28話 簡単な足止め
「で、怪我は?」
「足首の捻挫です。面目ありませ――」
「本当に面目ないと思っているなら、これからしっかり成長する事。今回の失態をチャラにするぐらいにね」
「は…はいっ!」
「ついでにあんたの方は?」
「まだまだ余裕だよ」
「その状態でよく堂々と言えるわね。相変わらずの馬鹿っぷりだし、それはそれで安心したわ」
「安心していいよ。本当に余裕だか――」
「ラルス、狙撃はまだできる?」
「ええ、もちろんです」
「なら、部隊が揃うまで私と一緒に奴の耳をひたすら狙撃よ」
「分かりました」
「俺は?」
「しばらく黙ってなさい。それが嫌なら永遠に黙らせてあげるけど?」
彼は両手で大きな丸をつくった。
仁力を銃に込めながら尋ねる。
「一応急所という急所を粗方狙ってみましたが駄目でした。耳が弱点だったのですね」
「弱点というほどでもないわ。あくまで痛覚を与えられるだけで蓄積するような損傷は与えられない。でも、怯ませるだけならそれで十分よ」
痛覚という言葉を拾えたおかげで、なぜ耳に銃弾が通用するか分かった気がする。奴にとって耳は着脱式の道具のようなもの。そんなよく切り離すものに対してわざわざ防御を強化する利点はない。よって、耳の防御は脆弱なままになったと考えられる。なら、ヴィエネさんは奴と戦闘経験があってその効果も知っているからこそ、僕に狙撃の指示を出したのだろう。
「どうやら合点がいったようね」
「えっ?」
「何かに納得した時、微笑む癖。また出ていたわよ」
「…すみません」
「別に謝る事じゃないわ。こちらとしては無駄な説明を省けるからむしろ助かっているくらいよ。…やっぱり、察しが良い相手と話すと楽だわ~ 家の弟は歪み過ぎていてその辺が壊滅的だから…」
「そうでもないと思いますよ?」
「そう? まぁ社交辞令として受け取っておくわ、ありがとう」
言い返そうとしたところで発砲タイミングになり、会話は途切れた。そして、また狙撃準備に入る。さっきの会話に戻すのも変な感じがしたのでそのまま目の前の事に集中した。
ヴィエネさんと僕が交互に耳へ銃弾を命中させることで、奴にあまり怯み回復の余地を与えずに足止めする事ができた。この交互狙撃を4回繰り返したことで、1人目の増員・ダインさんが息を切らせながらやって来た。
「遅ればせながら参上しました、隊長!」
「本当よ。まぁ一番早かったから勘弁してあげるわ。他は帰ったら追加訓練ね。あと、今日の隊長はラルスだから」
「どうもです…」
「その自信なさげな声は……おお、ラルス! やっぱりまだ生きていたか。…おっ、弟さんも生きている。さすがは隊…、ヴィエネさんの弟。しぶとさが違う! あれ? 何で必死に手振りして応えているのかな?」
「あぁー『黙っていなさい』を忠実に守っているだけよ。本当に察しが悪いんだから。まぁしゃべったとしてもどうせロクな事言わないだろうし、むしろこのままでいいか」
「さすがヴィエネさん、扱いが雑!」
「どうやら元気は有り余っているみたいね。なら、その元気を存分にここで発揮しなさい」
「へ?」
ダインさんは息の粗さそのままにヴィエネさんと交代する形で加わった。空いたヴィエネさんは耳と別の場所を狙い始めた様だがどこを狙っているまでは分からない。それが気になっている内に隣で銃声が。ダインさんである。来て早々状況を把握して行動に加わるのはさすがベテランといった所。感心しつつ僕も続けて発砲した。その音に合わさる様に別の銃声が。しかも聞き間違えでなければ2重で。
(連射!? 確か最近町で売り出された特殊銃ならそれが可能だけど、反動が大きくて命中精度も低く、おまけに仁力消費も多い驚異の扱いにくさを誇るって話だ。そんなもの常人が扱えるわけがない。…あっ、あの人は常人ではなかった。なら、いけるかぁ)
妙に納得した所で、連射による利点について考える。ほぼ同じ間隔で2発の銃弾が放てるのは手数が増えるという事で確かに利点にはなるが、防御力の高い相手に対してはどんなに手数を増やしたところで効かないのだから意味がない。よって、これは一見すると無意味な行動。が、あのヴィエネさんがわざわざ意味のない行動をするとは思えない。その意味とは?
そう考えている内に地面に重量物が沈む音がした。見ると、奴が左側に傾いている。右膝をおる様にして。更によく見ると膝の関節辺りから流血していた。
(膝関節も防御が低かったとか? …いや、関節は急所。やつがそこも強化しないとは考えられない。なら、どうして……)
ここで再び連射について考える。利点はもう一つあるが、それはあまりに空想じみている。
(まさか…でも、ヴィエネさんならあり得る……か?)
答えは出かけたが疑問系のまま。それだけ不可解な事というわけだ。
その疑問に負けずに再度耳へ発砲。そして、少し遅れて2重音が。今度は奴の左膝が折りたたまれた。またしても関節辺りから流血している。
「ふぅー足止めは終了っと」
「ヴィエネさん、まさか…」
「ん? そんな驚く程の事じゃないわ。追尾連射くらい練習すれば誰でもできる様になるわよ」
「やっぱり…」
追尾連射は撃った弾丸の丁度後ろに後続弾を追尾させる様に撃つ連射の事。あの人は簡単にできると言っているがもちろんそんなはずはない。なぜなら、高反動・低命中精度・仁力消費大という3重苦により、標的の近くに当てる事でさえ困難だからだ。それに正確な狙いをつけた上でさらに追尾もするのは常人には不可能な領域だ。練習すればできると言っているが、その練習がどれほどの量と質を兼ねているかっていう話。とりあえずいえるのは、それが想像を絶するという事くらいだ。
とにかく、ヴィエネさんの活躍によって奴は立てない状態となり、文字通り足止めさせられる事となった。“今の”ヴィエネさんでは奴は倒せないらしいので、現段階では一番良い対処。後は、増援が揃って居残り組が交互撃ちで怯ませている間にケガ人を運んで逃げるだけだ。
「代わるわ」
「いえ、まだやれます」
「心意気は認めるけど撃ちっぱなしで疲れているでしょう? 増援が来るまで休んでいなさい」
「…はい」
連続発砲数は65を超え、確かにかなりの疲労がきていた。このまま続行しても命中精度が落ちて足手まといになる事が予想される。妥当な引き時だった。が、やっぱり少し悔しさが残る。
少し離れた場所に移動して座って休憩していると、彼がやって来て捻挫箇所に簡単な処置をしてくれた。有難いのだが、今の状況では気を遣われるほど自分が惨めになっていく。
そんな僕に向かって彼が一言、
「お前はまだやれる。そうだろ?」
この言葉で我慢していた想いが一気に目から溢れそうになった。必死に堪え、震える声でこう返す。
「ああ、もちろん」
彼は笑い、僕も笑う。こうして久々の安堵に包まれた僕は、疲労によって閉じてきた瞼に抵抗することなく目を閉じた。




