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29話 魔物よりも厄介な人

 瞼の外に刺激を感じて目を開けると、窓から朝日が差し込んでいた。包帯で右足首が固定されているのを見て、改めてあれが夢じゃなかったのだと実感する。

 すでに起きていた両親に挨拶すると「もう大丈夫なのか?」と聞かれたので笑顔で頷く。昨日はそのまま家へ運ばれて2日は安静にしておくようにと伝えられたらしい。そのまま朝食をとってから、杖を借りて散歩する事にした。もちろん「派手に動き回るなよ」と念を押されて。

 早朝ではないこともあって、結構人が出歩いている。その中に昨日の隊員の1人だったクリミア( 同期。金髪で長い髪。身長は低いが、鼻が高いのが特徴。やや内気な性格だが、やる時はやる強さを秘めた人 )を見つけた。僕が気づいたのと同時に彼女もこちらに気づき近寄ってくる。


「おはよう。……元気?」

「ああ…うん! もちろんだよ」

「よかった…あっ、昨日は私のせいで捻挫させてごめんなさい」

「いや、君のせいではないよ。あれは勝手に捻挫しただけで、どう考えても僕自身のせい。だから気にしないで」

「でも、きっかけを作ってしまったのは私だから…」

「……じゃあさ、捻挫が治るまでの数日間、身の回りの補助をお願いできるかな? 片足だと不自由な事が意外と多くてさ」

「もちろんよ!」


 彼女の曇っていた表情が急に晴れる。そして、杖が取り上げられた代わりに肩を貸してくれた。

,

「ところで昨日のヴェンダちゃんとの戦闘、凄かったらしいね。何でも1人で100匹は仕留めたとか」

「100匹!?」思わず体がふらつく。

「わっ!」

「ご、ごめん」


 明らかに数が盛られている。しかもほぼ倍に。


「どうしたの、急に? でも、驚くのも無理ないかぁ。それだけ数なんて気にならない程集中していたって事だし。それなら『無心で淡々と狩る姿はまさに狩人だった』という話も頷けるわ」

「…ちょっと待って。君にこの話をしたのって…」

「えっ? ああ、彼よ」

「やっぱりか…」


 この村で僕についての話を盛る人物となれば彼しかいない。彼は昔から僕を過大評価してきた。僕が彼の思う程、評価される人物でもないに関わらずだ。迷惑だからやめてほしいと言っても、彼は「いや、事実をありのままに伝えているだけだからやめないよ」と真顔で返される。多分彼の中での僕の理想像がいずれはそうなるという事で現実像を早期成長させて考えてしまっているのだろう。確かに僕自身いずれはそうなりたいとは思っているから、微妙に否定し辛くなっていて、それが余計に質の悪さを感じさせた。


 とにかく、今は少しでも心の傷口が開かない様に訂正しなくては。


「わざわざ褒めてくれるのは有難いのだけど100匹は嘘で、本当は60匹位だよ」

「で、実際はそっちが嘘なんでしょ? あなたが謙虚なのは昔からよく知っているし、そう言いたくなる気持ちも分かるわ。でも、私にまでわざわざ謙虚でいる必要はないわよ」

「えぇ…」


 嘘を看破して勝ち誇った顔をする彼女。そっちは嘘じゃなくて真実だから、謙虚さは微塵もないのだけども。しかし、こうなってしまってはどう弁明しようが真実は全て嘘と判定されるだろう。それくらい彼女がつくっている僕の謙虚フィルターは手強そうだ。

 

 尚もウキウキと僕の盛り話を語り続ける彼女を見てある疑念が浮かぶ。

彼が彼女の僕に対する見方を知っていたとすれば、彼女にこれを伝える事で嘘が必ず肯定される事も当然よめていたのではないだろうか。なら、今のこの結果は全て彼の読み通りという事になる。


(まさかな…)


 苦笑いしていると、彼女の口からとんでもない言葉が出てきた。


「昨日の夜は皆とこの話で盛り上がったのだけど…あぁ、その場にあなたが居なかったのは残念でならないわ! 皆があなたの事を称賛する姿を是非目の前で聞いていてほしかった」

「へぇ、そう…」

「他人事みたいに言っちゃって、照れているのね? 分かるわ、その気持ち。あと、さっきから少し震えているけど大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ」

「そう? なら良かった。でね? 話の続きだけど――」


 既に嘘が拡散されていたらしい。この収集のつかない状況、ただただ苦笑いで乗り切るしかなかった。

 僕の寝ている間に自分の思い描いた状況を整える彼の手腕は昨日の厄介な魔物たちよりも厄介だと、この時身に染みて思った。



◇◇◇



 朝からラルスが頭を抱える一方で、村長家にドーベンが来ており、村長と雑談している。


「すみません。最近はあまり顔を出せなくて」

「全然構いませんよ。それよりも自分の体を大事にしてください。仕事が忙しいのは分かりますけど、そちらの方が最優先ですから。村に来るのは本当に暇になった時にでも」

「お心遣い感謝します」

「それにしても魔人の討伐とはお見事です。しかも討伐はお1人でなさっているとか」

「知っていたのですか?」

「1人での討伐は私が知る限り、ドーベンさんだけ。これほどの快挙が噂にならないわけがありませんよ。町からこんな小さな村にも噂が飛んでくるくらいですからね」

「そうでしたか。最近はほとんど遠征で町に帰れていなかったから全く気づかなかった…」

「それだけ討伐で神経をすり減らしていたという事でしょう。やはり少し休養を取っては?」

「そうしたいのは山々なんですが、また依頼が出ておりまして… 明日からまた遠征です」

「大変ですなぁ…」

「ははは…… ですが、これもヴィエネちゃんの様な優秀な若者を守る為だと考えれば安いものですよ。将来は成長した彼等がこの仕事を継いでくれる可能性もあるわけですし」

「そうですか…ならば、踏ん張らねばなりませんなぁ」

「ええ。そういうわけで、一応魔人には警戒を。最近奴らの行動が少し活発になって、道中での襲撃が多発していますので。この近辺は私の存在が抑止力となるはずですから多少は安全かと思います。が、あくまで気休め。危険なのには変わりないです。これを機にブダシヤカへの村人の移住も考えてみては? 町の方が対抗できる人材や防衛器具も多いですし、ここよりは安全だと思います」

「ご忠告と提案、ありがとうございます。しかし、我々は自然の摂理を受け入れる思想を持っています。弱者が強者に虐げられるのは自然であり、それに反するのは不自然。

我々はこの村で自然を全うしたい。村への永住は強制していないのにも関わらず住み続けているのはそれが理由。そうでなければ、とっくに移住しているはずです。それに、皆この村で暮らす事が幸せなのだと思います。ですから、どうかお気になさらず」

「そういう事でしたか…そちらの事情も知らずに提案してしまって申し訳ない。皆さんがそれで納得しておられるのであれば、そうするのが一番だと思います」

「ご理解頂けて何よりです」


 別れの挨拶も終わり、ドーベンがやや肩を落として去ろうとした時、


「…あっ、そうそう。自然といえば、弱者が生存本能で必要以上に抗うのもまた自然の摂理です。強者にとってみれば、簡単にはいかないでしょうねぇ」

「はは…! では、自然の摂理通りになる事を期待していますよ!」

「ええ、期待していてください」


 彼の落ちた肩はすっかりと上がり、その歩みに力強さが戻っていた。

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