21話 面倒な人②
ココヤト村、ある日の塾の授業――
「…最後に随分前にやった復習でもしておきますか。ヴェンダちゃんの特性について説明を…ラルス君、お願いします」
「はい。あの魔物は耳が良く、2キロ離れていても探知される場合があります。そしてウサギが魔物化した生物だけあって音源を特定する能力も高いので、両目を潰しても無力化不能です。
一番の特徴は鋭くとがったつららの様な耳を飛ばしてくる所で、威力は木に刺さる程。飛ばされた耳は10秒ほどたつと溶けていくので、体に刺さった時はそこから多く出血する事になり危険です。あと、なくなった耳は5秒ほどで生えてくるので、群れと遭遇した場合が厄介となります。苦戦している時には、真上に耳を飛ばして仲間を呼ぶ習性もあるので、それが加わると更に厄介度が増します。そして、さらに厄介なのがヴェンダくんも現れた時で――」
「いやー素晴らしい! 簡潔な説明、ありがとうございました。皆さん、彼に拍手を」
生徒一同拍手。
(悪いがあのまま続いていたら危うく私の教育者としての立場が危うくなるところだったから切らせてもらった。説明が簡潔どころか詳細過ぎるんだって! 優等生過ぎて引いたわ。…さて、落ち着いたところで少々威厳回復しておくか)
「彼の言う様にヴェンダちゃんの群れに遭遇した場合は厄介です。もし1人の時に遭遇した場合は、速やかに逃げる事。人の走る速度の方が速いので逃げ切る事は十分に可能ですので、慌てて転んだりして怪我しない様に。…あと、仲間を呼ばれた時もすぐに逃げる様にしてください。数分で何十匹かが集まってきて耳の乱射を浴びる事になるので…分かりましたか?」
「はい」
「では、今日の授業はここまで。皆さん、お疲れさまでした」
「ありがとうございました!」
生徒6人の元気な声が教室に広がった。
先生が教室を出て行くと隣の席の彼がぼやき出す。
「忘れてた。耳って当たったら、出血多量で終わりじゃん。何か対策考えないと…」
「当たらなければいいんじゃないの? その為に毎日回避練習している訳だし」
「いや、練習して当たる量は減らせても避け切るのは無理だよ。実際は地形も多少違うだろうし、飛んでくる数やタイミングも違ってくるだろうしね。予測不能な要素が多過ぎる…」
「ちょっと考えすぎじゃないの?」
「君らみたいに、防具に仁力込めればなんとかなるわけじゃないから。無能はこれくらい考えてないと即死なの、分かる?」
「…何か、ごめん」
「かぁー! 有能は無能にいちいち気を遣わなくていいんだよ。どっしりかまえておけばいいの、分かる?」
「ああ…」(よく分からない…)
この日を境に彼の腕や足に包帯で巻かれた箇所が多くなった。聞けば、揚げ物料理を作っている時に油が跳ねたのだとか。一日だけならまだしも毎日はありえないだろうし、多分嘘。まぁ何をしようとしているかは何となく想像できるし、そっちの方が油跳ねよりも壮絶なので止めたいところだが、どうせまたよく分からない事を言われるのがオチだ。一応ヴィエネさんも監視しているだろうし、再起不能になるような重症は負わないだろうけど、なるべく無茶はしないでほしい。
1か月後――
彼の両手両足の包帯は取れるどころか増えている気がする。通常の軽~中度の火傷であれば、ヤックリ薬を塗って1日で炎症が鎮静して次の日には皮膚の再生が活性化されてほぼ治る。治らないのは火傷が重度だという事。重度であれば治るのに5日はかかる。そして、5日過ぎても治らないのは…つまりはそういう事だ。ここまできたら、呆れるのを通り越してよくやるなとさえ思う。
そういえば、包帯以外にも彼の周りで変化があった。それは合同朝練時に彼の父親である村長を連れてきた事。何事かと思ったが、彼は村長に回避練習時の投石を任せていた。ヴィエネさんはこれについて何も言わなかったので、事前に家族内で話し合って決めたのだろう。これにより、投石係であったヴィエネさんが空いて、僕の専属指導をしてくれる事になった。仁力負荷をかけての走り込みは慣れてきたので、最近は動きながら負荷を調整する練習もやっている。狩人として魔物の攻撃をかわしながらの銃応戦は実戦の基礎。本来なら仁力がある程度成熟する18歳からやり始めるものだが、ヴィエネさんの勧めもあって早めに始める事になった。こちらとしては早く魔物と対峙して経験を積みたいと思っていた所なのでありがたい。
最近は夕方やっている特殊銃の撃ちっぱなし練習で、最高連続発砲記録( 休みなく銃に仁力を込めて撃ち続けるもの )が20から30発に伸びた。20発から伸び悩んでいたので明らかに朝練の効果だと思う。ちなみに一般的な狩人の連続発砲数が60~80ほど。ヴィエネさん曰く「15歳だったら10発撃てるのでも十分だから、あんたは特別よ」との事。彼女の最高記録は100発らしいので差があり過ぎて褒められていても素直に喜べない。とにかく精進あるのみだ。
成長しても喜びをあまり感じられなかった僕がそれを感じられるようになったのは目標となる人物が指導してくれるから。そして、その環境を作ってくれたのは彼のおかげだろう。
彼は「父さんに投石を任せたのは姉ちゃんより容赦なくやってくれるから」と言っていた。確かに村長は無表情で「ほれほれー」とテンポよく充填して連続投石していたので、容赦のなさではあのヴィエネさんの上をいく。回避練習の強度は前よりも向上したといえる。一見本当に彼の言葉通りの感じはするが、彼の性格的にこれが目的ではない気がした。
彼は他人に迷惑をかけるのを嫌う。だから他人をあまり頼らないし、関わろうとしない。だから、関わったとしても最低限の行動・反応だけ。それなのに他人を気遣う心を持つという面倒な人だ。その事を踏まえると、彼の真の目的は自分の為ではなく、他人の為…つまり僕の為にやってくれた事だと考えられる。僕にヴィエネさんの指導を全面的に当てる為だ。全くもって行き過ぎた気遣い。ここまでくると1カ月前に彼に言われた言葉をお返しする形で『無能こそ有能に気を遣わなくていいんだよ』と言いたい気持ちになったが、言ってもまたよく分からない事を言われるだけだと思ったので放置だ。
やれやれ、本当に面倒な人だ。
ため息をつきながら、心からそう思った。




