出かけて帰ってきたら明日の狩りの準備。気づけば夕方になっていた。
そして、日課だった夕方の鍛錬を開始する。
30分程撃ちっぱなしで汗を流し、ヘトヘトになった所で終了。
(彼のところへいってみるか)
いつもより少し早く終わり、まだ時間に余裕があったのでその有効活用の為。ラルスは彼が居る村外れの林へ向かった。
人気のない林で衝撃音が聞こえる。その音源付近に彼は居た。
「3…2…1」
カウント後、彼に向かって背後から丸い球体が飛んでくる。それはかわされ、木へと衝突。そこから黄土色の膜が広がり、木の下から半分ほどを覆った。彼はというと、さっきかわした時に、地面へ手のひらサイズの黒い四角の箱を転がしており、またカウントを呟いていた。そのカウント終了後、黒箱が破裂して中から何十本もの針が飛散。すると彼の前に岩壁が出現したことで防がれた。いつの間にか上空から赤い球体が落ちてきている。これは壁を出現させたのと同時に岩陰から彼が投げ上げたもの。彼は球体が地面へ落下するタイミングに合わせてカウントを刻んでいる。カウントが終わると、先程より太い針が飛散して彼が隠れる岩壁を破壊していく。その勢いのまま彼の下に届くかと思いきや、いきなり出現した黄土色の膜を引き延ばすだけで勢いを殺され、彼の下には届かなかった。そして、またしても始まるカウント。これは彼が1年前から取り組んでいる罠の連鎖練習である。現場では、罠を仕掛けている時間がない場合がほとんどなので、即興で仕掛ける事が出来てすぐに発動するものが望まれた。そんな彼の要望を実現したのが今の形である。なお、これを群れ騒動の時に使わなかったのは、狙撃の邪魔になる事と負傷したラルスが回避できないと考えての事であった。
彼は罠の実際の効力を見る為に自分で罠を発動させて自分で防ぐという異質な方法を取っていた。罠のできを客観的に捉える事ができるので、問題点に気づきやすく、その改善によって精度が飛躍的に向上された。まだ魔物を狩る程の威力は望めないものの、足止めするには十分な性能になっている。
ラルスは彼の罠に被弾しない様、遠くから見守る。10分経過し、持ち罠が尽きた所で練習が終わった。それを見計らって木陰からラルスが出てくる。
「お疲れ様」
「おお、来ていたのか」
「うん。…相変わらず、君の罠はとんでもないね」
地面や木々の荒れた状態を見ながら肩をすくめる。
「この威力じゃ魔物を倒せないからまだまだだよ」
「そう? 特殊武器なしでこれなら上出来だと思うけど」
「倒せないと上出来じゃないの。これだから有能は…」ブツブツ
「煽ったつもりはないのだけどね」
(それと罠は本来倒す為のものじゃないと思う。何か勘違いしている気が…)
「つもりはなくてもその余裕ぶりは無能には堪えるの、分かる?」
「ははは、気をつけるよ」
「全然気をつけてないじゃん。もういいや… ところで今日は何しにここへ来たんだ?」
「様子を見に来ただけ。特に意味はないよ」
「怪我明けだから空き時間は休養に専念しろよな。こんなつまらんもの見に来てもなんの得もないのだしさ」
「そうでもないけどね」
「物好きなこった… あっ、そういえば――」
バッグから分厚い図鑑を取り出しめくり出す。
「この前のヴェンダくんの変身したやつなんだけど、ヴェンダさんっていうらしいぜ。ほら、ここ」
「本当だ。一応図鑑には載っているんだね」
「ああ。ただ、肝心の倒す方法は書いていないんだよ」
「ってことは、今の所の対策は逃げるだけって事かな?」
「そうなる。何か歯がゆいよな。倒せそうではあるのに」
「あれを倒すつもりでいるんだ…」
「当たり前だろ?」
「その自信はどこから来るのやら」
「…実はこの前戦った時にある事に気づいたんだよ」
「ある事って?」
「ヴェンダさんの攻撃でヴェンダちゃんが倒れたのを覚えているよな? という事は魔物の攻撃は魔物に有効だという事だ」
「強い魔物の攻撃が弱い魔物に有効なのは当たり前の事だと思うけど…それが何?」
「分かってないなぁ。つまり、魔物の攻撃を利用すれば魔物を倒せるって事だよ」
「ごめん。ちょっと何を言っているのかいまいち分からない。魔物の攻撃を誘導させるって事? 同士討ちみたいな」
「それも狙いたいけど、俺のやろうとしているのはちょっと違う。魔物を攻撃の道具として使うっていう意味だよ」
「益々意味が分からないのだけど…」
「まぁ今は調整中でとても実戦で使える状態じゃないから、使える様になったら見せてやるよ」
「おお、そいつは楽しみだ」
雑談が終わり、帰ろうとした所でラルスがふと何かを思い出す。
「そういえば、君にあの時の借りを返さないとね」
「借りって?」
「この前の騒動で助けてもらった借りだよ」
「はぁ? 別にいいって。というか、採取の護衛で毎回借りを作っているわけだから、こっちの方が借りはあるぞ」
「それは仕事だから借りには入らないよ」
「だったら、あれも仕事の延長みたいなものだから借りに入らないはずだ」
「そんな事はない。君が来なければ僕は確実に死んでいたからね」
「でも俺以外の誰かでもできたわけで俺が今回偶々駆け付けただけだからな」
「あの時間稼ぎは君にしかできないと思うけどね。そもそも駆け付けない様に配慮したのを壊してまで駆け付けられるのはあの場で君だけだったはずだよ?」
「うっ…」
この後、彼の必死の抵抗虚しくラルスの借りは返されることになった。3ヶ月間試作罠の実験に付き合うという形で。
◇◇◇
夜、村長家横の集会場で村長による説法会が今日も開かれていた。
「今日は“特別”という言葉について考えたい。えーと…ダイン君。君は自分に何か特別な力があって欲しいと願うかな?」
「はい、あるならば…」
「答えてくれてありがとう。…今の彼の様にほとんどの人がそう答えるだろう。なぜなら、特別である事は他者より優れているという指標になるから。集団の中ではより優れている者が生き残りやすい。そういった生存本能が働く為に人は他者と比較や評価に縛られやすくなっている。と、ここまでは以前の説法で言ったから皆理解しているな?」
「はい」
「よろしい… 本能は食欲、睡眠欲、性欲などの欲の象徴。これらの欲には本来抗えないとされているが、私はそうは思わない。なぜなら、これらは意識すれば我慢する事ができるから。反対に、心臓を動かすといった無意識に行われる生命活動は意識しても止める事はできない。まぁ頑張れば呼吸は止められそうだがな」
会場が失笑する中、話は続く。
「人間が欲に対してこうも従順なのは生に縛られているからだ。一日でも多く生き延びないといけないと考えてしまう為にその欲を満たす事で安心感を得ようと必死になる。ところが、よくよく考えてみてほしい。そもそも生き延びなくてはいけないという決まりはないという事を。これは誰かが適当に考えた後付けの決まりに過ぎない。現に赤子で生まれたての時、誰も“生き延びろ”という命は与えられなかったはずだ。ただ生まれてきた、それだけの事。当然我々の祖先もそうだったはずだから、これで後付け説が濃厚になるというわけだ」
「言われてみれば確かに…」「なるほど…」とざわつく会場。静まるのを待って村長が続ける。
「これを踏まえて最初の話に戻る。確か…“特別“のような優劣の評価に縛られるのは生存本能が働くからという事だったな? 先程の話で我々に生存義務がそもそも無い事を理解してから改めてみると実にくだらない事だと思わないか? 無理に長生きする必要が無い以上、この思考そのものが考えるだけ無駄な事だというのが良く分かる。そもそも人間はただの生物に過ぎない。それが長生きしようが、優れていようが、劣っていようが、無能だろうがな」
村長が1人の人物に視線を送り、その人物がゆっくり頷いた。
「なので、今後自分が人の評価が気になった時に今回の話を思い出してほしい。それで自分がくだらない後付け生存競争に巻き込まれている事に気づくはずだ。気づけて放置する事ができれば、自然とその思考の縛りから脱却し、“今”という重要なものを手に入れる事ができる。無論そちらの無意味な競争を楽しみたいのであれば止めはしない。ただ、私は巻き込まないでほしい。今夜もフカフカのベッドでゴロゴロする事を存分に楽しむのに忙しいのでな」
会場が今日一の笑いに包まれる。その反応的に少なくとも今日の参加者は“気づいた”らしい。
「さて、最後にいつもの様に自然の摂理について話してしめようと思う。時間が流れる度、物事は絶えず変化しているが、本質は変わらない。例えば強い者と弱い者の関係何かがそうだ。弱い者が強い者に奪われるのは自然の流れで仕方がない事。どうしようもない事について熟考するのは無駄である。だから、これに対して憎しみを持ってはいけない。全て流れに身を任せて受け流すのだ」
村長がまたしても1人の人物に視線を送り、その人物が頷いて説法会が終了。
この説法会を始めたきっかけは村長が彼に“気づき”を与える為であったが、今や村人の大半を巻き込んだ一大宗教と化していた。結果的にこれによって、村長としての尊厳も高まったわけだが、彼はそんな地位や名誉の事などどうでもいいと思っている。そんなくだらない事よりもベッドでゴロゴロする事の方が重要だと知っているから。




