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30話 愚かな思想の愚かな生物

 ココエト森を抜けて東へ行くと荒野が広がっており、そこにタミロスという町がある。ここには300人程の牛型の魔人( 直立2足歩行の生物。男性は角が2本はえているが、女性は角がない。男性は筋肉が美しい程優れているとされているので、そのアピールとして上半身の露出が激しい )が暮らしていた。人間の倍以上はある筋力・体力を活かして農作を積極的に行った結果、今では農業が盛んな町として栄えており、生産された農作物で人間との貿易も行っている。

 町には冒険者ギルドもある。A~Cにランク分けされた冒険者が、難易度A~Cにランク分けされた依頼をこなすのはブダシヤカと一緒だが、登録の際に採用試験の様なものがない。人間・魔人の冒険者ギルドでは採用試験を行わないのが一般的なので、ブダシヤカが特殊なだけだ。

 これとは別に裏依頼も存在する。これは人間の捕獲や暗殺等の公では申し込めない依頼だ。当然依頼額も高額なので、稼ぎたい者にとっては人気。が、バレない様にやらなければならないので難度は高く、Aランク冒険者のみが対象となる。

裏依頼を受けたい時は受付にギルドカード(証明書)を見せながら「今日も悪い天気ですね」と言うと、奥の部屋に通され、そこで裏依頼を紹介される。


 今、1人の男が奥の部屋に通された。今回は彼に注目してみよう。


 彼の身長は2mで歳は35。1mはある重そうな黒い金棒を2本、背中でクロスさせ背負っている。見事に割れた腹筋には無数の傷があり、顔は厳つく鼻にはピアスをしていた。

 部屋には受付嬢とは別の職員が待機しており、退出した嬢と交代する形で話し出した。


「サミュレ様、いつもありがとうございます。今出ているのはこちらの2件になります」

「ふむ…人間の雄5匹の拉致とザビエン( タミロス町長 )の暗殺か…… ふふ、やはりあいつを恨んでいる者が居たか。自分の懐を温める為に増税を繰り返していれば反感を買うのは当たり前だ」

「暗殺依頼を受けるおつもりで?」

「いや、止めておく。あいつの護衛は堅いし、てこずるのでな。…それにしても、財力を護衛につぎ込むとは、一応自分が恨まれているという自覚はあるらしい。その気づきをどうして町民の為に使えないのだろうな」 ※裏依頼は権力者の監視が届かない極秘仕様

「おっしゃる通りです。…しかし、残念です。サミュレ様なら達成確実と思われた依頼だったもので」

「あいつは相当恨みを買っている。私でなくともいずれ誰かがやってくれるさ。そんなわけでもう1つの依頼の方を受けよう」

「ありがとうございます。内容をご説明いたし――」

「大丈夫だ。依然と変わらんのだろう?」

「はい。ただ、依頼額が以前より100金増えて1000金になっております」

「流石に増やして来たか。理由は昨今の人間による魔人暗殺によるものかな?」

「よくご存じで」

「この前同僚もやられたのでな」

「失礼ですが、その割には随分と落ち着いておられますね」

「我々の生業ではよくある事だからな。危害を加える者が危害を加えられる者からの反撃を受けないという保障はどこにもない。これをやっている時点で皆それを覚悟しているさ。それよりもおかしいのは人間だ。人間・魔人間の条約では“集落や人をむやみに傷つけてはならない”とあるが、こんなものバレない様に気をつければいいだけであってないような話だ。…分かるよな?」

「はい。1人も目撃者がいなければ、条約の証明はできないので皆殺しにすれば問題ないという事ですよね?」

「その通りだ。奴らはそれが理解できない様で、自分達が被害を受けようと狂った様にこの条約を順守した。そうさせるのは奴らの思想に“礼儀”や“忠実”といったものがあるからだ」

「それはどういった思想なのですか?」

「悪いが、全く理解できなかったから説明は不可能だ。ただ、思想を守る事を美学とした一種のかっこつけの様なものだというのは辛うじて理解できた。…それを思うと人間が哀れでならん。かっこつける為にかっこつけて死まで選択するとは…… これのどこが“かっこいい”のだ? それで死んでいては“かっこ悪い”ではないか。本当に人間とは滑稽な生物よ」

「全くですね。思想に縛られて命を無駄にするなんて考えられません」

「普通はそうだよな? それだけ奴らは普通じゃないんだよ。まぁ最近はこちら側も狩られているみたいだからようやくまともな思想になったってところかな」

「人間達の反撃は警戒した方がよろしいですか?」

「そこまでの心配はいらん。所詮奴らの戦力は我々の半分以下、手練れの者が数名に囲まれない限りは大丈夫だ。だから、数で同等を保てれば絶対に負ける事はない。ただ、奴は警戒すべきだな」

「…冒険者ドーベンですか?」

「ああ。奴1人だけ我々と同程度…いや、少し上の力を持っている。やられた奴は所詮人間だからと油断していた部分があっただろうが、噂が浸透して油断がなくなった今でもやられているという事はそう思わざるを得まい」

「サミュレ様でも厳しい相手でしょうか…?」

「おそらくな。奴と交戦した者は全員始末されているから、戦闘情報が全くないのだよ。情報はブダシヤカへ行った商人から聞いた外見の情報のみだ。“情報が無い”のと“実力が同程度”であれば勝率は不安定。よって、今の所は奴との戦闘を避けるのが得策だ」

「“今の所”という事は何か奴を倒す策をお持ちという事ですか?」

「へぇ、鋭いな。さすが裏依頼を受け持っているだけはある」

「ありがとうございます」

「では、その鋭さを称賛するという形で特別に話そう。さっき、チラッと人間はくだらない思想に縛られていると話したな? それを利用する」

「と、言いますと?」

「人間が使う思想の中に“絆”といった言葉がある。これは他人に情を持つ事で自分と相手が繋がっている様に思い込むという奇妙なものだ。奇妙ではあるが、効果は多少あってこの絆がある事で人は強くなると言われているそうだ。なら、反対に絆がなくなれば弱くなると考えた。具体的には奴が情を持つ人間の暗殺だ。これにより、奴の精神は確実に削られる。そうして弱った所を見計らって始末するつもりだ」

「肉体攻撃からではなく精神攻撃からとは驚きました。敵の特性を利用した策なのもお見事。ただ、中々大変そうな策ですね。まずは奴の交流関係を洗い出さないといけませんので…」

「まぁ気長にやるさ。奴が私達を狩るのは拉致の多い地域で見回りや護衛をしている時のみ。近づかなければ奴の方から仕掛けてくることはない」

「仕掛けてこないのは条約に縛られているからですね」

「そうだ。だから、時間をたっぷりかける事ができる。私が奴の立場なら、他の強い冒険者と協力し、この町周辺で暗殺を数件こなして警戒網をわざと強化させて緊張状態に持っていき、疲弊を狙っただろう。そうなってはこちらも厳しい。そこは相手が愚かな思想持ちの人間で助かったと思っているよ」

「ははは。…それはそうと、話の流れとはいえ、ドーベンの暗殺もやって頂く形になってしまい申し訳ありません。暗殺が成功した際にはそれなりの報酬をご用意致します」

「それはありがたい」

「今後の拉致依頼の弊害を考えれば、ありがたいのはむしろこちらの方です」


 会話は終了し、職員が「では、よろしくお願いします」と頭を下げる中、笑みを浮かべたサミュレが部屋を出て行く。

 5日後、ブダシヤカの町に行方不明者5名の捜索依頼が発生。それについては彼が詳しく知っているだろう。

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