表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

三人目の精霊

 そこにあったのは真っ黒い闇だ。

 黒い霧を吐き出す何かが、そこに佇んでいた。

 身の丈は頭二つ分は大きな人の形をした何か。それが黒衣を纏いフードを被っている。


 まるで死神を連想させる不気味な存在感に、恐れおののき冷や汗をかく。


「あなたが……三人目の精霊、ですか?」

「………………」


 わずかに頷いただけで言葉を介さぬ精霊は、私に背を向けてゆっくりと歩きだす。

 扉の外を見れば、いつもの景色が色の無い灰色の世界に見えた。

 精霊が振り返り、私に着いてくるよう促す手振りをし、また歩きだす。

 不可思議なものに恐ろしさを感じるものの、知らねばならないと思う使命感で、精霊の後についていった。


 灰色の村の中を進んでいくと、人影が残像のように動いている。

 すれ違っていく村人たちの目には、精霊や私の姿は映っていないようだ。


 しばらく歩き続け、村のはずれまで来ると、精霊は足を止めた。

 そこは村の端に位置する、小高い丘に設けられた墓地だ。


「墓地……ここに何が?」


 精霊がおもむろに指差す先へ目を向けると、葬儀が執り行われている。

 妙な胸騒ぎを覚え、わずかに集まっていた村人たちの間を抜け、墓標へと近づいていく。


「!!?」


 墓標に刻まれた名前を見た瞬間、力が抜け膝を突いた。

 そこに刻まれていたのは、まぎれもない私の名前だったのだ。


 葬儀に集まっている村人が、棺を前して言葉をこぼす。


「たんまり貯め込んでいた金のせいで、強盗に襲われるなんて、皮肉なものだ……」

「人間、死ぬ時は呆気ないものさ。一突きで簡単に死んじまうんだから……」


 寂れた墓地のさらに端で、私の埋葬は執り行われていた。

 生前に金を持っていた痕跡などはまるで感じられない、極めて簡素な葬儀だ。

 埋葬する人手だけで、故人を(いた)み参列する者は誰もおらず、花が手向(たむ)けられることもない。


「とうとう金の亡者の偏屈婆さんも、いなくなっちまったか……ふっ、ふふ」

「そうだとも。あの銭ゲバ婆はもういないんだ……ふふ、あはは」


 村一番の嫌われ者である私が死んでも、涙をこぼしてくれる者がいないのはわかっていた。けれど、私の死を喜び笑みをこぼしている者がいるというのは、心が軋む。


「さぁ、もうあの古い店も要らないだろう。解体してしまおう」


 村人は明るい声で言い、私が長年大事にしてきた店を壊していく。

 老朽化していた小さな店は、あっという間に解体され、私が築き上げてきたものは跡形もなく崩れ去ってしまった。


 目の前の光景に愕然(がくぜん)とすることしかできず、もはや涙すらも出ない。

 精霊が静かに佇む横で、私はただ虚無感に苛まれ、立ち尽くしていたのだった。


「めぼしいものは取っておいたし、教会に持っていってやろうじゃないか」


 村人の一人がそんなことを言って荷物を抱える。

 ハッとして、村人たちが向かう先へと私は駆けていった。

 息を切らせ駆けていった先、美しい泉の岸辺に、見たことのない真新しい教会が建っている。


「はぁ、はぁ……!」


 近づいていくと、楽しそうな笑い声が聞こえ、子供たちの駆け回る姿が目に映った。

 下働きの息子の姿だ。その身体には黒い痣はもうない。瘴気に蝕まれていた肌は健やかな色を取り戻し、子供らしいふっくらとした頬に明るい笑みを湛えている。


 子供たちや村人たちに囲まれるその中心には、修道服を着た女の後ろ姿があった。


「聖女様、また聖歌聞きたいな、歌って歌って」

「ふふふ。では、歌いましょうか――」


 子供たちにせがまれ、聖女と呼ばれた若い女は、美しい声で聖歌を歌いだす。


 そんな和やかな光景を見て思う。

 たしか、墓地にあった新しい墓は私のものだけだったはずだ。

 ならば、瘴気病によって命を落とした者は誰一人いないのだろうと。


 込み上げてくる感情のままに、呟くようにして言った。


「未来を司る精霊よ、感謝いたします……この未来を見せてくださって……」


 背後に立つ精霊へと振り返り、まっすぐに見据えて決意を告げる。


「私は自分の生き方を変えません。今まで通り貫きます。この選択に後悔はありません」


 自分の未来を選び、私は後悔しないと断言したのだ。


「………………」


 物言わぬ精霊は、呆れるほどに愚かな私の選択を、笑ったような気がした――。



 ◆



 辺境の村の薄暗い路地。人目を忍んで部屋に入る影があった。


「どうするんですか、ボス? 完全に当てが外れてるじゃありませんか……」


 最近、外から来た柄の悪い男たちが数人、密談を交わしていた。

 その中の一人に、あの年若い教師もいた。昼間とは別人のような険しい人相で髪を掻き上げ、舌打ちをする。


「ちっ……さすがは大商会の元締めとでも言うべきか。こんな辺境の村で隠居同然の生活をしているなら、子供で同情でも引けば簡単に落とせると思ったが、つけ入る隙がまるでない。とんだごうつくばりの金の亡者だ」


 教師は歯噛みし、酒瓶ごと酒を(あお)った。

 一気に飲み干すと、空になった瓶を壁に投げつけ、子分が小さな悲鳴を上げる。


「はぁ、不味い酒だ……酒も女も葉巻も、ろくなもんがねぇ。一時的に身を隠す場所にしたって、もう少しどうにかならねぇのか、なぁ?」


 投げつけられた酒瓶をかろうじて躱した子分は、どぎまぎしながら訴える。


「仕方ないでしょう。ボスは今じゃ指名手配の身なんですから。手配書も出回らないこんな辺境の村でもなきゃ、とっ捕まって縛り首ですよ」

「だからこそ、うってつけの獲物を垂らし込んで、根城にしてやろうとしてたんじゃねぇか。あれがたんまり貯め込んでるのは間違いねぇんだ」


 だらりと椅子に腰かけた親分は、葉巻を出せと仕草で示す。

 子分は慌てて葉巻を取り出して渡し、マッチを擦り火を付ける。


「金持ちや高貴な女をたらし込むのはボスの十八番(おはこ)ですからね。でも、こんなところでくすぶっているより、異国に高飛びしてしまった方がいいんじゃありませんか?」


 親分は上を向いて葉巻を吹かし、気だるげに呟く。


「高飛びするにしたって金がなきゃ話にならねぇだろ。その金を搾り取るためにも、婆さんをたらし込まなきゃならねぇってのに、てんでなびかねぇ」

「そんなまどろっこしいことせずに、さっさと婆さんの金かっぱらって、こんな辺鄙な村とはおさらばしちまいましょうよ。帝都にでも逃げれば、酒も女も葉巻も好きなだけ手に入りますよ」

「……ああ、それもそうか。好みでもねぇ婆さん落とすのに躍起(やっき)になる必要もねぇか。はははっ」


 その場に集まる男たちは目をギラつかせ、不気味な笑みを浮かべた。



 ◆



 ダンダンダンダン! ダンダンダンダン!


「キャロルさん! キャロルさん! ここを開けてください!!」


 皆が寝静まる夜遅く、店の扉を叩く音が響き、私は起こされた。

 騒がしい音と声に苛立ち、扉越しに怒鳴りつける。


「うるさいね! こんな夜更けになんだって言うんだいっ?」

「夜分遅くにすみません! 急患なんです! お願いですから、薬を買わせてください!!」


 その声には聞き覚えがあった。

 昨日、子供たちを連れてきた若い教師の声だ。

 急患だと言われ、医者のところじゃないのを不思議に思いつつも、急いで鍵を開け、扉を開く。


「ああ、お優しいことで。助かりますよ、開けてくださるなんて」


 一歩踏みだし、にっこりと微笑んで見せる教師の後ろには、怪しげな男たちが数人立ち、不気味な笑みを浮かべていた。

 とてもじゃないが、急患を連れてきたようにも、薬が必要なようにも見えない。


「なっ……?!」


 警戒するには遅すぎた。男たちが店の中へと押し入ってくる。


「さぁ、金をだしてもらおうか」


 私にナイフを突きつけ、ギラリとした目で見下ろし、教師――強盗は言ったのだ。

 ついにこの時が来たのかと思い、重たい息を吐き、呟くようにして告げる。


「ふぅ……ここにはもう金なんてないよ」

「またまた、隠しても無駄だ。たんまり貯め込んでいるのはわかっているんだ。大商会の元締め、キャロルさん」

「ほう、そんなことまで知っているのかい。先生は物知りだね。だけど、金の行方までは知らないようだ」


 そう言ってやれば、男は怪訝な表情を浮かべ目を(すが)めた。

 店の中や部屋の中をぐちゃぐちゃにひっくり返していた強盗一味が、狼狽(うろた)えて喚く。


「ボス、金が全然見つかりません!」

「こっちもだ。どこを探しても金目の物がまったくない!」

「レジから金庫の中身まで、ものの見事に空ですよ!」

「なんだと?! ……どういうことだ?」


 男がギロリと私を睨みつけ、強盗一味も詰め寄ってくる。


「言っただろう、ここにはもう金はないと。目的に到達する額が貯まったから、金はすべて使い切ったよ。ただそれだけのことさ」

「すべて使い切った、だと……?」


 人の良さそうな教師の顔とはまるで違う、人相の悪い顔を見て、はたと気づく。


「ああ、どこかで見た気がしていたが、その顔は指名手配されている悪党じゃないか。こんなしけた村で悪さしてるより、さっさと逃げた方がいいんじゃないかい? これから、外からの人の出入りも激しくなっていくからね」


 強盗たちは私の言葉に顔を見合わせ、悔しそうに舌打ちする。


「ちっ……金がないんじゃここにはもう用はない。婆さんの言う通り、さっさと出ていくことにしよう」


 私に背を向ける強盗にほっとしたのも束の間――


「!?」


 ――振り返った男の握ったナイフが、私の胸を貫いていた。


「その前に、足取りを辿られても困る。目撃者は始末しておかないとな」

「ごほっ……!」


 ナイフがゆっくりと引き抜かれ、血を吐いてその場に倒れる。

 鋭い痛みが走り、鉄の味がして、視界がくらみ、意識が朦朧とする。


「裏の泉にでも捨てておけ。魚の餌にでもなるだろう――」




 月明かりに照らされる静かな泉。


 ダッパーン!


 突如として、氷が割れ水が跳ねる音が響き渡った。

 凍てつくほど冷たい水の中へ放り投げられ、私の身体は沈んでいく。

 苦しさに息が漏れ、藻掻くこともできず、離れていく水面(みなも)と上る泡を眺めながら思う。


 ――間に合って良かった。


 これで良かったのだと、心から安堵した。


 精霊に未来を見せられた後、ありったけの金をかき集め、私は即行動に移した。

 瘴気病を治せるのは強い力を持つ精霊と、その力を借りられる聖女だけだ。

 そして、聖女を呼び寄せるには、最高機関である精霊教会を動かさねばならなかった。

 どんなに情に訴えたところで権力者は動かないが、目が眩むほどの金を積んでやれば人は動く。


 村に教会を建設するには、一国を動かすほどの途方もない資金が必要だったのだ。

 だからこそ、私は商会を育て上げ、各国に支店を広げ、莫大な富を築いてきた。

 大商会の元締めと呼ばれるまでになったのも、すべてはこのためだった。


 村に教会があれば聖女の庇護を受けることができる。精霊の力でしか治せない瘴気病を治すことができる。


 当て所もなく彷徨い続けていた私を、温かく迎え入れてくれたのは、この村だけだった。

 命を救い、癒してくれたこの土地を、優しい村の人々を、私は守りたかったのだ。


 手段を選ばず、村一番の嫌われ者に成り下がっても、かまわなかった。

 どんなに嫌われ憎まれようとも、私の想いは変わらない。

 誰もが見捨てるようなこの土地で、それでも優しく生きる人々を、私は愛していたから。

 この辺境の村を守りたかったのだから。


 強盗に襲われた私は一突きで死に、精霊に見せられた未来の通りになる。

 ならば、私の願いは果たされる。思い残すことは何も無い、後悔のない最期だ。


 ――ただ。

 こんなに美しい泉を、私の血で汚してしまうのは、忍びない気持ちになってしまう。


 ああ、どうか許してください。

 唯一、私を慈しんでくださった、泉の精霊様。

 あなたが守り続けてきた、この土地と人々は救われるのです。

 だから、どうか――。


 そう思いながら、ゆっくりと目を閉ざし、深く暗い泉の底へと沈んでいった。



 ◆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ