3話 魔石採掘、本来なら簡単なお仕事です 後編
オトナオオトカゲの姿が大きくなるにつれ、私の鼓動も大きくなる。
(せめてジャックスさんの足手まといにならない様に援護しないと)
そう思い、ポケットの中の目つぶし用の粉が入った袋を握った。
トカゲは目を異物から守る瞼や膜が発達している。その上位互換であるトカゲとなれば、その性能もさらに向上している事だろう。よって、私のこの行為ははっきりいって無駄である。無駄と知っていてもそうするのは、何でもいいから足掻かなければならないという弱者なりの見苦しい意地だ。
(あと少し…もう少し、近づいてきたら…… 投げる… 投げるんだ…)
震えを必死に抑えながらその時を待つ。
私が緊張で追い詰められていると、私の前に人影が現れた。
「悪いが、速攻で終わらせてもらうぞ」
杖サイズの組み立て式特殊銃( 仁力をこめないとトリガーが引けない構造。内部のスプリングに仁力が伝導し、弾性力を強化。仁力を込めるほど弾の威力と速さが増す。これもあり、通常の銃の倍以上の性能を持つ )を右手で持ち、やる気満々なジャックスさん。戦いを急ぐ理由はこのトカゲを始末した後、すぐにでも裏切り者を始末したいが為だろう。
彼は宣言通り、トカゲに向かって駆け出す。それに気づいたトカゲが、遠距離から舌を槍の突きの様に鋭く伸ばしてきた。それを当たるか当たらないかの絶妙なところで横飛びしてかわした。その横跳びの姿勢から、舌の側面に向かって弾を撃ち込んだ。それにより、舌は力の向きを無理矢理変更させられて揺らぐ。その揺らぎが舌の根本であるトカゲ本体に伝わって、やや重心がぐらついた。トカゲは踏みとどまる為に、4足に重心を集中させる。この一瞬、トカゲの意識が彼から離れた。
すかさず、彼はトカゲの目のやや後ろの方に向かって弾を撃つ。今度の弾は先端が鋭く尖っているらしく、皮膚に刺さっていた。
「あのトカゲの皮膚って硬すぎて銃弾が通らないんじゃなかったっけ…?」
彼は私が驚いている内に弾を替え、今度はその刺さった弾の側面に向かって連射し始めた。弾は全弾がその小さい的(弾の側面)に向かって命中。恐ろしい命中精度だ。そのまま10秒程連射が続くと、突然トカゲがズシリと大きな音をたてて地面に倒れた。動きはなく、気絶している様だった。
(そうか。あの尖った銃弾が刺さっていたのはトカゲの脳の付近。振動を絶えず与えて脳震盪を起こさせたんだ。っていうか、特殊銃ってあんなに連射できるものなの? 私がやったら2,3発撃ってゼーハー言ってそう…)
仁力を消費する際、肉体疲労はないが精神疲労はある。その消費間隔が短かったり、消費量が多いほど疲労感は増すので、連射となればその疲労感は全力疾走を続けるようなものだ。ゼーハー言ってない彼を見て、改めてAランクとの実力差を思い知った。
その後、先端にソックリ草から抽出した麻痺成分がたっぷりしみこんだ尖り銃弾がトカゲの各足関節に撃ち込まれる。銃弾は刺さるものの、成分が浸透する部分までは届かないので、ハンマーを使って打ち込んだ。ハンマーを撃ち込むだけだったので、2手に分かれてフルスイングでゴンゴンと打ち込み、ひとまず確実に麻痺状態へ。この巨体なら、2、3時間ほどで動けるようになりそうだが、それだけあれば充分に逃げられる。
終わってみれば、5分ほどでこの状況。しかも、魔石採掘場所として今後も利用する為に、殺さずに戦闘不能にする事で対処した。ここまでくると凄すぎて変な笑いが出てきてしまう。
その後、すぐに洞窟の外へ。暗視眼鏡を外し、辺りを見渡して警戒。魔物の気配はゼロ、安全だ。私が力を抜くと、
「悪いが先に帰っていてほしい。ちょっと中に忘れ物をしたのでね。ギルドの人にはちょっと遅れるかもしれないと伝えておいてくれるかな?」
「分かりました。では、依頼物はこちらで納品しておきますね」
「ああ、頼むよ。あと、なるべく急いで帰ってね」
「はい、任せてください」
納品とあの裏切り者をぶん殴るという追加ミッションを遂行する意味も込めて私はニヤリと笑う。さておき、こんな事があった後でも依頼者を優先する姿勢は見習わなくては。
ジャックスさんは反対側の入り口の方に駆けていった。
(そうか。まだあの石が塞いでいるからだ。…ってことは、洞窟奥に落とし物をしたって事?ジャックスさんでもそんなミスをするんだ…)
突然のハプニングがあれば、誰でも動揺してミスは出る。優秀な人から普通の人間らしさをみることができて少しだけホッとした。
◇◇◇
町に帰還し、ギルド館へ。魔石を納品し、ジャックスさんの言葉も伝え、依頼は達成した。後は裏切り者をぶん殴るだけだ。ところが館内のどこにもいない。職員の人に聞くと、まだ帰っていないとのこと。
(さては逃げたな)
逃げたとしても、この町内にいるならすぐにばれるし、町外にいたとしてもあいつの生存能力の低さではのたれ死ぬだけだろう。なにせコネだけがあいつの取り柄だから。そう考えるとあいつを探すのに労力を使うのが馬鹿馬鹿しくなってくる。どうせ戻って来たジャックスさんがすぐに探し出して血祭りにあげるなりしてくれるだろう。それくらい怒っていたから。
私は完全に丸投げモードに入り、図書館へ向かう。魔物図鑑目当て。今日何もできなかった反省でトカゲに対しての対策を練る為である。
図書館に入り、そのまま生物コーナーへ。図鑑を見つけ、適当な場所を見つけて座る。
目次からオトナオオトカゲのページを見つけ出し、読んでいるとため息が出た。相変わらず、“見つからない事” や “沼のぬかるみに引っ掛けて逃げる” “岩場の隙間のような入り込めないところでやりすごす”などの地形を利用した対処法しか書かれていなかった。
やはり問題となるのは堅い皮膚。あれにより、武器が体に通らないので怯ませることが容易ではない。あと、変温動物の特性を活かした冷却攻撃も、皮膚が分厚過ぎて温度が伝導しづらいので、ほとんど効かない。やはり通常の方法ではどうしようもなく、高い仁力を持ったAランク冒険者でないと対処しきれないといった感じだ。
(はぁ… やっぱり現実はそんなに甘くないか。そりゃ、ちょっと調べただけであんな魔物を対処できるわけがないよね)
力なくページを戻り、読み直す。
(ってか、体長5mもあるんだぁ……あれ? 今日見たやつって3mくらいじゃなかったっけ? っていう事はあれでまだ子供? いくら何でも大きすぎるでしょ… とりあえず、大人に出会わなくてよかったぁ)
子供でもあの威圧感だったのに大人が出てくればどうなったことか。裏切られて閉じ込められるという不幸はあったものの、一応総合的には幸運だったらしい。
図書館を出ると辺りはもう薄暗くなっていた。
そのまま帰路を歩いていると見覚えのある人影が見えた。その人影は誰かをおぶっている。私はすぐさま声をかけた。
「ジャックスさん、お疲れ様です」
「うん、お疲れ様」
気持ちの良い笑顔での返答。
背負っている誰かは気絶中。服がボロボロで血の跡がいたるところにあった。そのボロの隙間から包帯により簡易処置されているのがみえた。顔面もひどい有様だった。もとからひどいけど。
私の想像していた遥か上をいく痛めつけっぷりを見ることができたので、私の怒りはいつの間にか鎮火した。むしろその痛々しさからは寒気がしてくる。
(とりあえず、この人だけは絶対怒らせないようにしよう)
私はこの町で生きていく上で、一つ大事な事を学んだ。
「魔石は納品できた?」
「はい、お陰様で」
「ということは、今日から冒険者ってわけだ。おめでとう」
「……は、はいっ! ありがとうございます」
そうだ。色々あり過ぎて、その事をすっかり忘れていた。
「これからも仲間としてよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
それからジャックスさんが手を振って立ち去るのを深く礼をして見送った。




